第77話 火事場泥棒
「ここの辺り、のはずだけど………」
マルディアさんと分かれて、僕は擬態能力で空と同化し姿を隠しながら飛んでいた。
生物の記憶を探りながら辿って来たが、ここまで来れば後は五感に頼っても見つかるはずだ。
僕は浮かんだまま目を閉じた。海の上なこともあり、波音と共に色んな音が混ざって聞こえてくる。
するとその中に破壊音のようなものが聞こえた。ここから1.3キロ先だ。
僕は翼をはためかせて前へと進んでいった。すぐに目的地に着いた。
そこはパッと見た感じはただの小山だが、その中から機械音がする。今さっき聞こえた破壊音もここからする。
すると聞こえていた破壊音が一気に近くなった。
それを感じると同時に小山の一部が吹き飛んで、山の中から何かが飛び出して来た。
何かを乗せた黒い物体はとんでもない速さで山を駆け降り、それを追うように空いた穴からたくさんの影が飛び出す。
あれはクンスリッシベフュール!先頭にはゴーレムバルバラもいる。ここで間違い無いか。
けど、最初に出て来た黒いの何だ?
僕は高度を落として黒い物体を追いかけた。段々とその姿が見えてくる。
しかし僕が初めに気がついたのは、その黒い物体の正体ではなく、その上に乗ってる者だった。
「ロイゼ⁉︎セルフィにシルフィも‼︎」
間違いない、あれはロイゼ達だ。何か大きな袋を持ってるけど、何やってんだ?
とにかくこのままってわけにはいかない。
僕はロイゼ達とベフュールの間に入ると、彼女達を追って来たベフュールと対峙する。
頑丈な鱗に覆われ棘の生えた尻尾を発生させると、勢いよく回転した。尻尾に殴られたベフュール達が粉砕する。
「ロイゼ、セルフィ、シルフィ!」
「オモト様!」
僕が地面に降り立つと、三人とも黒い物体から飛び降りて駆け寄ってくる。
「三人とも、大丈夫?ごめん、危険な思いさせて………」
「全然、大丈夫ですよ。オモト様が来るって、信じてましたから」
「ロイゼ………ありがとう。セルフィとシルフィも、よく無事だった」
「えへへ、まぁね!はい、これ返すね」
セルフィは手に持っていたゲワーゲルフを僕に手渡した。奪い返してくれたのか。非常に助かる。
「オモト様は、もう大丈夫なのですか?」
「まぁね。というかよく分からないけど、自力で脱出したみたいだな。すごいね」
「この子のおかげです」
そう言うとロイゼ達は上を見上げた。大きな黒い物体は僕達をジッと見下ろしている。
その姿を見て、僕は思わず声を上げた。
「お前!エレメンタルフェンリル⁉︎」
「グルルルッ!」
エレメンタルフェンリルは低い声で唸ると、法の前にしゃがんで頭を下げた。
エレメンタルフェンリルは冥界に住むフェンリルに、ハイルセンスが強化改造を施した姿だ。
僕の馬として、相棒としてハイルセンスにいた時はずっと一緒にいた。
そうか。僕がこの基地から逃げ出したから、一緒に着いて来たエレメンタルフェンリルはずっとここにいたのか。
「エレメンタルフェンリル、僕が分かるか?」
「グルルッ………」
僕が手を伸ばすと、エレメンタルフェンリルは首を伸ばして顔を押しつけてきた。
思念のようなものではあるが、僕はエレメンタルフェンリルの言葉が分かる。触れ合った手から温かい感情が流れ込んでくる。
その目は昔と変わらない、温かいものだった。
「お前にもごめんなさい、だな。ずっと一人にしちゃって、悪かったな」
「グルルル………」
洗脳が解けた時は自分のことで精一杯で、コイツの事まで考えてやれなかった。
それからずっと一人にさせてしまった。
こんなダメなご主人様を慕ってくれるとは………相変わらずのお人好しだ。
すると空を飛んでいたベフュール達が、僕達を囲むように次々と地面に降り立った。
最後に降り立ったゴーレムバルバラ、アルクンスリッシが前に出てくる。
「いやはや、まさかエレメンタルフェンリルを解放されるとは。完全に予想外の展開ですね。数時間ぶりです、アルクリーチャー」
ゴーレムバルバラは心底疲れたような様子で肩をすくめた。
「アルクンスリッシ………」
「おっと、そんな怖い声出さないでくださいよ。見ての通り、彼女達に危害は加えてません。あなたが来た以上、もちろん解放しますよ」
すると僕達を取り囲むベフュールが一斉に身構えた。
「アルクリーチャー、やはり私たちの元へ戻って来てくれませんか?あなただって、その方がいいことは分かってるはずです」
「だとしても、あなた達は不透明なところが多すぎる。意味不明な組織が人々を苦しめて、その組織に戻るとでも?」
今でも覚えてる。彼らが人智を超える技術で人々を蹂躙するのを。それを手伝っていた自分を。
その目的すら分からないような組織に、戻る気などさらさらない。
「私だって話せるものなら全て話したいですよ。しかしそれは止められてるんです」
「何?」
止められてる?どういう意味だ?
