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sideフレデリック③

顔面蒼白からの、狂乱とも取れる号泣。

目の前で繰り広げられるレティシアの変貌に、私はこれまでにない動揺を覚えていた。

一体、何が起きた?

突然泣き出し、ソフィの髪に触れ、何の前触れもなく抱きしめる。

理性の欠片もない、王族の前では許されぬ不敬……。

だが、私は声をかけることすら忘れていた。


初対面のはずの相手を、魂を削るように抱きしめる少女。

異様な光景だ。

不気味なはずだ。

なのに、なぜだろう。

夕闇の中でソフィを抱く彼女の姿は、まるで失われた半身を見つけ出した聖母のようで。

驚くほどしっくりと、この場に馴染んで見えたのだ。




───…


気づけば、窓の外は夜の帳に包まれていた。

数時間。

彼女はただひたすらに泣き続け、ようやく嵐が過ぎ去ったかのように静まり返っていた。


「大丈夫? 落ち着いたかな」

「……はい。お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありません」


泣き腫らした彼女の顔は、ひどい有様だった。

普段の“完璧な美少女”の面影など微塵もない、崩れた顔。

いつもなら冷笑の一つも浴びせていたはずだが、なぜか笑う気にはなれなかった。


「……どうしてあんなに泣いたんだい?」


喉まで出かかった問いを、私は無意識に飲み込んだ。

触れてはいけない。

聞いてはいけない。

今の彼女の背後には、他者が踏み込むことを拒絶するような、深く静かな絶望が横たわっている気がしたから。




───…


「あの、殿下に……お願いしたいことがあるのです」


帰路の馬車の中。

静寂を破った彼女の言葉に、私は耳を疑った。

「私に、ソフィ様の教育係を……やらせていただけませんか?」


目的は何だ?

ソフィを盾にして、私との接点を増やしたいのか?

だが十歳の子供が教育係など、到底通る話ではない。

私は冷淡に断り続けた。


だが、彼女の瞳は死んでいなかった。

何度拒絶の言葉を投げても、その揺るぎない熱意が、私の正論を削り取っていく。


……負けだ。

私は小さく溜息を吐き、父上への進言を約束した。


「殿下! ありがとうございます!!」


その瞬間、彼女が私の手をぎゅっと握り締めてきた。

驚いたのは、その大胆な行動ではない。

虫唾が走るほど嫌いだったはずの彼女に触れられて、指先一つ不快感を感じなかった自分自身に驚いたのだ。

かつての執着に満ちた彼女に触れられれば、鳥肌が立つほどの嫌悪に襲われていたはずなのに。


私は呆然と、握られた自分の手を見つめた。

そして、顔を上げた彼女の瞳を見てさらに言葉を失う。


「……レティシア嬢、目の腫れが引いているね」

「はい! 水魔法で冷却しつつ、風と土の魔法で強制乾燥しておりましたので!」




さらりと、当然のように彼女は言った。

三属性。同時制御。

それは、国内屈指の魔導師でも到達困難な神業だ。

私だって王家の血を引き、過酷な教育を受けてなお二属性の同時制御すらままならないというのに。


彼女は、これを「当然」と言うのか。

能天気な運だけの女だと、私は彼女を蔑んでいた。

だが、この技術を習得するために彼女は一体どれほどの血を吐くような努力を、孤独の中で積み重ねてきたというのだ。


ソフィに与えた、あの暖かさ。

そして、誰にも見せずに磨き上げたこの圧倒的な力。

私の口元が、わずかに、自嘲気味に緩むのを感じた。




───ああ、そうか。

私は何も見ていなかったのか。




馬車から降り屋敷へと消えていく彼女の背中を、私はただぼんやりと見つめていた。

これまでの嫌悪が嘘のように霧散し、代わりに正体不明の“熱”が胸の奥で疼き始めていた。

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