最強の魔術師
「え?新しい家庭教師…ですか?」
それは私が11歳になり数ヶ月が経った頃のこと。
父に呼び出され、唐突に新しい家庭教師を雇ったことを告げられたのだった。
あまりに突然の報告に、気の抜けた声でつい聞き返してしまった。
「そうだよレティ」
「でも、また皆様直ぐにいなくなってしまうのでは…」
1年程前に国内屈指の魔術師を家庭教師として来てもらい、皆が"レティシア様には教えることはない”と辞めていったことを、私はしっかり覚えている。
故に、以降父に家庭教師を強請ることはせずに独学でコツコツと鍛錬してきていた。
父もそれを知っていた筈だ。
だというのに、突然どうしたと言うだろう。
結局また直ぐに辞められてしまっては、正直なところ時間の無駄だ。
そんなことに労力を費やさず、ひたすら自分で学びを続ける方が余程有意義な時間だ。
しかし、私が不安そうに疑問をぶつけると…。
「ふふふふふ」
父は何だかニヤニヤと誇らしげな顔をして笑い出した。
そして、言葉を続けた。
「実はね、隣国へ魔法留学をしていた最強の魔術師が帰って来たのだよ」
「最強の魔術師、ですか…」
"最強の魔術師”。
何だか胡散臭い二つ名だ。
大体、ゲームの中でそんな魔術師について見た記憶はないのだが。
つまりレティシアには劣るということなのだろうし、ヒロインを始めとする攻略対象達にも劣るということなのだろう。
やはり実力としてはこれまでの家庭教師と同等か、若しくは精々若干上程度だろう。
ならば、時間の無駄だ。
私にはソフィ様を守ることと自分の今後のことで精一杯。
余計なことにはこれ以上時間を掛けたくない。
そう思い、折角雇い入れてくれた父にもそれを受け入れてくれたその魔術師にも少しの罪悪感を抱きながら辞退しようとしたその時だった。
「こんにちは。初めましてレティシアお嬢様」
フードを被った柔らかな雰囲気の男性が隣に、いた。
「───…!!?」
は、え?いつの間に?
全然気配を感じなかったので私は驚き、声にならないまま慌てふためいていた。
魔法を使って気配を消していたにしても、私なら気付く筈なのに。
「お嬢様がこちらに来られる前からずっといたのですよ」
彼はそう言って優しく微笑んだ。
私がすぐ近くで魔法が使われていることに、そして彼の存在に気が付かなかった。
それはつまり、彼は私より実力が遥かに上だということ。
───そんな高度な力を持つ人が、いたなんて。
私は驚きを隠せなかった。
「では改めてまして…ルーカス・エディと申します。よろしくお願い致します」
「は、い。こちらこそよろしくお願いします」
窓からふわりと風が流れ込み、彼のフードがはらりと外れてルーカスの顔が露となった。
肩まであるモスグリーンの髪がルーカスの柔らかな雰囲気を表現しているかのようだ。
木漏れ日のような、イエロートパーズのような、瞳。
安心感を誘う、優しい笑顔。
その存在がまるで暖かさの象徴のような人だなと感じる。
この出会いがきっかけとなり、私はしっかりラスボスとしての責務を果たし無惨に散ることが出来ますように。
私はそう願いながら彼と握手をした。
仄かな期待と共に。




