第72話 信用
「オモト、君?………何、今の?」
物陰から現れたマルディアさんは、呆然とした表情で僕を見ている。普段の美貌が崩れるほどに、顔が真っ青だ。
見られてはいけない人に自分の姿を見られて、傷の痛みすらも気にならないほどに肝が冷えた。
「マルディアさん………何で、ここに………?」
「わ、私達も………セルフィを探してたのよ。それで森に入ったら大きな音がして………見てみたら、怪物がロイゼ達を連れ去って………」
そんなところまで見られてたのか………傷ついていた僕はともかく、何でゴーレムバルバラはそれに気がつかなかったんだよ!
………いや、違うか。あの改造人間は体に備えられている探知センサーなどの人工器官を利用して物体を察知する。
つまり操っているアルクンスリッシの五感は一切関係ないわけだ。
そしてその探知センサーも僕が破壊してしまった。感じれなくて当然か。
「さっきの怪物は……… 何?ううん………オモト君、その腕は?君は一体………」
僕は自分の腕を見下ろした。見るに耐えないほどに禍々しい腕だ。
「君、人間じゃないの?………まさか、モンスターの擬態………?」
「ち、違います!」
目の前に持ち上げると、マルディアさんはビクッと震える。
「ヒッ!」
マルディアさんは身を退くと、腰に提げている護身用の短剣を握った。
「待ってください!僕はモンスターなんかじゃ………」
「そ、それじゃあ何なの⁉︎さっき、怪物と戦ってるの見てた………あんな力、人間なはすがないじゃない!」
ここで騒がれてはマズい。
慌てて近寄ろうとすると、マルディアさんは震える手で短剣を引き抜いて、僕に突きつける。
「こ、来ないで!」
その目に害意は無い。あるのは純粋な恐怖と警戒心のみだ。突きつけられた剣先が震えている。
普段は大人っぽいマルディアさんの目に恐怖の涙が浮かぶ。
その視線が僕の心に突き刺さって、痛みとして広がる。
「ま、まさか………本物のオモト君を殺して………」
「違います!僕は………!」
人間です!………そんな事言ってどうするんだ。
僕が人間でないのは本当のことだ。それどころかハタから見れば、僕はモンスターにも見えるだろうし、その擬態と言われても否定出来ない。
そんな僕に怯えるのは当たり前だ。そんな事、分かってるはずなのに。
「たしかに僕は………人間じゃありません。モンスターと思われても仕方ないです」
そうだ。どんなに言葉を並べたところで僕は怪物だ。それは否定出来ないししたくない。それはただの逃げだ。
「僕が言える事はそれだけです。後は………マルディアさんに任せます」
ここで僕がいくら言っても、本当のことは彼女には分からない。
だから後は任せた。僕をどう捉えるか、結局は相手が決める事なのだから。
マルディアさんは怯えながらも、僕をジッと見据えた。
「君は、オモト君なんだよね?ロイゼを買ってくれた時と変わらない、オモト君、だよね?」
「………はい」
僕は静かに答えた。
これが本当かどうか、マルディアさんには分からない。そんなの分かってるはずだ。
それでも聞くという事は、ちゃんと質問の中に僕を信用してくれる意図があるんだ。
だから彼女を信じる。
僕は目を逸らす事なく、マルディアさんと見つめ合った。
マルディアさんが小さく息を吐く。
「そう………」
落ち着くように深呼吸を繰り返したマルディアさんは、僕から目を逸らさずに短剣を鞘に収めた。
「マルディアさん………」
「君が何者なのか分からないし、正直怖いよ………けど、ロイゼに優しくしていた君は、少なくとも心は悪い人じゃない」
「そう、ですか………ありがとうございます」
「ううん、私こそごめんね。私は商人だから。私の商品に対する接し方でしか人を測れないの」
いや、それでいい。自分のできるやり方で測った。それは僕のことを分かろうとしてくれたってことだ。
「私は君の事信用する。商人からの信用は重いよ?」
「裏切りはしませんよ。今はね」
彼女が僕達に敵対しない限り、僕から何かする事はない。
「それじゃあ、次の質問。さっきの怪物は何?君の仲間、みたいには見えなかったけど」
「ッ⁉︎ え、えっと………それは………」
どうする?全部話すか?………いや、それは出来ない。だから昨日は街に帰らなかったんだし。
「すみません………それは、話せません」
「でも………」
「これは、僕達の問題なんです。あなたには関わって欲しくないんです。信用してもらったのに申し訳ないですが、あなたを僕達の事情には巻き込めません」
普通の人には、普通暮らしをして欲しい。ハイルセンスの存在を知れば、恐怖は相当なものだろう。そんな怖い思いはして欲しくない。
こんな所でボーッとしてる暇なんてない。ロイゼ達を助けに行かないと。
