02話:<導きの妖精>リリィ
地球と同じような惑星なら、昼前後の太陽だろうか。
雲の少ない空からさんさんと太陽の光が降り注ぎ、影が足下にできる時間帯。
私は街道沿いの岩に腰掛けて、自分の能力を確認していた。
ゲームの能力を引き出すには大きく分けて3種類。
1つは感覚で。何となくこれを使いたいと思って使うと使えるが、たまに意図しないものを引き出してしまうので若干正確性に欠ける。
2つ目は音声入力。正確だが声に出す必要がある。声が出せないと使えないし、人や知能の高い魔物相手だとやりたい事がバレる。
3つ目がステータスウィンドウ的なものを指で叩いてキーボードやタップでウィンドウを直接操作するもの。一番確実性が高いが、少なくとも敵の前ではあまりやりたくない。
対魔剣士の力を体に宿した時のように、対魔剣士の力なら体術から耐久力、魔法耐性に剣の扱いまで肉体性能から関連技能も一緒に身につくのは便利です。
◇
「と、言うわけで世界に慣れるための第一歩といきましょう」
今欲しいのはこの世界の案内人。
私の力がどんなに強かったとしても、人の―――まあ魔族でも妖精でもいいですが―――社会に溶け込めなければ、最悪排除されます。
ただ立って居るのも格好が付かないので街道近くの平たい石の上に座り。
案内人は……彼女が適任でしょうか。
『契約召喚・<導きの妖精>・個体名:リリィ・アバタープリセット1・霊格値2287』
シンプルな呪文詠唱と共に、手の間に複雑な球体の立体魔方陣が浮かぶ。
魔方陣の中におぼろげな光が生まれ集まり、人形程度の小さな人型となって飛び出てくる。
「はぁい。母なる大地から生まれた導きの妖精ここに参上! はじめましてマスター、早速だけど良い名前をつけてね☆」
虫のような、しかしそれ以上に美しく光沢のある半透明な4枚の羽。
起伏が少なく若干幼さを感じる文字通り妖精のような少女の体。
肌は白磁のように白く、尖った細い耳がついている顔は、作り物のように美しいのに生気に溢れている。
つややかな黒の長い髪が体の大切なところを隠し、その声は”色々な作品で聞き覚えのある"ような脳が痺れるような甘い声。
課金で追加されたボイスで、有名声優さんの甘ロリ声は相変わらず脳を揺さぶられ―――
『状態異常耐性:魅了に抵抗しました』
視界内に表示されてるゲーム的なUIのイベントログが流れる。
萌え的な感情も魅了の範囲なのでしょうか。
対魔剣士のアビリティの何かが悪さしているような……ポジティブな熱意まで常に冷静にされると、精神に変調を来しかねません。
ああ、多分これですね。
『明鏡止水:精神の常時正常化・沈静状態を維持 ON →OFF』
愛おしさを普通に感じれるようになった所で、彼女の紹介を。
開発に大量の資金をかけたのに、海外の強豪会社数社とゲームリリース日が被った上、世界の作り込みは凄いのにバランス調整が甘くて大味な所が一般受けしない代わりにマニア受けして、細々と10年近くサービスが続いた、一人称視点のMMORPG『パラダイス・ガーディアンズ』という国産ゲーム。
そのゲームのチュートリアルの案内をした後は、性能はそこまで高く無い代わりにテイムモンスターとして契約解消(削除)するまでついてきてくれる『導きの妖精』です。
チュートリアルキャラクターなので、世界百科辞典の知識を持ち、適度なアドバイス(ヘルプ)をしてくれる、ゲームではよくありがちな、しかし今の私には何よりも必要な存在です。
右も左もわからないどころか、この街道のどっちに行けば街があるかすらわからないのですから。
ゲーム時代では身振り手振りで目的地を示すクエストマーカーの代わりをしてくれるのと、そこまで語彙は多くなかったものの、初心者が世界観を理解できるように、いろいろな話をしてくれました。
