29話 哀れな王様
視界から姿を消した、そのアンデットは背後から突如として気配を放ってくる。
それを感じた私は、振り返る前にくるであろう攻撃を避ける。
体を地面から放し、大きく飛び上がる。
そして、それを読んでいたかのごとくにアンデットは突き立てた刃とは反対の刃が付いていない方で殴打してくる。
だけれども、私は猫。
そんな攻撃がすんなり当たってしまうほどの図体、鈍感さをしていないのである。
私はうまくその大鎌に着地し、勢いのまま地面へとダイブする。
重力の力もあってか、すんなりと着地できなおかつ、体勢も立て直すことができた。
すると、今度はアンデットが大鎌を持っていない左手で、私に向かって何かをしようとしてきている。
(大鎌って両手で持ってないのかよ!)
それと同時に魔法かスキルの類だろうと察した私は、すぐに背中を向けて室内を走り回る。
ちなみに、出口は閉まっていた。
先ほどの幻覚によって壁だと思っていた扉はアンデットの手によって閉められた。
どんな方法を使ったのかはわからないが、確実にこのアンデット野郎が何かしたのはわかっている。
迷宮の主人と名乗っているくらいなのだ。
その程度のことができないはずがない。
(この迷宮は思いのままに動かせるってわけね?)
そして、こちらに向いている左手から、魔法が飛び出してくる。
どんな魔法かまではわからないが、どす黒いオーラを放っているあたりから考えれば、闇魔法とかそんなところだろう。
射出されるその魔法の弾幕を私はひたすら避けていく。
言葉にすると楽なように聞こえるかもしれないが、薄暗い部屋の中で私の全力疾走と同じくらいの早さの玉が飛んでくると思って見て欲しい。
そして、一発でも当たったら即お陀仏になるというおまけもつけて……。
大半の人なら、中盤あたりで体力的に終わりが迎えお陀仏するだろう。
そう考えていると、ずっと避け続けている私すごくない?
自画自賛している途中で、魔法の動きが止まる。
実際はアンデットが射出をやめただけなのだが……数が多すぎて訳がわからなくなってきていた。
「ここまで、私の目の前で生きていたのは貴様が初めてだ。ただの猫だと思っていたのだが、実際はスキルか何かで変身しているのか?魔力を一切感じないあたり、その可能性が高いといえよう」
考察モードに入ったのか、小首を傾げながら考え込むアンデット。
(いや、まじで疲れた!)
ずっと走るのはかなり疲れるのである。
素早さによって体力も増えたのだろうか?
それはわからないが、少なくとも現実では考えられないほど走ったことになるだろう。
「変身が可能なので有名な種族は、吸血鬼あたりか?もしくはその眷属のコウモリ。って、今はそんなことはどうでも良いか」
私という侵入者の存在がいたことを思い出したのか、こちらに向き直るアンデット。
「ふむ。あの攻撃で生きていたということはお主のレベルは15あたりか?まあ、この世界の人間と比べれば普通なのかもしれないが………」
私ってこう見えてもレベル25なんだが?
ひっどいな〜。
いくら私がレベルアップに4倍の時間がかかり、踏まえてさらに、常人の半分しかステータスポイントがないからってそれはなくない?
いや、むしろ25の半分の12あたりと同じくらいと判断されないだけマシって言えるのかな?
「では、速度を少し上げてみるとしよう。実験というのは非常に重要であるからな」
「にゃ!?(実験!?)」
実験は一旦置いといて、まだ本気じゃなかったのかい!
ってきり、案外なんとかなるかもって思ってちょっとだけ心に余裕ができてきてたのに!
私の余裕がかなりの勢いで崩れ去っていく。
「では、そろそろ再開しよう」
ちょっと待って!
そして、そのアンデットは接近してーー
ーー何かに押しつぶされる。
「にゃ?(あれ?)」
目の前に迫ってくるはずであろうアンデットの親玉が、上から降ってきた何かに押しつぶされている。
さっきまでの威厳たっぷりな様子から考えるとちょっと失笑ものだけど、今はかなりありがたい!
