なんか思ってたのと違う!
「悪いが、君にはウチのパーティを辞めてもらいたい。僕たちが上を目指すのに、付与術士の力は必要ない」
「まじで?」
「ああ」
当時、駆け出しだったこのパーティに加入してから約3か月。現在俺は、リーダーの剣士に呼び出され、開口一番そう告げられた。
「困るんだけど」
だがしかし、ハイそうですか、なんて頷けるはずもない。彼にも彼の理由があるのかも知れないが、こっちにもこっちの都合ってものがある。
俺は、クビを切られるこの状況を打開するために、頭をひねった。
ここは、剣士の自室。俺たち二人は、机に向かい合って座り、当然周囲には誰もいない……!
「他のメンバーは、なんて言ってるんだよ?」
そう、この場に居るのは俺たち二人だけ。パーティの一員が、クビを切られそうなっているにも関わらず、だ。
つまり、剣士がリーダーの権限を濫用し、他のメンバーに隠して俺を追放しようとしている可能性が──
「この場には呼んでないが、当然、皆にもこの話しはしてある」
「……あ、そう」
無かった。現実は残酷だ。それでも、出来たら呼んでおいて欲しかった。説得して、誰かを味方につける事が出来たかもしれないじゃん?
「そういう事だから、これ、退職金」
剣士は何処からか袋を取り出すと、それを机に置いた。
しかし、まだ諦めるには早いはずだ。
俺は、机に置かれたそこそこ重たそうな袋には手を伸ばさず、口を開いた。
「理由を聞かせてほしい。俺が辞めなくちゃいけない理由を」
「だから、最初に言っただろ?僕たちが──」
右手を挙げて、言葉を遮る。
「聞き方が悪かった。俺が必要ないってのは聞いた。だから、そう思ったきっかけを教えてくれ。俺たちは上手くやって来ただろ」
実際、俺が加入したのは、彼らが駆け出しの頃だったが、この3ヶ月で2度の昇級を果たしている。メンバーとギクシャクする、なんて事も無かったはずだ。
故に、いきなりクビを切られるには、俺の知らないきっかけがあるのだと思った。
剣士は、少し考えてから言った。
「冒険者の先輩から助言を受けた。一流を目指すなら付与術士とは居ない方がいい、と」
おっと、3ヶ月前にも聞いたことがある気がする。が、続きがあるようなので黙って耳を傾けた。
「一理あると、僕も思った。実際、君は戦闘に参加せず、いつも後ろから見てるだけだ。居なくても変わらない」
バフをかけて、メンバーの全能力を二割ほど底上げしてるんだけどね。そんな風に思われていたとは、ショックである。
「つまり、役に立たないから辞めろ、と?」
「……ああ」
「ふーん、そっかそっか」
ここまで一緒にやって来た仲間を相手に、随分と酷いことを言われたが、俺はそこに光明を見出した。
何故なら、『役立たずだから辞めさせる』という事は、『役に立つなら辞めずにすむ』という事だからだ。実に単純でいいじゃないか。
そして、役に立っている事を証明するのは、非常に簡単だ。
「一日だ」
指を一本立てて告げる。
「一日だけ、クビにするのを待ってくれ。そして明日、俺を抜いた四人で依頼を受けてほしい。そしたら分かるはずだ」
剣士は、顎に手を当てて考える素振りを見せた。もう一押しだ。
「少なくとも、その後じゃないと俺は、その退職金を受け取れない」
「……はぁ、わかったよ」
結局、彼は溜め息を吐きながらも、俺の要求を呑み、この場は解散となった。
ゲヘヘ、明日が楽しみでゲス。
翌日、俺はギルドに併設された酒場に来ていた。
理由は当然、四人が受けた依頼の確認と、彼らが帰って来た時に出迎えるためだ。
さて、依頼についてだが、その内容は『特定の魔物の討伐』。いつもであれば、傷一つ受ける事なく達成される、そんな依頼だ。
だが、今回はそう簡単にはいかない。何故なら俺のバフを受けられないから。
彼らは優秀だ。だから、失敗する事は無いだろう。
でも、だからこそ、たった二割のバフだとしても、それなりに大きな差が出るはずだ。彼らはきっと、苦戦する。
昼が過ぎ、知り合いから2度の軽食と、5杯のジュースを奢ってもらった頃。ついに四人が依頼から帰ってきた。
彼らは、受付で依頼達成の報告をした後、報酬を受け取ると、俺が座る机の向かい側に四人で並んで座った。
「……」
どうだった?なんて、分かりきった事はわざわざ聞かない。そんなの、生傷と汚れの目立つ四人の姿を見れば、容易に想像できる。
故に、俺が聞くべきは、その後の事。
「それで、俺のクビの件、考え直す気にはなってくれたか?」
剣士は頬を掻きながら苦笑いを浮かべると、ばつが悪そうに口を開いた。
「昨日の事は謝るよ。悪かった。これまでずっと、君に頼ってたみたいだ」
「じゃあクビはッ」
「でも、だからこそ、僕たちは君と別れなければいけないと確信した」
「……は?」
さっきまでとは打って変わって、強い意志を感じさせる表情で剣士は言った。