なにより開発者が頭のネジをドブに投げ捨てた妖精スキーだった事もあり、プレイヤーと違って成長上限が存在せずに、育てただけ強くなる―――育成に手間がかかるが、プレイヤーが命令を出すだけのオプションに成り下がるレベルで強くなる存在だったので、荒事に巻き込んだとしても安心です。
チュートリアルキャラらしくプレイヤーにとても好意的かつ従順で、非戦闘時には契約者以外には透明になる事もできるのも大きなポイントですね。
―――そして、何よりも。
「これからもよろしく、リリィがいないと何をしたらよいかわからないのです」
契約の証として左手を立てて差し出すと。
「もう、頼りないマスターなんだから。これからもずっと私が導いてあげるわ」
妖精は花が咲くような笑顔で薬指を愛おしそうに抱きしめ、指の根元を小さな口でガブリと噛みつき、滲んだ血を舐めて陶酔したような表情を浮かべ、血による契約を成立させる。
彼女とは他のゲームを同時にやっていたものの、10年近く一緒に旅をした相棒なのです。
ゲームの中のアバターとこの世界に転移した私を同一人物だと認めてくれたのが何よりも嬉しい。
嬉しいけど、リリィが契約の時に告げた事ば<導きの妖精>の契約台詞とは違っている。
もうリリィはゲームシステムの一部や都合の良いキャラではなく、私の能力によってこの世界に生まれた一つの命として見た方がいいでしょうね。
契約の時に傷づけた傷を小さな舌で舐め、接触回復スキルで癒やしながら流れた血を一滴も残さないと、陶酔を越えて妖艶色がちらつく瞳で舐めとっているリリィを見ると、ゲームの記憶や成長した軌跡をその身に宿した一つの命だ。
だから彼女の意志や心を軽んじるな! むしろ最大限の警戒をせよと、危機感が声高く警鐘を鳴らしている。
◇
『パラダイス・ガーディアンズ』では<導きの妖精>は成長上限も無い上に、育て方や接し方で性格も同じ個体が存在しないと言われるレベルで変化する存在だった。
この辺り制作者の狂気的なほどの愛と情熱を感じられる。
私が10年近く相棒にしていた彼女は、私に世話を焼くのが生きがいような振る舞いをして、他のNPCへの浮気、プレイヤーとの婚姻など、浮気は一切気にしない代わりどころか、家族が増える事を自分の事のように喜び、優しく扱うようにアドバイスすらしてくる。
反面、自分を忘れらる事、大事にされない事を病的なほど恐れていると共に反応も過激な性格になっていた。
先ほど、導きの妖精が初めて召喚される時の定型文としてはじめましてという台詞を言っていたが、それにはじめましてと返してしまったり、私が彼女の事に思い至らず長い時間冒険をして、後になってから召喚してしまった時は大変な事になっただろう。
良くてその場でこの体の貞操と尊厳を失い、絶対忘れる事ができなくなるまで体と心に彼女の存在を刻みつけられるだろう。
悪いと……もう邪神とか魔王レベルの扱いで封印しないと、妖精の隠れ里的な所に連れ込まれて、時の流れで魂が擦り切れるまで『彼女と一緒に居られて幸せだ』以外考える事ができない人生を過ごす事になりかねない。
◇
「~♪」
胸元に浮いた契約の証である文様を抱きしめて嬉しそうに飛んでいるリリィを見て、内心滝のような冷や汗を流す。
やばかった、ほんっっっとにやばかった!
知らない土地を案内してくれるなら<導きの妖精>ですね。なんて気軽に考えていた私の馬鹿、馬鹿、馬鹿!
とてもポジティブな表現で例えても、愛情がブラックホール並に重いリリィを気軽に呼び出すとか!
『パラダイス・ガーディアンズ』がサービス終了してから割と時間経っていたから忘れていたとはいえ、私の冒険がいきなり終わる所でしたよ!!
さっきの良い例と悪い例は両方体験済みです!
