第74話 必要
アルクンスリッシが出て行って、ロイゼとセルフィ、シルフィは牢屋に閉じ込められていた。
「う〜ん!何か出る方法無いかな?」
セルフィは必死に頭を捻っているが、思いつかずに唸っている。
シルフィは元気を失って俯いていた。ある意味当たり前の反応だ。
一方でロイゼはジッと牢屋の外を眺めていた。中から見れる限りの場所に目を通している。
それから小さく息を吐くと、二人の方を振り向いた。
「二人とも、ちょっと聞いてくれませんか?」
「ん?どうかしたの?」
「私は、今からここから出ます。出来るなら二人にもついて来て欲しいのです」
「「えぇッ⁉︎」」
ロイゼのいきなりすぎる言葉に、双子姉妹は目を見開いた。
「逃げれるの⁉︎いいよ!私も行く!」
「ちょ、ちょっと待ってよお姉ちゃん!ロイゼさん、出るって言ってもどうやって出るんですか?」
嬉しそうに叫ぶセルフィをシルフィが止めた。
太い鉄格子で囲まれた牢屋は、とても人力でどうこう出来るものには見えない。
一応ロイゼは剣を持ったまま牢屋に入れられたが、それだって普通の剣ではどうする事も出来ないのが分かっているからだろう。
「捕まった時、咄嗟にこれだけ持って来られました」
ロイゼはそう言って懐から持って来たものを取り出した。
それは万年青が使っていた特殊ナイフだ。
ハイルセンスの作ったもので、超音波で普通のナイフでは切れないようなものも切れる。
ゲワーゲルフを使うようになってからは、クエストの時以外は使っていなかった。よってロイゼの近くにあった万年青の荷物の中に入っていたのだ。
「これならこの鉄格子も切れると思います。ここから出て、基地から逃げ出します」
「で、でもそんなのすぐにバレて追われてしまうのでは………」
シルフィの指摘にロイゼは苦い顔をした。セルフィもハッとして俯いた。
それくらいのことはロイゼも分かっていた。
ただでさえ普通の何倍もの技術力を持っているハイルセンスだ。出ただけでバレてもおかしくない。
ロイゼは牢屋の向かい側を見た。何か動いているものが取り付けられていて、こちらを見ている。
異世界に住むロイゼはそれが監視カメラなのは分からないが、それが自分達を監視しているのは直感的に分かった。
「それは、そうなんですだけど………」
バレてしまえば後は単純な体力勝負だ。もちろんでそれで勝てるなんて思ってない。
相手は改造人間達だ。そんなの相手に自分が勝てるはずがない。
双子姉妹も万年青とアルクンスリッシの戦いを見ている。ただの人間が立ち向かっても無理なのは分かっているだろう。
それなら彼が来るのを待っていた方が安全なのだろう。
それでも………
「それでも、ここにいればオモト様は敵陣の基地に単身で乗り込む事になってしまいます。それだけは………何としても避けたいのです。もしオモト様が捕まってしまえば、あの人はまた苦しむことになるんです」
せめて基地の外に、いやこの地下牢からでも出なければならない。
「もちろん危険なのは分かっています。ですから無理に来て欲しいとは言いません。ですが………」
もしもロイゼと合流して双子ががいなかったら、万年青なら彼女達も助けようとするだろう。それくらいはロイゼも分かっていた。
それでは結局万年青の迷惑になり、逃げても意味がない。
「今回は完全に私の不注意が招いた事。あの人にもう、私のことで危険な目に遭って欲しくないのです。ですから………」
セルフィとシルフィは困った表情で顔を見合わせた。
それからセルフィが小さく息を吐いてロイゼの方を見た。
「いいよ。私達もついて行く」
「いい、のですか?」
「だって、このままだと私達改造人間にされちゃうんだよね?お父さんとお母さんから貰った体は大切にしたいしね」
「しかし………」
ロイゼはシルフィの方を向いた。さっきまであんなに怯えていた彼女だ。乗り気でないのは明らかだ。
「わ、私………オモト様に優しくしてもらえて、すごく嬉しかったんです。だから、怖いけど………あの人のためなら」
「二人とも………ありがとうございます」
「よ〜し!それじゃあ、こんな所さっさと出ようよ!」
「はい」
ロイゼは軽く頷くと、鉄格子に向けてナイフを構えた。
監視カメラは今は別の方向を向いていて、こちらは見ていない。やるなら今だ。
「はぁっ!」
ロイゼは力強くナイフを縦に振るった。超音波を放っている刃が、鍵ごと牢屋の扉を内側から叩き斬った。
「行きましょう」
「うん!」「はい!」
ロイゼは扉を開けると、二人を出してアルクンスリッシが出て行った出口に向かって走って行った。