僕は腕を軽く振ると人間の姿に擬態させた。マルディアさんの横を黙って通り過ぎる。
「待って!」
マルディアさんは振り返ると、通り過ぎた僕の腕を掴んだ。
さっきまで怪物の姿だった腕を、何の躊躇いもなく。
「今消えた怪物、セルフィとシルフィも連れ去ったよね?あの子達はウチの奴隷なの。その子達が連れ去られたのに、関わらないなんて出来ない………」
そうか………マルディアさんはあの双子が連れ去られるのも見てしまった。
マルディアさんが自分のところの奴隷達を大切に思っているのは、客として接した僕もよく分かってる。
双子がマルディアさんのところの奴隷である以上、ここでマルディアさんが退くわけないか。
「たぶん私が関わっちゃいけないってのも分かってる。でも………お願い、ちゃんと話して」
まだ少し怯えているのが、震える手から伝わってくる。それでも、手に込められた力は強い。
それなら、話すしか………ないか。
「時間がありません。手短に話します。僕は………」
僕はマルディアさんに自分の事を話した。そしてハイルセンスの存在、彼らの目的、セルフィとシルフィを狙ってる事、そして昨日まで何があったのかを。
「………だから、ロイゼやセルフィとシルフィは、攫われてしまったんです」
「そう、だったんだ………」
あまりに突飛な話にマルディアさんは、フラつきながら木にもたれかかった。
「それじゃあ、さっきの怪物は………」
「僕と同じ改造人間です。かつては、一緒に戦っていました」
敢えて仲間だとは言わなかった。洗脳されて入っていた組織だ。仲間なんて………いない、か………
「そう………知らなかったなぁ。世界で起きてる事件に、そんな組織が関与していたなんて」
「ヤツらの存在そのものを認知してない国だって少なくありません。当たり前ですよ」
そりゃ商人なんだし情報が命とは言うが、逆に商人が知れるレベルの秘密保持しかできないほど、ハイルセンスは雑魚じゃない。
「というわけで、ちょっとロイゼ達助けに行ってきます」
「助けに行くって………一人で行くの⁉︎あんな怪物に?せめて援軍でも呼んだ方が………」
「それじゃあ間に合いませんし、ハイルセンスは人間じゃ対抗出来ません。僕一人で行くしか無いんです」
「でも、彼らの居場所とか分かるの?」
「いえ。これから探します」
個人的なこと言わせてもらうと、本当はこのやり方やりたくないんだよなぁ。
けど、これしかないから仕方ないか………
僕は少し屈んで跳び上がった。静かに木の枝に乗った。
目を閉じて意識を集中させた。自分の全感覚を周りに波紋のようにゆっくりと広げていく。
その内広げていった感覚に、何かがいくつも引っかかったように感じる。
その引っかかったものから色んな情報が流れ込んでくる。
景色、音、匂い、感触。色んな感覚が僕の体に入り込んできた。
「くっ………!」
あまりの情報量に体がフラつくが、なんとか立て直した。
今入ってきた感覚情報は全て、僕が広げた感覚に引っかかった生物の感覚だ。
僕にはあらゆる生物の脳とリンクして、その生き物が感じたものを認識する事ができる。
この世界にはあらゆる場所に生物が存在するから、この能力を使えば世界中のあらゆるものを見ることができる。
もちろんロイゼ達が連れて行かれたハイルセンスの基地も。
何かを探したりする時とかにはとても便利な能力だが、これにも問題がある。
『何の生物から感じるか』だったら、すぐに生物を選べば情報を探すだけで済む。
ただこれが『生物から何を感じるか』だとまぁまぁ面倒だ。
僕だけだと生物は選べても情報を選べない。
もちろん本の流し読みみたいに感じながらの取捨選択は出来るけど、それでも一通り目を通さないといけないことに変わりはない。
目当ての大まかな場所が分かってればその付近の生物とリンクすればいいけど、ハイルセンスの秘密基地がどこにあるかは分からない。
というわけで中途半端にアナログな調べ方だけど、これしかないんだもんなぁ。
けど今回ありがたいのは、探すのは改造人間。つまり改造人間特有の『気』をアテにできる。
あれはあくまで改造人間のみが感じることが出来るってだけで、波長自体はありふれたものだ。
だから僕と生物の脳をリンクさせれば、その生物も感じられる。
というわけでそれを頼りに…………っと!
いきなり頭に飛び込んできた感覚に僕は目を開けた。
今のは、間違いない………改造人間の気配だ!
場所は………ここから少し離れてる………ん?
感じた気配からその場の景色を辿っていく。
これは………やっぱりハイルセンスの基地だ。
しかもここは………僕が脳改造が解けて逃げ出した基地だ!
僕はそのまま大きく翼を広げて、見えた景色の方へと飛んでいった。