連日のイベントに疲れてリリィをちょっと邪険にしたら、気絶魔法をかけられて画面が暗転して、暗転から戻ったら宿屋のベッドでHPが半減してMPがマイナスになってる自分のアバターが装備解除状態でシーツに包まってぐすぐす泣いて『状態異常:服従/30日』がついた教訓を忘れるとか…っ!
サービス終了のニュースを見て、もうすぐリリィとお別れだと漏らしてしまったら、妖精の隠れ家エリアに連れ去られて、幸福と陶酔の重度状態異常を起こす妖精の粉を定期的に与えられて行動不能状態になり、定期的に食べるものと水を口移しで与えられて餓死による死亡もできずに飼われて、どうしようもないのでGMコールで助けて貰った後に、世界の終わりまで一緒にいるからと必死の説得したでしょう、私!
今更ながら、サービス終了されて残念ながら当然のゲームだったというか、よく国内でサービスできていましたね。あのゲーム。
おかしいな、この世界の生き方を教えてくれる相棒を呼び出しだけなのに、命や人生の危機をくぐり抜けた上で、もうエンディング良いんじゃないかくらいの達成感がある。
…………よし、覚悟を決めましょう。
ちょっと……かなり……相当に愛が重いとはいえ、長年連れ添った相棒なのです。
ここで長年の相棒を封印して生きるのは、余りにも臆病で非情。何より格好が悪い。
「さあリリィ、新しい冒険の旅の始まりです。とりあえず友好的に接する事ができる種族の街、近い方に案内をお願いします」
「はぁいマスター! こっちこっち。マスターとまた一緒に冒険ができるなんて、神様の奇跡みたいね!」
私の肩にふわりと座り、街道の片方を指刺すリリィ。
ははは、本当に神様の奇跡の賜物なんですけどね。
「その前にリリィ、服着ましょう服。見た目もそうですが、装備無しは不用心ですよ」
努めて冷静にリリィ用のドレス風の専用装備を取り出す。
ゲームの時と違って生身のリリィのきわどい格好を見ていると胸が高鳴りそうですね。
◇
『状態異常:魅了・極大に抵抗しました』
『状態異常:人種支配<ドミネイト・ヒューマン>に抵抗しました』
『状態異常:陶酔・極大に抵抗しました』
『状態異常:固有/妖精の誘いに抵抗しました』
『状態異常:催眠・極大に抵抗しました』
『状態異常:発情・極大に抵抗しました』
『状態異常:固有/妖精の粉に抵抗しました』
『状態異常:慕情・極大に抵抗しました』
「……あはっ、さっすがマスター。でも、今度こそ絶対逃がさないんだから」
元おじさんだった少年の肩に乗り、行く先を導きながら―――
『システム:<導きの妖精>権限により10秒間のイベントログを消去します』
妖精は恋の熱で愛情や慕情など様々なものを溶かし混ぜた、粘性の高い溶岩のようになった、暗く熱いどろりとした感情を宿した瞳で少年の横顔を見つめていた。
「……~♪」
その瞳に宿ったものを隠すように、彼女の生まれた世界の主題歌を甘い声で明るく上機嫌に歌い。
「~♪」
その歌を覚えていた少年が鼻歌で伴奏すると、上機嫌になりますます胸の奥に宿った熱をますます高めていた。
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☆リザルト
○<導きの妖精>リリィ 霊格値2287
数年前にサービスが終了した長寿MMORPG『パラダイス・ガーディアンズ』でチュートリアルで登場する妖精。
妖精のデフォルトネームが「ナヴィ」なので、あまり捻った名前ではない。
リリィは魔法攻撃と幻惑を操る遠距離攻撃型に育成されているが、レベルとステータスの暴力により、レイドボスの竜種を単独討伐、他の妖精達と一緒だとエンドコンテンツのボスをプレイヤーの指示なしで力押しで殴り倒している。
