第7話 翌朝
奴隷商館から帰る帰り道。
ボーッとしながら歩いている僕はこれからの事を考えていた。
これからといっても何年も後とかではなくロイゼが決断をするまでの間の事である。
最初は手に入れた奴隷にこの世界の事など知らない事をなんとかしようとしていたが、その話が延長になったわけだ。
自分の意思でやった事なのでもちろん文句は無いが、どうしたもんか。
生活に必要なものの購入や冒険者としてのクエストなど、全面的に奴隷の力を借りるつもりだったからな。
その奴隷がいない間だけは何とか自力でやらないといけない。
さすがにロイゼが決断するのにも時間がかかるだろうし、その間何もしないってのもな。
となると自分である程度の事はやっておく必要があるんだよな。
って結局それじゃ奴隷がいてもいなくても変わらないじゃないかと思ったけど、僕の正体のカモフラージュにはなるんだったな。
まぁ買い物はともかくとしてもクエストの方は仕事だからサボるってわけにもいかないし。
それにいくら奴隷がいるからといってそれを頼りきりになるのも悪いか。
ある程度自分でも出来るようにしないと。
身の回りのものは必要になると分かった時に買えばいいから今は後回しにして、まずはクエストのことを考えよう。
一応武器は持ってるからその辺の心配は無用。
といってもハイルセンスで使ってたものだから堂々と使っていいかどうかは考えよう。
戦う技術だってハイルセンスで身についたものをまだ体が覚えているはずだ。
やっていく分に問題は無いとは思うんだけどな。
もちろん改造人間としての能力をクエストで使うようなことは最低限にするつもりだ。それでバレたら目も当てられない。
とにかく今日は無理っぽいな。もう夕方だし、やるのは明日からだ。
この時間でも受けることは出来るけど、確実にクエスト先で野宿となる。
ちゃんと宿をとっているんだからそこで休みたい。というかそんな野宿するためのものなんか持ってないし。
僕はそう決める宿屋へと向かっていった。
宿に帰りおばさんから夕食をもらうとそれを食べた。
食事が終わると二階の自分の部屋に入りベッドに寝転んだ。
「フゥ、疲れた〜」
思わずそんな声が出た。
過去 (記憶がある中では)一で疲れた気がする。肉体的にはもちろんだけど、それ以上に精神的に。
化け物達 (僕もだけど)に追われながら変な組織から逃げ出す事になるわ、奴隷商館ではよく分からない人達から睨まれるわ、これで精神が病まないだけすごいと思って欲しい。発狂してもおかしくないぞ?
唯一癒されたのはやっぱりあのダークエルフの子、ロイゼだな。
彼女の顔を思い出して僕はフッと笑った。
綺麗でスタイルもいい、性格も礼儀正しくて優しそうだった。
奴隷なんかになってなければ僕なんか近づく事すら出来そうにないような存在だ。
彼女、僕のところに来てくれるかな?
まぁそこは彼女の人生の分かれ目でもあるのだ。だからこそ彼女が決めるべきだな。
それでもやっぱり──
「来て欲しいかなぁ……」
ぼんやりと呟きながら僕はゆっくりと目を閉じた。
翌日、僕が目を覚ましてカーテンを開けると日は昇っていた。
時間的には午前六時くらいだろうか。
僕にしては珍しく早起きだった。こんなに早く起きたのは久しぶりだな。
もしかしてハイルセンスにいる間に早起きの癖でもついたのだろうか?
