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よろず怪談御伽草子  作者: なかがわ よもぎ
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第三話

 海の話ときたらお次は山だ。恵介さん、山に行ったことはあるかい?あぁ、あぁ、そこらの丘みたいな山じゃなくてだね。そう、天に届きそうな高ぁいお山だよ。まだ行ったことがないなら丁度いい。今からする話を覚えておいで。いつか役に立つ日もくるだろう。なんてったって山には恐ろしい相手がいるからねぇ。熊?ははは、確かにソイツも恐いなぁ。でもアタシが言ってんのは、少しばかり毛色の違う存在だ。




 ここから南に遥か下って行くと、まぁ富士のお山にゃ及ばないが、大層立派な山があってね。木々は大きく葉は青々と、こりゃあ肥えた土だと一目で分かる良い土地だ。山の麓にゃ集落が広がって、年端もいかない童たちが毎日のように走り回っているのさ。



 ある時この集落にひとつの家族が越して来た。なんでも幼い娘が喘息を患って、医者から空気の綺麗な場所で療養を、と勧められたとか。喘息ってのは呼吸の管の病だよ。ひとたび発作が起きると息が苦しくって苦しくって、とても横になっていられない。隙間風みたいにヒューヒュー鳴る音を聞くと、切ないやら哀しいやら、こっちまで胸が締めつけられちまう。幼子の身の上で哀れな話だろう?ところがこの娘、とんだ変わり者だった。

 病の落ち着いてる時は家を飛び出し、子猿の如く野山を駆けた。誰も都会から来た娘だなんて思わないくらい、集落の子らより草花や動物のことをよく知っていた。お転婆?いやぁ、どうだろね。あれはもういっそ獣の子さながらの様子だったけれど。川には平気で入るし池に手を突っ込んで魚を獲るし、虫も恐れずトカゲや蛇にも興味津々で・・・あらまぁ、恵介さんは蛇が恐いのかい。そんなに顔を真っ青にして。




 そうそう、蛇だよ蛇。娘が日頃のように山裾を駆けずり回っていると、道端に生っ白い縄が落ちている。はて、随分短く細い縄だと訝しんで娘はそれに近寄った。そうして分かったのさ。縄に見えたのは蛇の腹だったと。まだ小さくてね、子供の指くらいの太さだろうか、長さだって大人の手の平分もありゃしない。きれいな抹茶色の鱗に覆われた細い身体には、あるべき首がなかった。あっははは、まぁ普通は悲鳴を上げるさね。今の恵介さんみたいに・・・いてて!なにも叩くこたぁないだろう。

 きっとどこぞの童の悪戯さ。娘にもそれはすぐに分かった。で、この娘。悲鳴を上げるどころか、なんと辺りに蛇の首が落ちてやしないかと探し始めたんだ。たいそうな肝だこと。しかし小指の先より小さな頭は終ぞ見つからなくてね。草むらに放り込まれたか傍を流れる用水路にでも捨てられたらしい。諦めた娘は蛇の亡骸に手を合わせて立ち去った。



 山裾を囲む水田のあぜ道を通って集落へ戻ろうとした頃に、娘の右目がふと痒みを覚える。立ち止まり目を擦る間、残った左目は己の足元に蛇の尾を見つけた。それはそれは真っ白な、雪を欺く鱗の大蛇。尾の先からすぅっと視線で辿れば、首の辺りに包帯を巻いている。包帯を巻いちゃいるが、ないんだよ。・・・頭がね。思わず目を擦っていた手を退けるともう蛇の姿は消えていた。四方八方へ視線を凝らすも大蛇の跡はなく、ただ静かな稲田が広がっていたそうだ。

 娘はまた集落へ向かって歩き出す。すると、つい、と勝手に顔が空を仰いだ。今度は両の目でしっかと見た。青い空に浮かぶ蛇の首を。もちろん雲だけどさ、どこから眺めても蛇の頭そっくりの形で、首の部分にはご丁寧に包帯を巻いてたってさ。不思議な話もあるもんだよねぇ。娘はその時「そこに首があったのか、ようやっと見つかった」なんて考えていたっていうから、本当に幼い童かね?




 んん?別に恐い話じゃない?嘘だぁ、あんなに悲鳴を上げ・・・イタタタタ!痛い痛い!殴らないでおくれよ、乱暴だなぁ。うぅむ、じゃあ事の顛末も教えてあげようか。まずは娘だ。娘の発作はいつの間にやらぱたりと止んだ。少しずつ減っていったわけじゃないよ?ハナから病なんて患ってなかったかのように、きれいさっぱり消えちまった。しばらくして娘と家族は元の街へ帰って行ったけど、その後も大病なく健やかに暮らしてるんだそうな。

 そしてもうひとつ。集落に住む男童(おのわらわ)の一人に、奇妙な痣が浮いた。こう、首をぐるっと囲むような細くて赤い痣がね。日を追うごとに色濃くなる痣に慄いた親たちは息子を問い質した。初めは渋っていた息子もついに観念して蛇殺しを白状したのさ。結局一族総出で山へ謝りに行ったうえ、神社で説教されつつ祟り鎮めを受けたから大事にはならずじまいだったが。はてさて、放っておいたらどうなっていたのか、アタシとしてはちょいとばかり気になるところ。




 恵介さん?なにをおっかない顔してるんだい?・・・おっと、こいつはまた立派な蛇だねぇ。気づかぬ間にお堂の中も賑やかになったもんだ。どうせならそこいらの犬猫や烏も招いて楽しく夜明かししたい気分だ。あぁ失敗した、酒のひとつも持って来ればよかったな。

 しかしどうやって社に入り込んだんだろか。大きな隙間なんぞ空いてたら夜風で身体も冷えちまうし、探して塞いじまおうね。

 え、蛇ならそのうち出て行くさ。大人しくしてりゃ噛みつきやしないよ。ほら、隅っこで丸まってるだけだろう?大丈夫、大丈夫。



 山神様の御使いを殺めるなんて真似さえしなきゃ、ね。


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