予期せぬ出逢い
育児でよく使われる"傾聴”と"共感”。
しかし、この世界の中で…特に、王族での育児ではこれらを用いることはないのだろう。
カリキュラムをこなし、王族として求められる人材になるべく教育がなされるだけなのだから。
立場上致し方ないのだろうが、本人の意志を無視した一方通行の子育てだ。
だからこそ、傾聴と共感がよく効いたのだろう。
これらを用いただけで彼女は落ち着きを取り戻したのだった。
と、言いつつも所謂"普通の子”ならばこうも簡単にいかなかったことだろう。
すんなりと落ち着きを取り戻すあたり、そこは齢4歳ながらも流石王族と言うべきところだった。
しかし、殿下を始めとするソフィア様の周りの人間は呆気に取られていた。
"すぐ不機嫌になる困った第一王女をこんなに簡単に落ち着かせるなんて”と、私を猛獣使いのように思ったのであろうことが表情から簡単に見て取れる。
4歳に求めるレベルが高過ぎるのだ。
それが王族というものなのだろうが。
私から見たこの子はとても利発であるように思えた。
こんな利発な女の子が後に悪役令嬢の役回りになるだなんて、どうしてだろう。
確か断罪された場合、近隣国の性悪年寄り宰相の後妻として嫁がされることになった筈だけれど…。
そこまで考えて、私は考えることをやめた。
だって、私には関係のないことだから。
薄情だろうが私は自身の役割をこなすことで手一杯だ。
他の人のことまで慮る余裕はない。
夫と娘に会うためにもシナリオを変えたくはないし、彼女にはこれ以上関与すまい。
断罪されて死ぬわけでもないのだし、別にいいだろう。
私にとって大切なのは、私が正しく死ぬこと。
ただ、それだけだ。
───…
それからソフィア様は再び文字の練習に取り組んでいた。
一般的な4歳児ならば、あれだけ泣いた後に気持ちを切り替えてまた泣いた原因に取り組むことは容易ではあるまい。
やはり、小さくとも王族は王族だ。
そしてその時間、私はソフィア様に彼女を励ます役割を与えられていた。
私に懐いているため何となく断りづらく、また、彼女の侍女達が再びソフィア様が泣き叫ぶことを恐れて私を頼って縋るような目で私を見てくるので…仕方なしに受諾した。
ちなみに殿下はと言うと。
立場上私を置き去りにすることは出来ないため一応私の隣にいたが、彼は妹であるソフィア様に一切関わることもなくただ優雅にお茶を飲みながら読書に耽っていた。
たまに私に「レティシア嬢すまないね、ありがとう」などと言いながら。
自分の妹なのに他人事のような態度を取り、さらに私に押し付けているところが10歳ながら立派に腹黒王子を彷彿とさせる。
小憎たらしいが、我慢だ。
レティシアならば隣にフレデリックがいるだけで狂喜乱舞したいくらいなのだろうから。
"我慢は身体に良くないよ”
"俺にはどんな感情もぶつけていいからね”
───また、夫の言葉が私をよぎった。
今日は一体どうしたんだろう。
度々彼の言葉が聞こえてくる。
会いたくて、堪らない。
声だけじゃなく姿を見せてよ。
…触れたいよ、抱き締めたいよ。
「でーきた!レティお姉様終わったよ!」
涙がこみ上げてきたその時、ソフィア様の嬉しそうな声に私はハッと我に返った。
「さ、流石ですソフィ様。素晴らしいですわ」
慌てて感情を取り繕い、笑顔を作る。
その先には誇らしげな4歳の少女の姿があった。
一生懸命文字書きの練習をしたため、彼女の手袋は汚れてしまっていた。
「おやソフィ、手袋が汚れているよ。新しい物に替えなさい」
「はーい」
漸く兄らしいようなことを言い、殿下がソフィア様の手袋を脱がせた。
その、手袋を外した可愛らしい手に何気なく目をやり、そして私は目を疑った。
彼女の手を凝視したまま、私はまるで石のように固まってしまっていた。
う、そ。
まさか。
そんな。
どうして。
どういうこと?
外見も違う。
年齢だって違う。
だけど、だけど……。
混乱して頭が回らない。
そんな私に気付いた殿下が私に声を掛けた。
「ああ、コレが気になる?珍しいでしょう?」
"コレ”。
それは彼女の右手の甲の痣のことだった。
右手の甲の痣。
小さな小さなハート形。
───…私の最愛の娘と同じ、痣。