第73話 地下牢
街から大きく離れた小山の中、そこはハイルセンスの秘密基地として利用されている。
登山家や冒険者に擬態したベフュールが辺りを警戒して、人が近づきそうになれば追い返している。
そして基地の中では、ベフュールをはじめとするハイルセンスのメンバー達が慌ただしく歩き回っている。
全員が人間に擬態することなく、各々の役目を全うしていた。
そんな基地の入り口の魔法陣が妖しく光った。テレポート用の魔法陣だ。
そこから現れたのはボロボロになっているゴーレムバルバラこと、ハイルセンスの幹部アルクンスリッシ。そして捕まってしまったロイゼ、セルフィとシルフィだ。
入り口の警護に当たっていた二体のクンスリッシベフュールが、現れたゴーレムバルバラに驚く。
「こ、これはアルクンスリッシ様!………って、そのお姿はどうされたのですか⁉︎それにそのダークエルフと獣人の女共は?」
「あ、あぁ………まぁ色々あって。手術室って今空いてますか?空いてるなら研究員を二名と、警備のベフュールを一名呼んで」
「は、はい!かしこまりました!」
ベフュールが腕についている通信機で連絡を取った。その間にゴーレムバルバラは奥へと進んでいく。
捕虜となった少女三人は鎖に繋がれて歩かされている。
「は〜な〜し〜て〜よ〜!もう!」
ハイルセンスが最初から追っていた少女・セルフィは暴れに暴れているが、対照的に妹のシルフィは怯えきっていて、今にも倒れてしまいそうだ。
そしてダークエルフの奴隷であるロイゼは、ずっと黙ったまま鋭い視線を向けてくる。
そんな三人を連れていると、奥の方から研究員のベフュールが二体、戦闘用が一体やって来る。
「アルクンスリッシ様!お呼びでしょうか?」
「はい。まず彼女達を地下牢に繋いでください。それと、私の体の修理をお願いします。出来るだけ急いで。それと、ゲワーゲルフを地下の武器庫に保管しておいてください」
「? アルクンスリッシ様が修理なさるのではないのですか?」
「そのつもりでしたが、少し用が出来ました。ここに用があるので、用が済み次第手術室に向かいます」
「分かりました。して、この女共は?」
「暫定捕虜、ですね。極力傷つけないでください。それと、中の警備の何人かを外に回してください。外の警備を厳重にしたいので」
「はっ!分かりました!」
ゴーレムバルバラは持っていた鎖をベフュールに渡すと、接続を終えた。
崩れ落ちる体をベフュール達が運んでいく。ゲワーゲルフも持って行かれる。
「ほら、さっさと歩け!」
ベフュールに連れられて三人は地下牢へと連れて行かれた。
三人を牢屋に詰め込むと、外から鍵をかける。そのままベフュールは立ち去っていった。
周りには誰もいないのだろう。恐怖を感じるほどの静寂が辺りを包む。
ロイゼは拳を強く握った。悔しそうに顔を歪める。
「オモト様………」
万年青の助けになるつもりが、捕まった事で彼の迷惑になってしまった。
このままでは万年青は、間違いなく助けに来ようとするだろう。そういう人だ。
しかしそれは彼をこのハイルセンスの基地に突入させることになる。そんな危険な事させてはならない。
(くっ!これではオモト様の奴隷失格です!何とかして逃げなければ)
「うっ、うっ………」
シルフィは涙ぐんでうずくまっている。あんな怪物に捕まって幽閉されたのだ。当たり前だろう。
「シルフィ、泣いてたって仕方ないでしょ?」
「だ、だってぇ………ひっく、うぅ………」
「だってじゃないの。どうにかして逃げないと」
何か逃げられる可能性は無いかとセルフィはキョロキョロと辺りを見ている。
その時だった。
「その様子ですと、特に怪我などは負っていないようですね。非常に手荒くなってしまったのでよかったです」
地下牢の入り口の方から人の声がした。誰かがこちらに向かってやって来る。
現れたのはまだ二十代前半といった感じの青年だった。白衣を着て眼鏡をかけている。手には折りたたみ式の椅子を持っていた。
いかにも知的な佇まいではあるが、どこかのんびりとした雰囲気も感じられる。
「だ、誰?」
いきなり見たことのない人に声をかけられて、セルフィが思わず尋ねた。
「あぁそうか………この姿で会うのは初めてでしたね」
それだけでロイゼは目の前の相手が誰なのかを察した。
「まさか、あなたが………アルクンスリッシ?」
「おっ、正解。一応初めましてってことにしておきますかね。ハイルセンス幹部が一人、アルクンスリッシです」
アルクンスリッシは三人に頭を下げた。
その態度はとても丁寧で、知的な雰囲気と合っていた。
ゴーレムバルバラの姿では違和感はあったが、目の前にいる青年の姿でならしっくりきた。
言ってやりたいことが山ほどあったのに、出鼻を挫かれてしまった。
「アルビノ種の双子はともなく、奴隷の君。色々と無理矢理連れて来てしまいすみませんでした。こうでもしないと、アルクリーチャーがこちらに来ないので、早い話が囮になってもらいます」
「そんな………!」
やはりロイゼは囮として連れて来られたのだ。このままではオモトをより危険に晒してしまう。
「そんなこと………そんなこと、絶対にさせません!」
ロイゼはキッとアルクンスリッシを睨んだ。セルフィも今にも噛みつきそうな勢いで睨み、逆にシルフィはガタガタ震えている。
「そんなに睨まないでくださいよ。これは別に私達だけのためではありません。アルクリーチャー自身のためでもあります。彼もそれは分かってるはずなんですが………」
