第75話 檻
ゴーレムバルバラに意識を移したアルクンスリッシは、基地の手術室から出ると警報の鳴る中を走り監視室に向かった。
「あ!アルクンスリッシ様!」
「逃げた捕虜達は?」
「今探しています。もう少しで見つかるかと。中の警備の者も探しています」
「全ての監視カメラを動かして、絶対に逃がさないでください」
「はい!」
それからすぐに監視カメラを見ていたベフュールの一人が立ち上がった。
「アルクンスリッシ様!捕虜を見つけました!第三区画から第四区画に向かっています!」
ゴーレムバルバラは急いで監視カメラを見た。そこには第三区画を走っているロイゼとアルビノ種の獣人の双子がいる。
ちょうど第四区画への扉を通ろうとしていた。
「第三区画を封鎖してください!」
「はっ!」
ベフュールが機械を操作すると、第三区画の扉が閉まった。
しかしロイゼは少し身を引くと、懐からナイフを取り出した。
それを振るうと分厚い特殊金属の扉が簡単に斬り裂かれた。そこから通り道を作ると第四区画に飛び込んでいく。
「何⁉︎あれは………アルクリーチャーの!そういう事ですか………!」
おそらくアルクリーチャーの荷物を持っていたのか、彼女は彼のナイフを持っていたのだ。
あのナイフだったら鉄格子だって斬り落とせるだろう。完全に自分の確認不足だった。
「あなた達はそのままここで監視をお願いします。中の捜索隊を急いで第四区画に向かわせてください!」
「はっ!」
それだけ言うとゴーレムバルバラバルバラ監視室を飛び出していった。
ベフュールがたくさんいればまだ良かったのだが、多くのベフュールがアルクリーチャーに倒されてしまって数が少ない。
それでも力を見ればこちらが優勢だ。何とかなるはずだが………
「アルクリーチャーの事を考えると、力づくは無しですね」
「はぁっ!はぁっ!二人とも、大丈夫ですか⁉︎」
「私は大丈夫だよ!」
「は、はい!………な、何とか………!」
セルフィは大きな声で、シルフィは消えそうなほど弱った声でロイゼに返した。
地下牢から出て廊下を走っていた。警報が鳴り響き、廊下の奥からベフュール達の足音が聞こえる。
「ねぇ、このままだと追いつかれちゃうよ!何とか改造人間に対抗出来ないの⁉︎」
「このナイフだけ………では無理でしょうね。このまま逃げ切るか、戦力を補給しないと」
しかし彼女達はそんなもの持ってはいない。万年青のゲワーゲルフは既にどこかにしまわれてしまっている。
するとシルフィがハッと顔を上げた。
「そういえば、地下牢に連れて行かれる時に『武器庫』って所通らなかった?あそこなら何かあるかも」
「お!さっすがシルフィ!場所は分かる?」
「えっと、さっき第四区画って所通ったから………たぶんこの近く、かな?」
彼女も彼女なりに逃げる時のことを考えていたようだ。とても嬉しい情報だった。
「それならそこに行こう!そうすれば………!」
セルフィが言いかけた時、ベフュール達の足音がこちらに近づいてきた。
「ど、どうしよう………これじゃ、そもそも武器庫に行けないよぉ………」
泣きそうになるシルフィにロイゼは唇を噛んだ。
戦力を得られれば逃げられる可能性は上がる。しかしそれに行くまでが難し過ぎる。
何とか彼らの注意を引かなければ………
「よし。二人とも、聞いてください」
ロイゼは物陰に二人を連れ込むと振り向いた。
「ここは私が囮になります。その間に二人は武器庫に向かって、何か使えるものを持ってきてください」
いきなりのロイゼの提案に二人は目を丸くした。
「えぇ⁉︎ちょ、ちょっと待ってください!ロイゼさん一人であの人達を相手にするんですか⁉︎無茶ですよ!」
「気休め程度ではありますが、ナイフもありますし大丈夫です。オモト様がある程度倒したので、基地にいるベフュールも少なくはずです」