「誰がそんな命令を?」
「レーター様は、私にこの作戦を一任なされた。そんな私に文句を言えるのは、今のハイルセンスではただ一人です」
ハイルセンス幹部であるアルクンスリッシ。そんな者に文句を言えるとなれば、それは同じ幹部だけだ。
「そう、ですか………アルガイストが………」
ハイルセンスの三幹部の内、精神体タイプの改造人間を指揮する幹部、アルガイスト。
たしかにアイツならアルクンスリッシにも容赦なく文句が言えそうだ。
「その意図は?」
「私が知るわけないでしょう。どうせ、いつものように余計なことで悩んでいるんでしょうよ」
どこか呆れたようなアルクンスリッシの言葉に、僕も納得してしまった。きっとそうなんだろう。
「でも、私にも私の為すべきことがある。そのために、これ以上あなたを野放しにするわけにはいかないんです」
そう言うとゴーレムバルバラの体に武器が出現する。僕達の周りに緊張が走る。咄嗟にロイゼ達を後ろに隠した。
さてと、どうするかな。
ゴーレムバルバラだけに集中出来ればいいが、ベフュールがこれだけいるとな。場所が場所だし、やり方も選ばないと。
「ロイゼ達は退がってて。ここは僕が………」
しかし僕の言葉に反して、後ろにいたロイゼが、僕の隣に並んだ。
「お、おい………?」
ロイゼは僕の方を向くと、真剣な表情で言った。
「オモト様はゴーレムバルバラを倒す事に集中してください。ベフュール達は、私達が何とかします」
「はぁ⁉︎」
いきなりなロイゼの言葉に、僕の口から変な声が出た。
「何言ってるの!ロイゼ達で何とかならなかったから捕まったんでしょうが!いいから退がって………」
「大丈夫です。セルフィ、シルフィ」
「うん!」「は、はい!」
すると白虎ツインズも前に出た。背中に背負っていた謎のリュックを下ろす。
それを見てゴーレムバルバラが目を丸くした。
「ッ⁉︎ それは、私達のマジックパック!」
「何?」
驚いた様子のゴーレムバルバラに、僕はマジックパックを見た。
「ふふ〜ん!ロイゼお姉ちゃんがみんなを引きつけてる間に、武器庫から使えそうなもの全部持って来たんだよ!どう?すごいでしょ!」
おい、嘘だろ。
ロイゼはマジックパックの中に手を突っ込むと、その中から明らかにマジックパックの大きさと釣り合わない剣を取り出した。
それは普通の剣よりも細く、しなやかな反りを見せる和風の装飾の剣、地球でいうところの日本刀だった。
セルフィが取り出したのはガントレットとメタルブーツだった。無駄な装飾は見られず、実用第一のアルクンスリッシの作品であるのは一目瞭然だ。
シルフィが手にしているのは大きなブーメランとグローブだった。パッと見た作りからして、グローブは魔道具だろう。
「あなた達の作った武器なのなら、あなた達と同等の力を持っているはずです」
それを見てゴーレムバルバラの顔が引き攣った。
「まぁ、彼女と分かれて何かしてるとは思ってましたが、まさかそんな火事場泥棒のような事をしてたとは」
「で、ですよね………すみません」
「何言ってんのシルフィ!誘拐されたんだし、謝礼の一つはあってもいいでしょ!」
申し訳なさそうに萎縮するシルフィとは対照的に、セルフィはあっけらかんとしている。
「とにかく、これで私達も戦えるはずです!」
「いや、でも………」
いくら戦力を増やしても、改造人間と普通の人間との差は大きい。万が一のことがあったら………
「オモト様。私だって、いつまでもオモト様に守られてばかりは嫌なのです。オモト様に仕えると決めた以上、あなたの剣となりたいのです」
「ロイゼ………」
「今回の失態。私達の力不足でオモト様の手を煩わせてしまいました。ですからどうか、挽回の機会を………」
「私も!オモト様の力になりたいです!」
「まぁ、元はと言えば私が原因だしね」
シルフィもセルフィも、武器を構えて僕を振り返る。
はぁ………どうせこのまま退がらせたら、変に気負わせちゃうのかな。
「エレメンタルフェンリル。早速で悪いけど、一緒に戦ってくれるか?」
「ガウッ!」
大きな黒狼を見上げると、力強い返事が返ってきた。
その目には闘志がみなぎっている。お前までやる気満タンかよ。
「今現在ハイルセンスは僕の敵だ。ロイゼ達を助け、立ち向かう者は全て消せ」
「グルルルルアァァァァァァァァッ‼︎」
僕がが命じると、エレメンタルフェンリルはベフュールが気圧されるほどの雄叫びを上げた。
「くっ!………こういう面白い展開は、ぜひ業務外で味わいたいものですね」
ゴーレムバルバラが指を鳴らすと、ベフュール達が陣形を整えた。
「大事な被験体と私の傑作達ですが、ある程度なら潰しても構いません。総員、全力で撃退してください!」
『ギギッ!』
僕達は対峙すると身構えた。辺り一帯が殺気立った空気に包まれる。
「「かかれ!」」
僕とゴーレムバルバラの合図で、僕達はぶつかり合った。
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