イナバはリリィ以外にも16体妖精を育てているが、他の妖精達は戦闘力以外の特殊能力は控えめである。
さらにイナバは気が付いていないが、他の妖精達はリリィの妹であり部下なので、リリィ単独で召喚が可能。
妖精の数がリリィ含めて17体なのは、ゲームにおけるレイドのメンバーの上限数が18人なので、イナバ+妖精17人でフルメンバーが揃うため。
製作スタッフチーフの熱意により、チュートリアル終了後にテイムモンスターの説明のまま仲間になるが、製作チームの情熱と偏った性癖の影響で、育成に時間がかかるがドラゴンや巨人などテイム難易度が高いモンスターより最終的に強くなる。
『パラダイス・ガーディアンズ』ではプレイヤーとしての強さで遊ぶ事に拘る通称「修羅勢」と、<導きの妖精>や一般モンスターの妖精、課金ガチャで入手できる妖精など仲間妖精で攻略していく「妖精愛好家」がメジャーなスタイルだった。
妖精の霊格値=プレイヤーのレベルであるが、サービス終了時にプレイヤーのレベル上限が80だった事を踏まえると、霊格値が4桁を越えているリリィの異常性が良くわかる。
なおLV80プレイヤーは『パラダイス・ガーディアンズ』の世界において神話英雄レベルの扱いである。
『パラダイス・ガーディアンズ』では、直接の描写はないがプレイヤーの間同士とプレイヤーと妖精系のテイムモンスターの間で深く愛し合った(直喩)ような意味深なイベントが多くあり、その手のイベントで一時的なステータスアップなどの恩恵を受けられる。
だが「妖精愛好家」の中には妖精との愛こそ至高という「妖精さん溺愛倶楽部」派閥と、妖精さんに直接手を出すのはいけない、目で見て話して愛でる以上は邪道という「紳士淑女」派閥に別れていた。
イナバは個人的にはどちらでも良かったが、フレンド達が「紳士淑女」派閥ばかりだったため、妖精への態度も同じようなスタンスを取っていた。
制作者の偏愛の結果、高度なAIを積んでいた当時のリリィは、愛情過剰に自分に接する上、とても真摯に自分を育てて霊格値1000以上にしてくれたが、自分に手を出す事が無く、妹達(他の妖精)へ次々に親しげに接して信頼度を上げていくイナバの姿をずっと見続け、人で例えるなら脳(性癖)が破壊されて深刻なエラーを吐き出していた。
リリィのエラーを見た制作者が、妖精側からプレイヤーに能動的に接する事ができるイベントを追加したのが悲劇の引き金になった。
『パラダイス・ガーディアンズ』を取り扱う外部掲示板の妖精さん総合スレッドに、当時のイナバが書き込み、すぐに専用スレッドが立てられた『【泣きたい】紳士派閥だけど妖精さんに逆レされました。何か質問ある?( ;ω;)【泣かせて】』のスレッドは界隈のプレイヤーの中で伝説になっている。
リリィが引き金で製作されたイベントの発生条件は極めて困難だが、イナバの証言を聞いて多いに奮い立った紳士淑女派閥の数十名が該当イベントを引き当てる事に成功している。
条件もほぼ特定されたが、育成要素が絡むためイベントの発生条件を整えるのに、0から始めるなら準備に数年かかると他のエンドコンテンツより困難だった。
その数年後、同一人物が立てた『【ポスケテ】妖精さんにガチ監禁されてます【本当に助けて】』は最初ネタだと思われていたが、ゲーム内画像の貼り付けにより当時のネットニュースのトップを飾る程の盛況ぶりをみせ、伝説の妖精愛好家として知られている。
2つのネタの提供者が同一人物だと発覚し、一時期はR-18のファンアートが多数描かれるほどのお祭り騒ぎなった。
なお『パラダイス・ガーディアンズ』界隈におけるネット上でのイナバの愛称は「妖精指揮者02」だったが、2つの話題により「オ○ホ妖精逆レ兄さん」に変化した。