「け、けど、それなりにいたし、私達の方も絶対追ってくるよ?私達まで捕まっちゃったら………」
「それは………大丈夫です。たぶんあの人達は私を追いかけようとするはずです」
ロイゼにはその確信があった。絶対に自分が優先的に追われると。
「…………うん。分かった」
「お、お姉ちゃん⁉︎でも………」
「私達が武器庫で手に入れた武器で騒ぎを起こせば、どうせこっちにも来るって。そうすればロイゼさんも助けられる」
「そっか………うん。分かった」
「お願いしますね」
そう言ってロイゼは立ち上がると再び走り出した。
正直二人のことは心配だ。でも、彼女達は自分には持ってないものを持っている。それに賭ける。
「シルフィ、私達も行こう」
「うん!」
双子の姉妹は頷き合うと武器庫に向かっていった。
『アルクンスリッシ様!逃走者達が分断しました!ダークエルフは第八区画に向かっています!獣人の双子は捜索中!』
「何⁉︎………いえ、それで充分です。ダークエルフの女を優先して追いかけてください」
『はっ!』
彼女は逃すわけにはいかない。アルクリーチャーを呼ぶためには、彼女が必要だ。
サーモグラフィーを組み合わせた目で辺りを見るが、相当離れているためか発見出来ない。
「しかし、第八区画ですか………よりによってあそこに逃げ込まれるとは。面倒な事にならなければいいですが」
双子の姉妹と分かれたロイゼは、基地の中をめちゃくちゃに走り回っていた。
予想通りベフュールのほとんどが自分のことを追っていた。
しかしいつの間にか地下牢と変わらないような場所に行きつき、どこにも行けなくなっていた。
「いたぞ!あそこだ!」
すると通路の奥から声がした。
さっきからベフュール達は一向に自分達を攻撃しようとはしない。攻撃すれば簡単に捕まえられるはずなのに。
最初こそ意表を突いた脱出により距離が空いていたが、このままでは捕まるのは時間の問題だ。
「セルフィとシルフィが武器庫に着くまで、何としてでも時間をかけなければ………!」
「ギギッ!」
すると肉薄してきたクンスリッシベフュールが、自分に飛びかかってきた。
「ふっ!」
ロイゼは咄嗟にナイフを振るった。毎日の特訓の成果が出ているのか、ベフュールの腕を斬り落とせた。
「グギッ⁉︎」
しかしベフュールはどんどん追ってくる。
そしてその後ろから怪人の姿となったゴーレムバルバラも追いかけてきた。
「さてと、鬼ごっこは終わりですよ。こちらへ来てもらいましょう」
「い、嫌です!ここで捕まったら、またオモト様が………!」
ロイゼはゴーレムバルバラに向けてナイフを構えた。
万年青ですら手こずった相手だ。こんな武器で抵抗出来るわけがない。
それでも、ロイゼは身構えた。
「やれやれ………別に彼をこれ以上人殺しの道具に使うつもりはありませんよ。ただ彼の改造人間としての力が必要なんです」
「だったら、新しくアルクリーチャーを作ればいいじゃないですか‼︎これ以上、あの人に辛い思いをさせないでください‼︎」
「それは無理ですね。アルクリーチャーは誰でもなれるものじゃないんです。彼でなければ意味がない」
ゴーレムバルバラの腕からアンカーウインチが発射された。
ロイゼは鍛えられた反射神経でそれを避ける。アンカーが奥にあった分厚い壁を削った。
「ッ⁉︎さすがダークエルフ、といったところですか。後々が怖いので、穏便に済ませたいんですがね」
ゴーレムバルバラが指示を出すと、ベフュール達がロイゼを扉に追い詰める。
「くっ!………ここで捕まるわけには………!」
するとロイゼは自分が背中を貼り付けている壁から、僅かに風を感じた。
(これ、壁じゃない。奥に逃げ道があるのかも!)