ハイルセンスにいた頃はいつくらいに起きていたのか、そもそも改造人間の僕が日常的に寝ることはあったのか。
僕達はこの世界で破壊活動をするために改造人間にされたのだ。
それなら長時間動けなくなる睡眠はとても非効率的だと思う。
アイツらなら寝なくても睡眠する事で得られるものを再現する技術くらい持ってそうだからな。寝なくても問題無さそうだ。
丸一日経っても記憶は三分の一くらいしか思い出せないのでよく分からない。
けど昨日遅くに寝たのに、日本での時より明らかに早く起きてしまったのと無関係ではあるまい。
まぁ日本での時とは違い、僕はこれから働かなくてはならなくなったのだ。
早起きして悪いって事は無いだろう。
さてと、まずは朝食とするかな。
ベッドから起き上がろうとして体が結構ダルい事に気がついた。
原因は間違いなくこの格好だろうな。
ハイルセンスの基地から逃げてきて、生活するためのものの確保で一生懸命だった僕は服を買っていなかった。
つまり昨日僕はハイルセンスで支給された戦闘服のままで寝たのだ。
仕方ないとはいえこんな格好で寝てたら体がダルくもなるって。
僕は体を少し動かしてダルさを何とかすると一階に降りて……しまうとこの格好のせいで目立つだろうから、昨日手に入れた布を巻いた。
これしかないとはいえ室内でこれってこれはこれで目立ちそうだな。
今日クエストが早めに終わったら街の店に服を買いに行こう。
パジャマや私服が欲しいってのもあるんだけど、それ以上にこの今使っている布を別の事に使いたいのだ。
そのためにはどうしても周りの目を誤魔化す服が必要だからな。
お金だってあるんだ、早めに買っておいた方がいいだろ。
そんな事を考えながら僕は一階に降りて、宿のおばさんから朝食を受け取った。
メニューはパンとサラダ、ベーコンエッグにスープとザ・洋風の朝食といったものだった。
それらを食べながら僕は自分が食事をする必要があるのかと考えた。
一応味は感じるから食事を楽しむ事は出来る。けどそれが必要なのかは分からない。
そもそもハイルセンスで何かを食べたという記憶が今のところ無い。
でも昨日色々とあって体のエネルギーが減るのは何となく感じられたからエネルギーの補給が必要なのは確かなんだよな。
となるとやはりエネルギー摂取である食事は必要なのか?
ハイルセンスには主に三種類の改造人間がいた。
機械の体を元にして作られた者と生物の体を元にして作られた者、それと実体を持たない精神体の改造人間だ。どれが優れているとかは無くどれも一長一短だけどな。
アル『クリーチャー』の名前から分かる通り僕は生物の体を元にして作られているなわけだが。
生物の体を元にしているなら食事は必要だ。
というかどのタイプの改造人間でも、種類は違えどエネルギー摂取は必要だけどな。
特に精神体の改造人間なんかエネルギー自体が体になっているんだから特に必要だ。
何か注射みたいのをしていた記憶はぼんやりとあるんだけどな。それが食事代わりかな?栄養剤的な?
でもたしかメンテナンスとか言われてやられてた気がするからな。本当にそれが食事代わりどうかは怪しいもんだ。いつもってわけでもなかったと思うし。
まぁ問題なく食事は出来るみたいだし、しておいて悪いって事は無いだろう。
エネルギーの燃費すら今の自分がどれほどか分からないのだ。あって悪いって事は無い。
その辺の資料とか絶対あの基地にあったよな。急いでいたとはいえ盗んでこればよかったなぁ。
そしてやはり記憶がそれなりに戻らないと色々と困るな。
いかんせんハイルセンスでは僕の意思は奪われていたので、その時の記憶はまるで夢を見ていた時のように感じるのだ。
ついさっきまで見ていた夢の内容を起きた瞬間に忘れている時は無いだろうか?あんな感じだ。
思い出すためにどうしても長時間必要だったり思い出せそうに無い事もある。
そのほとんどがあまり気持ちのいい記憶では無いので全てを思い出したいかと言われるとちょっと悩むんだけどさ。
だって基本的に頭の中にある記憶って戦っている記憶しかないんだよな。おそらくほとんど戦っていたからなんだろうけどさ。
だからこそ戦い方に関しては記憶が戻ってからでもすぐに思い出す事が出来たのかもしれないが。
それがいい事なのかどうかはちょっと迷うけど、ハイルセンスから逃げて冒険者として戦う身としては今のところありがたいんだけどね。
とにかく今は生活基盤を整える事からだな。
安定した収入を得られるようにして、落ち着いた生活 (追われている身なので出来るか分からないけど)を送れるようにしたい。
そのためにまず冒険者としてのクエストを受けてみて、それがどれほどのものかを知っておく必要がある。
一応労働として成り立ってるわけだからそこまで苦なものじゃないはずだけど、もしかしたら僕には合わないかもしれないからな。
そうしたら転職した方がいいだろう。苦手なことを続けるなんてまっぴらゴメンだ。
そんな事を考えているうちに気がつけば僕は朝食を食べ終わっていた。
さてと、それじゃ早速ギルドに行ってクエストを受けてみますかね。
ハァ、一生引きこもりでいるつもりだったのに、まさかこんな形で仕事をすることになってしまうとは。
まぁここは異世界ファンタジーだからゲーム感覚で出来るかもってのが今のところのモチベーションかな。
現代日本みたいなデスクワークは出来そうだけど夢が無いし。
それにこの世界てま生きていくためには仕方のない事なんだ。やるしかない。
そう自分に言い聞かせて、僕はクエストの準備のために自分の部屋へと戻っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。