「どういう、ことですか………?」
「ん?あぁ、要するに………いや、これを言ってしまうと、間違いなく彼は怒りますね。すみませんが、黙らせてもらいますよ」
そう言うとアルクンスリッシは持ってきた椅子に腰掛けた。
「さてと、あなた達とは少し話がしたいと思っていましてね。ですから、この場を設けさせてもらいました」
「話、ですか………」
「アルクリーチャーにも関わることですよ。君はダークエルフ、なんだよね?」
「そう、ですけど………何か?」
「えっとね………変なこと聞くようですけど、何で君はアルクリーチャーと一緒にいるんですか?」
「………はい?」
質問の意図が分からずにロイゼは首を傾げた。
「それは………オモト様に買われた、からです」
「君が自発的について行ったわけじゃない、んですか?」
「それは、一緒にはいたいとは思いますけど………そもそも、奴隷である私にそんな権利はありません」
「それもそうか………ちなみに歳は?見たところ十代半ばって感じだけど、見た目通り?」
「? は、はい………」
「そうか………うわぁ、面倒なことになったなぁ」
「さっきから何なんですか?」
一人で勝手に納得したように天を仰ぐアルクンスリッシに、ロイゼは怪訝そうな表情を浮かべる。
「いや、君に言うのはマズいんですよ」
めんどくさそうに頰をかくアルクンスリッシは大きなため息をついた。
とても凶悪な組織の幹部には見えないほどに無気力な人だ。
「あ、あの………私からも、聞きたいことがあるんですけど」
気がつけばロイゼは勝手に口を動かしていた。アルクンスリッシがキョトンとなる。
「ん?いいですけど………よくこの状況で質問しようと思いますね。敵の捕虜になってるのに」
「あ、いえ、その………色々と、気にはなってたというか………」
「うん。何かを知ろうとする体勢はいいと思いますよ。それで内容は?一応答えられないものもありますが」
てっきり止められると思っていたが、それどころかアルクンスリッシは乗り気だ。
「その、あなたもオモト様と同じ改造人間、なんですよね?」
「そうですよ。アルクリーチャーから聞いてませんか?」
アルクンスリッシは着ている白衣の袖を捲った。
すると人の肌だった腕の腕がブレたように変わり出す。
万年青の怪物の姿とは違う、機械仕掛けの腕だった。鋼鉄の皮膚に関節が剥き出しになっている。
地球の人間が見たらロボットだと言うことだろう。
「ッ………その、オモト様から聞いたんですけど、改造人間の手術は、全てあなたが行っているんですよね?」
「えぇ、私はハイルセンスの創設からいるメンバーなので。改造人間の設計や手術は、基本的に私の管轄です」
「それって、脳改造もですか………?」
控えめなロイゼの質問に、アルクンスリッシが納得したように頷いた。
「あぁ、そういうことですか。そうですよ。もっとストレートに言えば、アルクリーチャーに脳改造を施したのも私です」
質問を先読みされて、ロイゼは少しだけたじろいだ。
「わ、私がこれまで会ってきた改造人間はみんな、脳改造によってハイルセンスが平和のための組織だと言っていました。でも、その脳改造を行なっているということは、あなたはハイルセンスが破壊活動をしているのを知っているんですか?」
「えぇ。言ったでしょう、私はハイルセンスが創設した頃からいる幹部です。内情も含めて、全て把握してますよ」
悪びれることもなく、アルクンスリッシは淡々と答えた。それを聞いて、ロイゼは愕然となる。
「何で………何でそんなことするんですか?人を殺して、兵器に作り替えて、争いを起こして、何でそんな!………何でそんな酷いことを………」
「そんなの決まってるでしょう。この世界の平和のためですよ」
「ふざけないでください‼︎」
ロイゼは格子を殴って叫んだ。あまりの気迫にアルクンスリッシだけでなく、双子も驚く。
「あなた達の勝手な都合で改造人間にされて、罪のない人を傷つけて、あの人が………オモト様が、どれだけ苦しんでるか………そんなことで世界が平和になるわけがありません‼︎」
ロイゼの怒鳴り声が地下牢に響いた。今にも泣き出しそうで、それでいて力強い声だ。
アルクンスリッシは最初は驚いていたが、すぐに落ち着くとズレた眼鏡を直した。
「そうですねぇ………強いて言うなら、それが私達の正義だから、ですよ」
「正義………人を傷つけることが、ですか?」
「まぁ、そうとも言えますね。私達は私達の正義を貫くだけですよ。別に理解されるつもりはない………自分達の正しいと思ったことをやるだけです」
アルクンスリッシの眼鏡が光を反射し、彼の目が見えなくなる。
「それで誰かが傷つくなら、その傷は全て私の身に刻み込む、罪だと言うなら全て私が背負う、邪魔をするなら全てねじ伏せる。それが、私の正義です………この世界のために………」
アルクンスリッシの言葉は重く、ロイゼの心にのしかかった。
「これで満足ですか?それでは、私はこの辺で」
アルクンスリッシは立ち上がると椅子を畳んだ。
「一応監視はつけますが、変なことはしないでくださいよ。アルクリーチャーが来たらちゃんと解放しますから。それでは」
再びお辞儀をすると、アルクンスリッシは地下牢を出て行った。
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