「今回の事で、今の自分の実力をちゃんと理解できた。バフで上がった能力が、借り物の力でしかないって事も」
「冗談だろ?役に立ってるって証明したはずだ。俺が居た方が強くなれるはずだ!」
「うん、だからこそだよ。先輩が言ってた言葉の意味が、やっと分かった気がするんだ」
くそっ、これじゃあ3ヶ月前と同じじゃないか。
こいつと話しても埒が明かないと判断した俺は、他のメンバーの説得にかかろうと視線を向けた。
しかし、
「……悪りぃな、アニキ。俺も、もっと強くなりてぇんだ」
戦士がそう言い
「多少報酬が減っても、四人の方が一人当たりの利益は増えますし」
僧侶はそう言った。
魔法使いに関しては、何も言わずに視線を逸らされた。
取りつく島もないとはこの事か。そう思った。
昨日は、『役立たずだから辞めろ』と言い、今日は、『役に立つから辞めろ』と言う。
非常に残念だが、つまりはきっと、そう言う事なんだろう。
「分かったよ。辞めるよ」
「納得してくれたみたいで良かった」
剣士は安堵したようにそう言うが、別に納得して辞める訳ではない。ただ、この期に及んで駄々をこねるほど、子供でもないだけだ。
それから彼は、机に袋を二つ置いた。昨日見たものと、多分さっき受け取っていた報酬だ。
「これまでの礼と、昨日の謝罪を兼ねて、少しだけ色をつけた。受け取ってくれ」
昨日の袋は言わずもがな、今日の報酬も決して安い金額では無いだろう。
「どーも、ありがたく頂くよ」
でも、こうなった以上、貰えるものは遠慮なく貰うさ。
「何かあったら遠慮なく頼ってくれ。必ず助けになる」
例えば今ここで、俺をクビにしないでくれと頼んだら、叶えてくれるのだろうか?そんな事を思う。
「それじゃ」
頭を下げてから去っていく四人の背中を見て、小さく溜め息を吐いた。
あ〜あ、3ヶ月ぶり10度目のクビである。
「はぁぁぁ……ボッチだぁ……」
家に帰った俺は、誰もいないのをいい事に、馬鹿みたいに大きな溜め息を吐いた。
『一匹狼』『孤高のソロプレイヤー』『ワンマンアーミー』格好つけた言い方は沢山ある。
だがしかし、そのどれもが、詰まる所がそう、『ボッチ』を表す。
世の中には、ボッチでもワンマンアーミー(無双)を始める付与術士もいるらしいが、残念ながら俺には無理だ。
俺の全能力を二割増しにしたところで、魔力と素早さを除けば平均以下だし、そこに『複数人の味方の能力を底上げする』、と言う付与術士の強みを捨てる理由も見つけられない。そもそも付与術士になったのは、敵を相手にバカスカ攻撃をしたりされたりするのが怖いからだし。
故に、俺が冒険者を続けようとするならば、次にやるべき事は。
「早いとこ次の宿主を探さないと」
そう、就職先探しである。いつまでも落ち込んではいられない。
では次に、どうやって俺の加入を受け入れるパーティを探すか?だが、安心して欲しい。もちろん策がある。
なんてったって、俺はこれまで15のパーティを渡り歩いた男だ。どんなパーティを狙えば安全かつ迅速に、パーティに加入が出来るかも知っている。ちなみに、クビにされた回数との差分は、自分で辞めたり、そのパーティが解散したり、まぁ、色々だ。
で、その狙うパーティの条件だが、ズバリ『駆け出しで3〜4人の冒険者パーティ』これだけだ。
相手からすれば、そこそこ冒険者歴の長い俺の知識には、やっぱりそこそこの価値があるだろう。そして、俺にとっても駆け出しが相手であれば、レベル差があるので、暴力に訴えられる事があっても抵抗出来る。ウィンウィンの関係ってやつだ。多分。
もっとも、すぐに能力で追い付かれるので、それまでに信頼関係を築いておかないといけないけれど。
さらに、その程度の人数であれば、今回の退職金と貯金を少し使って、手土産に装備を贈る事も出来る。そうすれば恩も売れるし、手っ取り早く居場所を確保出来るだろう。
ついでに、俺のバフは装備の能力補正にも効果があるから、バフ効率も上がり、結果的に俺の安全とパーティの生存率も上がる。まさに、一石二鳥。
俺はここ2年、この方法でパーティに加入してきたのだ!最後はクビにされてるけどね!
とにかく、やる事が決まった。今日のところはさっさと寝て、明日にでもギルドに行き、顔馴染みの受付嬢さんに相談すれば、きっとすぐに見つかるだろう。
「あ、そうだ。どうせなら女の子のパーティがいいな。うん」
条件追加だ。
どうせ最後にクビを切られるなら、野郎より女の子がいい。『別にアンタなんか居なくても一流になれるんだからね!』みたいな。
そんな馬鹿な事を考えながら、眠りにつくのだった。
〜3ヶ月後〜
「言いにくいのですが、貴方にはこのパーティを辞めてもらいたいのです」
「まじで?」
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