第68話 アルクンスリッシ
「ぐっ!ぐぁッ‼︎………ッ‼︎」
ゴーレムバルバラと戦い負傷した僕は、ロイゼとセルフィ、シルフィの双子の姉妹を抱えて空を飛んでいる。
とにかくあの場から離れる事が最優先だった。
ロイゼは僕を心配そうに見る一方で、ちゃんと双子の姉妹を抱えてくれている。
しかしその双子の姉妹はあまりの出来事に、言葉も出ないほど混乱していた。
するとちょうど真下に草原が見えた。誰もいないから、ここなら降りられるかもしれない。
もはや落下と言ってもいい着陸で、僕は草原へと降りた。
「ぐはぁッ‼︎」
三人をとりあえず安全に下すと、そのまま僕は草原の上に倒れ込んだ。
透明化は解除されて、さっきまで羽ばたいていた羽の形がぐにゅぐにゅと乱れている。
僕の右腕と左脚は根本から斬られていて、人工培養の肉や金属の骨が潰れて剥き出しになっている。さらに斬り口からは人工体液が漏れ出していた。
エネルギー循環の役割も担っている人工体液が漏れ出してしまった事で、僕はエネルギーがどんどん失われていた。
正直これ以上羽を展開どころか維持するエネルギーすらない。制御を失った羽がドロドロに溶ける。
「オモト様⁉︎大丈夫ですか⁉︎」
双子を安全に下ろしたロイゼが、僕の方へと駆け寄ってくる。目には涙を浮かべて僕を抱きかかえる。
「オモト様‼︎死なないでください‼︎」
「この程度じゃ、死なないよ………くっ!」
とは言ったもののダメージが酷いな。焼きつくような痛みが体を蝕んでいる。
完全再生とはいかなくても、せめて傷だけても治そう。
「ロイゼ………と、とりあえず、周りから、見えない所に………」
「は、はい!」
僕らロイゼに抱えられたまま近くの木陰に身を隠した。
これ以上破損部分を増やさないために、とりあえず傷口だけを再生して治す。
「さっき近くに川があったので、水を汲んできます」
「おぉ………頼んだ。ついでに、そこの双子の分も汲んできなよ」
ロイゼは頷くと、僕の水筒を持って川のある方へと向かって走っていった。
双子の姉妹は二人で身を寄せ合って、僕を震える目で見ている。顔色が真っ青だ。
シルフィに至っては元々気が弱いからか、今にも倒れそうになっている。
そりゃ目の前であんなもん見せられたらなぁ。倒れないだけ立派だろう。
「二人とも………色々思うことあるかもしれないけどさ………とりあえず、その場待機でお願い」
「は、はい………」
「う、うん………」
しかし、意識が朦朧とするな。臓器潰れなかっただけマシ、と考えるべきか。
ゴーレムバルバラ、予想以上に強い敵だ。
「オモト様!お水汲んできました!」
「ありがとう、ロイゼ」
ロイゼから水筒を受け取り水を飲む。少しだけエネルギーが回復したな。
水分補給をした僕とロイゼはその場に座って一息ついた。
エネルギーを左脚に集中させると、新しい脚がウネウネと生えてくる。
鋭い爪とヒレが生え、黒い鱗に覆われている。先は虫の跗節屈折した脚だ。それは徐々に人の脚へと変わっていく。
結構やってくれたな。おそらくあの熱線、改造人間の人工組織を分解する力があるんだろう。再生が上手くいかない。
このダメージじゃ、今は脚を戻すだけで一苦労だ。腕は後回しだ。
「とりあえず、これからどうするかだな」
「そうですねぇ」
僕達の事もそうだけど、何よりこの双子の事だよな。早く決めないと。
「ひとまずマルディアさんに彼女を見つけたと報告………はマズいですよね」
「そりゃなぁ。色々面倒な事になるよ?説明とか今後のことで」
セルフィだけじゃない。彼女達二人はハイルセンスから狙われているのだ。マルディアさんの所に預けたら間違いなく連れ去られる。
かと言ってマルディアさんに事情を話すわけにもいなかいよなぁ。それはつまり彼女にハイルセンスの存在を話すことになる。
上手く誤魔化せれば出来るかもしれないけど、狙っている相手が相手だし、嘘を教えるのはさすがにね。
狙ってる相手を過小評価して何人も死者が出ました、なんてシャレにならない。
何より彼女達は奴隷だ。彼女達だけで身を守っていくのは実力的にも社会的にも無理がある。
これが一般人ならまだやりようはあるんだけど、彼女達は奴隷。つまり好き勝手に行動が出来ない。
例えばベフュールが人に化けて彼女達を高値で買ってしまえば、もうどうしようも出来ない。
それは真っ当な権利なんだし。
「しばらくは僕達と一緒に行動してもらおう。まぁ僕達も帰れないから、今日はここで野宿かな」
「そうですよね。これからの生活、どうしましょう」
ロイゼが天を仰いでいる。いや、僕に言われてもなぁ。
アルクンスリッシに僕がこの街にいることがバレてしまった。もうハイルセンスに伝わっているだろう。
そうなればヤツらは必ず僕を捕まえようもするだろう。それこそどんな手を使ってでも。
