第一話
―――――おや。おやおや、これは驚いた。
こんな打ち捨てられた社に一体どこぞの坊ちゃんが迷い込んだやら。
え?アンタこそ誰かって?人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るモンですよ。なぁんてね、言ってみただけですよ、言ってみただけ。アタシはスズメウリ。変な名前?あっはっは、よく言われます。なに、そこいらで日がな一日ぐうたらしてる売れない物書きでして。この場所はアタシのお気に入りでね。あぁ、そのままで結構。どうぞ座ってらっしゃいな。
へぇ、坊ちゃんは恵介さんってぇ名前なのかい。恵みに介の字で恵介。うん、良い名だ。それに齢七つ?随分しっかりして見えること。こりゃあ御母堂の教えが余程素晴らしいと見た。・・・ん?その御母堂と大喧嘩?なんでまた。
四つ下の弟と揉めてたら自分だけ大目玉を食らったと。ほぉほぉ、元は弟さんが恵介さんの菓子を横取りしちまったってぇのに。不憫なこった。ちぃとばかし早く生まれたばっかりに、やれ兄さんなんだから姉さんなんだからと、途端に大人の目が厳しくなりやがる。分かるともさ。こう見えてアタシも兄弟持ちなんだ。ぶらぶらしてて兄弟は心配しないのかって?やめておくれよ、お小言は耳にタコなんだから。
とはいえ感心しないねぇ。いずれ日が落ちて真っ暗になるよ。いくら恵介さんがしっかりしててもね、世間に取っちゃ七つの童。人攫いにでも遭ったら敵わない。騒ぎになる前には帰った方が・・・なんだって?今日は帰らない?それならどこか行く当てでも・・・ない?この廃神社に一人で泊まるつもりだった、と。はぁぁ、こりゃ豪気な話だ。豪気ってのはね、大胆不敵で男らしいってことさ。
しかしまぁ困ったね。春先とは言え朝晩は冷えるよ?ここには火の類はなぁんにもないんだし。あぁそうだ、コレを貸してあげようか。病を得たくなきゃ遠慮せずに羽織っときな。帰る時まで貸しといてあげるから。アタシのことは気にしなくったって平気だよ。寒さには慣れてるのさ。
おや、羽織が珍しいかい?そりゃそうか。近頃ときたら誰も彼もが海の向こうの国とおんなじ召し物だ。ふふ、ゆくゆくはあの人らの足も異人さんたちみたいに、ちったぁ長くなるだろか。
・・・日の入りが近づいてきたね。家に帰るつもりは・・・あぁ、分かった、分かった、分かったよ。袖振り合うも他生の縁だ。今宵一晩、お供させて頂こうじゃあないか。一人で平気?ふぅん。灯りもなく真っ暗なお堂の中で?鼠が出るかも、いや狸か野犬か。妖怪なんぞも出るかもねぇ。いやだな、脅してないよ。なにせ神様の去った廃神社だ。どんな禍事が起こるか知れたモンじゃない。本当に一人で一晩過ごすのかい?本当に?・・・・・・。よしきた!そうこなくっちゃ。
実はね、書き物の締め切りが今日なんだけど、ちっとも進みやしなくてさ。出版社のおっかないオジサンに雷を落とされる前に命からがら逃げて来たんだよ。おっと恵介さん。溜息なんかついたら幸せが逃げちまう。って、今のは呆れた溜息だから数に入らない?こりゃ一本取られたな。
―――――さて。明くる朝まで二人ぼっちだ。仲良くしとくれな。お近づきの印にこんなものはどうだい?干し柿に干し芋、飴玉と水筒もあるよ。夕餉の代わりには寂しいが、ひもじいよりはいくらかマシだろう?あっはっは!袂が魔法の袋とは言い得て妙だね。確かにシャツとかいう服の袖にはなんにも入らなそうだ。
えぇ?アタシの話が聞きたいって?売れない物書きだって言ったろ?ううん・・・そうだなぁ。なら、いっちょ今度の書き物の中身を少しだけ教えてあげようか。まわりの子らには秘密だよ?もちろん大人にも。原稿も書かないでほっつき歩いてる挙句に、出版前の本の内容をバラしたとあっちゃ、あのオヤジにどやされちまうからね、ふふふ。さ、小指を出して。指切りしよう。嘘ついたら針千本飲ます、っと。
それじゃあ、始めよう―――――・・・。