運命の日
ある晴れた麗らかな日。
長閑な空とは相反して屋敷の中は騒がしく慌ただしかった。
皆バタバタと走り回っている。
忙しない周囲にこちらまで何だか気持ちが落ち着かない。
しかしそれも仕方ない。
今日は王家主催のお茶会に行くのだから。
王家主催のお茶会。
否、規模が大きいため"お茶会”というより最早パーティーと言っても過言ではないだろう。
開催されるのは1年に1度だけ。
公爵家から男爵家までランダムで選出され、王家から招待される。
そして、無礼講。
故にこのお茶会は人脈作りや子供の婚姻に結びつく、非常に影響力の大きなものだった。
次回いつ招待されるか分からない、貴重でメリットの大きい...いや、有意義なお茶会。
そのため、招待された家はこぞって勢力を上げて準備をするのだった。
片やこちらは公爵家。
そして父は宰相。
前世の記憶が戻ってからはまだお会いしていないが、私は既に第一王子と婚約もしている。
どちらかと言えば"取り入ろうとされる側”に当たるだろう。
それでも、我が家にもやはり欲しい人脈というものはあるわけで。
そのため、大事なお茶会の準備のため屋敷全体がバタバタしているのだった。
「レティ、準備はできた?」
「はい、アルお兄様」
私にそう尋ねたのは3歳離れた兄、アルフレッド・トムソン・イーデン。
やはり兄妹、顔立ちが似ている。
彼は風属性持ちであり、攻略対象の1人でもある。
4属性持ちの妹がいるとなると嫉妬でもしそうなものだが、いや、もしかしたら多少なりとも嫉妬しているのかもしれないが、実際にそんな態度はおくびにも出さず、いつも私に暖かい笑顔を向ける優しい兄だ。
故に、レティシアはそんな優しい兄に甘えまくりブラコンに育つ。
その結果、アルフレッドルートでは大好きな兄に近付くヒロインを許せず気分を害する。
さらに、ヒロインが平民であることで怒りに拍車をかけてレティシアは彼女を虐め抜くのである。
そして、断罪されるのだ。
ということは。
アルお兄様ルートにおける、私の正しい悪役令嬢としての立ち位置は"ブラコン”である。
適当に"兄大好きオーラ”を放っておけばいいので簡単なことだ。
とは言え、わざわざ心掛けるまでもなくブラコンになってしまいそうなくらい彼は穏やかで優しい人だった。
しかし、その陽だまりの優しさを浴びる度に私の胸はチクリと痛むのだ。
"前世で夫と娘を殺したも同然の私には、そんな優しさを貰う資格なんてないのに”と。
「レティ?ぼんやりしてどうしたの?」
「心配していただいて嬉しいです!ありがとうございますお兄様」
アルお兄様の声にハッとして、慌てて笑顔を作り答える。
───"それ、嘘の笑顔だよね?”
ふと、夫の声が私の心に語り掛けた。
まだ付き合う前にたまに言われていた言葉だ。
胸がきゅうっと苦しくなる。
会いたい。
彼に、逢いたい。
けれど、今の私はレティシア。
それは叶わない夢だ。
笑顔で答えた後俯いていた私はアルフレッドに向き直した。
「よしよし、レティは可愛いなぁ」
「少し緊張して心ここに在らずになっていたみたいです。すみません」
「久しぶりに第一王子に会えるもんね」
穏やかな声で言いながら微笑むアルお兄様。
"緊張”。
そう、これは嘘じゃない。
確かに婚約者である第一王子と久々に会うことは、私にとって緊張の要因であることに間違いはないのだ。
お兄様は"楽しみで緊張するよね”というニュアンスで言っているが、私の気持ちはそれとは大きく違う。
第一王子に一目惚れをして、会う度に"好き好きアピール”をしていたという記憶はある。
しかし、私は前世の記憶が甦っている。
前世大人だった私が、子供の王子相手に今更キャーキャー言える自信が正直なかったのだ。
ウダウダ考えてもやるしかない。
頑張ろう。
そう思いながら私は馬車に乗り込んだ。
そしてこの後、私にとって運命の出逢いが待ち受けていた。
この日のことを、私は生涯忘れない。