『それでは、狙いのアルビノ種の双子は捕獲したのだな?』
「はい。アルクリーチャーは逃してしまいましたが、囮を捕らえました。必ずヤツは来るかと」
レーターの謁見室で、アルクンスリッシは膝をついてこれまでの報告をしていた。
『そうか。それにしても、アルクリーチャーがダークエルフの奴隷を連れているとは………まさかな』
「レーター様、お気持ちはお察しいたしますが、全くの偶然かと。確認もとってあります」
『そうか………偶然、か』
レーターの重苦しい声が謁見室に響いた。
『ゴーレムバルバラの修復はどうなっている?』
「はっ!既に修復は終えており、いつでも出撃できます」
アルクンスリッシは別の基地でゴーレムバルバラの修復をして、本部に戻って来たのだ。
『分かった。であれば、まずはそのアルビノ種の双子だ。すぐにでもこちらに連れて来い』
「あ、それのことなのですが………例の試作品、彼女達で試そうと考えているのですが、いかがでしょうか?」
『そうか………それがあったのはスタッド支部だったな。………構わん、お前の好きにしろ』
「ありがとうございます。それと………」
『何だ?』
言いにくそうに口籠もるアルクンスリッシは、重い口を開いた。
「アルクリーチャーの方は、どうしましょうか?」
『………それは、既に決まっただろう。ヤツは拘束、後に本部へ輸送。再び脳改造を施す』
そう言うレーターの声は、先ほどとは違い少しだけ引っかかっていた。
「しかし………御言葉ですが、彼の現在の欠点は既に解決策が見つかっています。彼は聡明です。我々の事を話せば、脳改造の必要は………」
『さっきまではそのつもりだったがな………お前が事前にしてくれた報告をアイツにも話した………今はそれはするなとの事だ』
「やはりですか。変わりませんね」
『そう言うな。下手をすればあの時の二の舞になるぞ。アイツとて脳改造に乗り気かと言われればそうではない。自分で確かめてから話すそうだ』
「そうですね………分かりました。それでは、失礼します」
アルクンスリッシは立ち上がって頭を下げると、謁見室を出た。すぐに近くの壁に寄りかかる。
「まったく………レーター様。本当に、甘いお方だ」
その時、腕の通信機がピピッと点滅して鳴った。ロイゼ達が捕まっているスタッド支部の基地からだ。アルクンスリッシは通信に応答する。
「はい、アルクンスリッシです。どうかなさいましたか?」
『あ、アルクンスリッシ様!大変です!』
「あぁ、アルクリーチャーが来ましたか?それでしたら私も………」
『あ、いえ、アルクンスリッシ様が捕まえた被験体と捕虜なんですが………』
おそらくロイゼ達三人の事だろう。今は地下牢に閉じ込めているはずだ。
「彼女達がどうかしましたか?」
『それが………彼女達が地下牢から逃げました!現在捜索、追跡中です!』
「はい⁉︎」
アルクンスリッシは思わず声を上げた。
あの鉄格子は普通の人間はもちろん、ベフュールですら力技では出られないはずだ。
「何があったのですか?まさか、アルクリーチャーが来て………」
『いえ、アルクリーチャー様はどこにも見られません!おそらく、自力で脱獄したかと。これを見てください!』
そう言うと、通信機に基地の監視カメラ映像のデータが送信された。
データを指で操作し、目の前に開く。そこにはロイゼ達がいた地下牢が映っている。
牢屋の扉の鍵を叩き斬ったのだろう。扉が開かれて、中には誰もいない。
一応剣を持たせたまま牢屋に入れたが、あんなどこにでもある剣で切れるわけがない。
一体どうやって出て来たのは気にはなったが、今はそれよりも捕まえるのが先だ。
「外の警備はそのまま厳戒態勢で、中にいる戦闘用ベフュールを全て捜索に回してください。拘束は構いませんが、極力傷つけないように」
万が一彼女達を傷つけたら、アルクリーチャーがどんなことになるか、分かったものじゃない。
『わ、分かりました!』
「よろしくお願いします。私もすぐに向かいますので」
アルクンスリッシは通信を切ると、大きなため息をつきながら走り出した。
「はぁ………出来れば、研究だけの日々というものを満喫したいですね」
本部の格納庫を電子ロックで開けると、その奥にあった大きな機械に腰掛けた。
これがゴーレムバルバラの制御装置だ。
これからアルクリーチャーが来る以上、生身で行くのはさすがに気が引ける。
遠隔操作のためのグローブを嵌めて、傍に置いてあるゴーグルをかけた。
そして電源を入れると、ゆっくりと目を閉じた。
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