(でも、どうして穴が空いたんだろう?)
アンデットの頭上には大きな穴ができており、こいつは瓦礫によって身動きが取れなくなっているようだ。
(自然に落ちた訳じゃないよね……?)
私は砂埃で見えなくなっている、アンデットのあたりを凝視する。
砂埃が晴れ、そこからアンデットらしからぬ可愛い声が聞こえてきた。
「主人様はひどい方ですね。雑魚の処理を任せるなんて……」
可愛い声とは裏腹に、言葉の内容は上司に対する愚痴だった。
(やっべ!見つからんようにしよ……)
「ん?視線を感じたような……まあ、いいか。いたとしても私の敵じゃないし。それに猫だったらもっとね」
なんで猫が出てくる訳!?
もしかして、バレてる?
潔くすみません覗いてました、っていいに行けばいいの?
(いや、でもそっちが邪魔してきたんだし!私は謝らんからな!)
砂埃と同時に飛んできた天井の破片に身を隠す。
「さぁて、猫が戦っていた奴は倒せたし、これで帰っても主人様に怒られないはず」
やっぱバレてるー!
「全く、なんで氷龍殿の後始末をしなくちゃいけないのよ?」
氷龍殿?
氷龍というのは少し聞き覚えが……っていうか、ついさっき私が倒しちゃいましたけど?
もしかして、後始末って私を殺すってこと!?
「ただの猫のために、どうして私が……」
あ、殺す訳じゃないんですね。
そりゃそうだ。
殺すのであれば、あのままアンデットと私を戦わせていればよかったのだから。
だが、じゃあ一体何しにきたの?
「氷龍殿もなんで殺られる直前に『連鎖の呪縛』をかけちゃうかな〜。それによって猫が弱体化って……主人様もそこまで気にしなくてもいいのに〜」
ん?
なんかこの2日間で私の耳はどんどん悪くなってきている気がする。
今、なんとおっしゃいました?
連鎖の呪縛
そう言ってませんでしたか?
ちょっと、ここまで弱体化している状態なのに、さらにデバフ追加ですか、鬼ですか、悪魔ですか、死神ですか、絶対運営私に恨みあるだろ!
連鎖ってことは、私の行動が縛られるのだろうか?
スキルが使えなくなったり、まともに歩けなくなったりするのだろうか?
最悪の場合、このアバターが一切言うことを聞かずに暴走したりなんて……。
私の不安な妄想から引き戻すかのように、そこに立つ女性の声が聞こえてくる。
「まあでも、今のところは呪いが発動していないからいいものの、今後相手の選別が終わった場合、速攻でレベル1状態になるんだろうな〜。何レベなのかは知らないけど、猫も大変ね〜。そういえば、猫はどこにいるの?」
あたりを見渡す、女性。
私は息を潜めて、天井の破片の後ろに隠れる。
(早くどっかいって〜!)
「ま、いっか。私が突撃する直前までは生きていたっぽいし、死んでいたとして、主人様がなんとかするでしょ!」
そう言い残し、彼女は飛び去っていた。
いや、飛んだのかどうかは定かではないが、自分的にはそのように見えた。
(なんだったんだ?)
私はいつもの癖で、思考が海に飲まれそうなところ、呻き声に現実へと引き戻される。
「く、なんだ?何が……?」
瓦礫から起き上がろうとしている、王様。
なんだかかわいそうになっているけど、それもこれも私はこれっぽっちも悪くないんで!
恨まんといてね!
「にゃ『強奪』」
「ーー!」
(あ!しまっーー)
私は衣服だけを奪うつもりだったが、その時すでにアンデットの王が着ていた服は謎の女性の突撃によってビリビリに破かれていた。
同じく王冠も手元から離れていて、アイテムとしてカウントされていなかった。
故に、アイテムとして取り扱われず、大鎌と、案の定魔石がインベントリの中に入ってくる。
そして、本日何回目かの通知音が耳元で流れ始めるのだった。
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