01話/プロローグ:おじさんゲーマーの異世界転移
「とりあえず……職業付与・対魔剣士ランク215」
私の声が終わると、そろそろ買い換えを考えていたヨレはじめた、今の体だとぶかぶかなスーツが、服装が丈夫な白色の革に青い金属で補強された皮鎧と革ジャケットの中間のような姿に切り替わり。
自分の体がドラゴンの牙にかみ砕こうとしても大丈夫な程に丈夫になったと、根拠は無いが確信に近い感触に包まれる。
「おじさんにゲームの力なんて与えたらダメだと思うのですが」
私は稲葉宗治、32歳、会社員、特に募集もしてないが彼女なし、趣味はゲーム、生き様はゲームの合間に人生が合い言葉の不真面目な大人だ。
―――いや、大人だった。今の姿は高校生くらいだろうか。随分若返っている。
手の中に現れた剣に目を落とすと、どこまでも曇り無く白く、金属とは違う質感の光を放つ肉厚の長剣。
私が遊んでいたゲームの一つ、文明が崩壊して魔物が跋扈すし魔法が蘇った荒野の世界を、都市列車という巨大な蒸気機関車で旅をする『グランド・アンド・スチームファンタジー』の主人公が使う力を体に宿しているのを感じる。
対魔剣士の特徴は膨大なHPと防御力からくる耐久性。最後に触った時のHPが8万くらいだったかな? 山賊のHPが80とか120の世界で。
ステータス低下・呪い・毒など各種状態異常に対する高い耐性。
遠距離攻撃武器を持たない代わりの機動性を発揮する身体能力と剣に特化した戦闘能力。
特に死ににくく病気や毒に強いのは見知らぬ世界では大事だと思う。
手に持っている剣は、長剣系統・汎用装備のエンドコンテンツ武器。
高難易度ボスを何百回と倒して集めたトレジャーで作る、破壊する事ができない龍の牙を永い年月かけて剣の形に磨き上げたという設定の剣だ。
確か最後に遊んだ時、主人公が対魔剣士からなる装備セットに登録していたと思う。
人気ゲーム過ぎて追加パッケージが次々に出てはインフレを繰り返し、第1期シナリオのボスだった魔王竜のHPゲージをワンパンで消し飛ばせるし、第9期シナリオボスの創造神から転落した邪神でも、鼻歌を歌いながら殴り合いできる性能があったはずだ。
どうして私のような様々なジャンルのゲームをやり込みまくったおじさんに、ゲームで得た力を与えて異世界転移させたのか、神々の意図を理解するのに苦しむ。
◇
これがライトノベルの導入にありがちな、日本神話や仏教に関係ない神の身勝手な転移だったら、その場で神殺しを狙っていたと思う。
人間を弄ぶ神は個人的都合により大嫌いなのだ。
だが、私をこの世界に送り込んだのは日本神話のメジャーな神と、仏教系の如来と、十字教の大天使が腰低く連名での対応だっただけに、大人げなく反抗する気にはならなかった。
その神々に説明された内容をまとめるとこうなる。
・神々にとっても大変不本意なイレギュラーによって本来寿命が尽きるはずおない日本人がまとめて命を失った。
・対応した神の不手際と残っていた寿命の力などが原因で、様々な能力に目覚めてしまった。
・蘇生すると目覚めてしまった力のせいで地球に大きな混乱が発生してしまう。
・なので私達が管理する、個人が大きな力を持っていても大丈夫な世界に行って欲しい。
・死後の魂と本人が希望するなら転移先で作った伴侶や子供の魂もまとめて地球の輪廻に戻してくれる。
・私以外の魂は既に他の世界に旅立った後、順番が最後だった。
・転移先は人間が他の生物と生存権を争っている、私の認識におけるダークファンタジーよりの世界である。
・現代地球と比べると過酷な世界なために人の寿命が日本人感覚だとかなり短いので、肉体を若返らせた上で、現地の土地に適応できるようにし、会話や文字の読み書きもできるようにしてくれる。
死後のアフターサポートまで入った丁寧な説明に納得し、私も他の世界への転移を受け入れた。