僕のせいで街に被害を出すなんてゴメンだ。となると、僕はもうあの街にはいられなくなってしまった。
「というわけで、君達はとりあえず僕達と一緒にいてくれるかな?その方が安全なんだ」
「え、あ、はい………守っていただけるなら、むしろありがたい事です」
シルフィは戸惑いながらも頷いてくれた。しかしセルフィはそうではない。
「ごめんね。君も混乱してるとは思うけど、今は納得してくれないかな?君達が捕まるのは、僕としても避けたいんだ」
「あ、いや………別に嫌とかじゃ、というかそれ以前の話………」
セルフィはフゥッと息を吐いて顔を上げた。
「あなた達は誰?さっきのは何?あの追ってきた怪物は何者?今どういう状況で、何でシルフィと一緒にいるの?一から十まで説明してもらえるとありたいんだけど」
あぁ、それはそうね。結局何も説明出来ずじまいだったからな。
「私のために来てくれたのは分かってるつもり。だから悪い人じゃないはず。でもあんなの見せられたらそれだけじゃ、信用とかそれ以前の問題」
そう言うセルフィを見て、僕は思わず感心していた。
意外だな。これまで会った奴隷は全員、とんでもなくガラが悪いか、自己主張の低すぎる人ばかりだった。
そんな中で混乱しながらも聞きたい事を聞ける奴隷。この子結構優秀な子だな。
「たしかに。君達には話した方がいいかもね。ちょっと長くなるけど、話すとするか。まず僕は魑魅 万年青。こっちは僕のパーティーメンバーのロイゼ。そこから始めよう」
それから僕はセルフィとシルフィにこれまでのことを話した。
僕がハイルセンスの改造人間であること、彼らを裏切ったこと、そもそもハイルセンスとは何なのか、それからこの街に来てロイゼと出会ったこと、過去に二体の改造人間がこの街に来て倒したこと、マルディアさんの依頼でシルフィと共にセルフィを探していたこと。
「………とまぁ、そんなわけだけど、って………大丈夫?二人とも」
話を聞いた二人は魂が抜けかけてるかのようにフラフラとしている。頭から湯気が出そうだ。
「い、いや、あの………さっきの光景を見て、常識を凌駕してるのは察してましたけど………」
「話のスケールが大きすぎる………」
まぁそこは勘弁してくれ。
「という事は、さっきの人は私達を誘拐してオモト様と同じ改造人間にしようとしてた、って事ですか?」
「あぁ。二人がアルビノ種であることがその理由らしい。それに関しては分かってる?」
「私達が他とは違うのは知ってるよ。けどまさか、それが理由で狙われるなんて」
「だからハイルセンスはまた君達を狙ってくる。しばらくは僕達と行動してもらうよ。僕も色々追われてる身だからね」
「わ、分かった………」
別行動されると、今いるハイルセンスの部隊が分かれるからな。どうせ狙われるならまとめて来てくれた方がありがたい。
「あの、オモト様。少しよろしいでしょうか?」
すると僕と隣にいたロイゼが手を挙げた。
「ん?どうした、ロイゼ?」
「先程の改造人間のことなんですが。えっと………オモト様の知り合い、なんですよね?」
「あぁ、それかぁ………」
やっぱりそこ気になるよなぁ。それについても話す必要があるか。
「あの体を操っているという話でしたが、つまり元は違う体なんですよね?」
「あぁ。でも、アイツが改造人間なのは変わらないよ」
「そうなんですか。彼は何者なんですか?ハイルセンスの幹部なのは分かりましたが」
「そうだな。それじゃあそのことも話すかね」
僕は水筒から水を一口飲むと再び話し出した。
「ロイゼには話したけど、ハイルセンスの改造人間には大きく三種類存在する。生物、精神体、人工物の三つね。そしてそれぞれの種を統括する存在がいる。これがハイルセンスの幹部だ」
「はい。それでその生物を統括していたのが、オモト様なんですよね?」
「そう。生物型改造人間を統括してたのが僕、アルクリーチャー。精神体型改造人間を統括しているのがアルガイスト。そして人工物型改造人間を統括しているのが………さっき会ったアルクンスリッシだ」
ハイルセンスのトップ、レーターと直々に話すことを許されている数少ない存在。自分で言うのもアレだけど、ハイルセンスの要と言ってもいい。
「彼はただの幹部というだけではなく、優秀な科学者なんだ。改造人間や使う武器を開発したのも彼だ。このゲワーゲルフも彼の発明品」
もっとも、僕もよく手を貸していたけどな。今となっては朧げな記憶だ。
「おそらくあのゴーレムバルバラを作ったのも彼だな。それで自分で操ってるんだ」
「そんな人がオモト様を狙ってるなんて………元は仲間なんですね?」
「まぁそう言うな。向こうからしたら間違ってるのは僕なんだし。僕のやることは変わらないよ」
何としてでもアイツを倒して、双子も守りきる。それしか無いよね。
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