奥に何があるかは知らないが、そんな悠長な事は言ってられない。
ロイゼはナイフを振るって壁に突き立てた。
しかし扉は思った以上に頑丈で、超音波ナイフですら壁を削るだけだ。
普通の剣だったら刃の方が欠けていただろう。
「ッ⁉︎まさか………!彼女を奥に行かせないでください!」
ゴーレムバルバラの命令で、ベフュールがロイゼに向かって襲いかかってきた。
「きゃっ!」
ベフュールに取り押さえられると同時に、ロイゼは力を振り絞ってナイフを突き立てる。
ガラガラッ‼︎
偶然傷のできた箇所にナイフが刺さり、土煙と共に壁が崩れた。自分の後ろに少しだけ穴が開く。
「ひゃあぁッ⁉︎」
ロイゼはそのまま倒れるようにして壁の向こう側に倒れてしまった。
それと同時にベフュールの拘束力が緩み、ロイゼは奥まで転がっていった。
「ッ────‼︎………こ、ここは………?」
壁の向こう側は真っ暗だった。奥行きがあるのは何となく分かるが何も見えない。
「戻ってください!それ以上行ってはならない!」
奥からゴーレムバルバラの声がする。それが自分に向けられたものだと分かった、その瞬間。
暗闇の奥からジャラッと鎖の音がした。
「グルルゥッ!」
奥に何か鎖に繋がれた生き物がいるのだ。これまで聞いたことのない威圧のある唸り声が聞こえる。
すると後ろの方でゴゴゴッと音がして、ロイゼの壊した壁が上へと上がっていった。
いや、壁ではない。あまりにも分厚い扉だったのだ。ここはこの生き物を閉じ込めるための檻なのだ。
おそらくゴーレムバルバラが開けたのだろう。開いた扉から光が檻の中に差し込んできた。
その光がロイゼにも、奥にいる生き物にも届く。
生き物の姿が露わになり、その姿にロイゼは固まってしまった。
そこにいたのは犬だった。巨大な狼と見間違うほどの威圧を放つ犬だった。
全身が黒い毛で覆われていて、その奥にあるしなやかな筋肉が浮き彫りになっている。
その大きさはあまりにも大きくロイゼの背丈を優に超えている。
釣り上がった目でロイゼを睨み、太く鋭い牙が並んだ口からは唾液が滴っている。
首輪をつけていて、そこから伸びる鎖が犬を檻に縛り付けている。
モンスターという言葉すら陳腐に聞こえてしまうほどの威圧感と獰猛さを放っている。
その威圧にロイゼは動けなくなった。本能的な恐怖が体を縛り付ける。
「彼女をエレメンタルフェンリルから遠ざてください!」
檻の中に入ってきたゴーレムバルバラの鋭い声が響いた。ベフュールが入ってきて、こちらに向かってくる。
エレメンタルフェンリルと呼ばれた犬はジッとロイゼを見ていたが、その視線を少しだけ上に向けた。
「グルルアァァァァァァァァ───────────ッッッ‼︎‼︎‼︎」
その顔がさらに険しくなったと同時に、エレメンタルフェンリルはベフュール達に向けて吠えた。
それによって生まれた風圧によって、ロイゼに駆け寄っていたベフュールが全て吹き飛ばされた。壁に叩きつけられて砕ける。
耳をつんざくほどの大音量に、ロイゼは思わず耳を塞いだ。
近くにいたからか吹き飛ばされる事はなかったが、それでも後ろによろめいた。
ベフュールから目を逸らすと、再びエレメンタルフェンリルはロイゼを見つめた。
「グルルッ!」
「ひっ!」
(な、何、これ………あの改造人間を一撃で………)
ロイゼは悲鳴をあげてその様子を呆然と見ていた。逃げなければいけないのに体が動かない。
(に、逃げないと………このままじゃ、私、殺される………!)
そう思うと同時に、エレメンタルフェンリルがロイゼに向かって大きな首を振り下ろした。
ロイゼは思わず目を瞑った。
そんなロイゼを飲み込もうとするように首を伸ばして、檻の中に鎖の音が響いた。
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