目覚めた能力を神々が調整して「私が生前にゲームの世界で使えた・得た力、物品全て」を使えるようにしてくれるとも言われた。
太っ腹な能力すぎて大丈夫かなと不安になったが、結局そのまま送り出されて今に至る。
◇
まだ木々と草原しか見えないが、生きて行くだけなら対魔剣士の力だけで十分……というより過剰な気がする。
だが、この力ですら私が生前に遊んでいたゲームタイトルの1つの、更に色々育成したキャラクターの1人の力でしかない。
「本当に……ゲームが人生だったおじさんに、1タイトルのみとか制限も無く、ゲームの力を与えるのはやり過ぎだと思うのですが…」
非力な日本人のまま他の世界に放り出されなかったのは幸運だが、力に溺れないように気をつけないと、自分の倫理観やら自制心が壊れてしまいそうだ。
人影がないものの、ぽつぽつと木々や雑木林がある草原に刻まれた土の道。
轍のようなものがあるから、馬車などが通る街道だと思われるものを見て、この世界にも人がいるのだなと、少し安心してから大事な事に気が付いた。
「―――あれ? 私、使命も何もありませんね?」
この手の異世界転移の物語だったら、魔王を倒す事や、人類の衰退を防いだり、あるいは増えすぎた人類を間引いたりと何かしら使命があるものだ。
だが、転移前に受けた説明だと現代地球では異質な力を入手してしまったために緊急避難的な流れて異世界転移したという事だった。
なら―――そうですね。
「死後まで補償されているのです。再びあの神々と出会った時に自分らしく生きたと、良くも悪くも胸を張れるような生き方をしてみましょうか」
別に正義や偽善に目覚めた訳ではない。
自分の良心、欲望、楽しみに正直に。
そして私の価値観からみて格好良い生き方をしよう。
「だから、明日からではなく―――今から頑張ると、今決めました」
決意に証に名前を新しくしましょう。
どのみちファンタジー系の世界で出身地を示す以外の名字があるのは厄ネタです。
「稲葉宗治改め、生まれ変わった私の名前はイナバ。この名前と共に面白おかしくこの世界で生きていきましょう」
この世界の方がには色々と迷惑をかけるかもしれませんが、そこはそれ、通りすがりの野良猫に懐かれたと思って諦めて貰いましょう。
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☆リザルト
○対魔剣士 ランク215(HP+88000 ATK+175000 DEF+15000 状態異常耐性・極大)
スマホアプリRPGの金字塔『グランド・アンド・スチームファンタジー』で主人公が獲得するランク5の職業。
本来は『退魔剣士』の名前でアンデット・堕天使・悪魔に特攻を持つアタッカーだったが、既存コンテンツの難易度が著しく低下するため、急遽基本ステータスに優れ、補助スキルを多種使え、状態異常と魔法攻撃に態勢のあるアタッカー兼タンクに調整された。
弱点が少なく「レベルを上げて殴る」のに適した職業のため、超高難易度コンテンツ以外での使用頻度が高い。
いわゆるガチャゲーであるが、ガチャで得られるのは仲間キャラクターだけであり、それ以降は育成と強化のためのトレジャー回収に時間をどこまでも溶かされるゲーム性が話題で長期にわたって人気のタイトルになっている。
基礎ステータス×職業補正×武器性能で表示されるランクが変動する。215というのはイナバが最後にアプリで遊んでいた時の数字。
イナバのは男主人公版の服装だが、女性主人公版の服装はかなりきわどくキュートかつエロテックと評判。
同タイトルをモチーフにした薄い本だと、女主人公はだいたい対魔剣士姿で登場するほどの人気。
なお『グランド・アンド・スチームファンタジー』の世界において、HP8万というのは暴走AIが動かす超巨大移動要塞や、最上位天使並の耐久力である。