第62話 逃走
「オモト様、おはようございます」
「おはよう。相変わらず朝から頑張るねぇ」
宿の部屋から一階に降りてきた僕は、朝練を終えたロイゼに挨拶した。
ロイゼはあれからもずっと毎日欠かさず朝練を続けている。
早く強くなって僕の力になりたいんだと。
ぶっちゃけどれだけ強くなっても、改造人間に太刀打ちするのは無理だと思うんだけど。
まぁ本人は必死だし、わざわざそんな事を言う必要もないかな、って。
でもロイゼは確実に強くなっている。クエストを受けてそれはよく分かった。
向上心があって、能力も身についている。
それは素晴らしい事なんだけど、無理だけはしないでほしいものだ。
僕としては今の戦力で充分すぎるくらいだし、無理して身体を壊されても困る。
いや、本来ここまでのレベルの奴隷を手に入れただけで幸運なんだ。
むしろ僕の悩みは贅沢なんだろうけど、それでも心配にはなるわけで。
それにあんまり頑張られると、僕の立場がないと言うか、何か申し訳なくなってしまう。
どこかでまとめて休む時間を与えてあげたいとは思っているんだけど、そこまで裕福でない冒険者が二人のみってのは割と余裕も無くてね。
「ロイゼ、そろそろ朝ご飯にするか」
「はい。いつもありがとうございます。私のために」
「いやいや、こうしてた方が落ち着くしさ」
僕とロイゼは朝食を受け取りテーブルに着くと、食事を始めた。
今でもロイゼは目立つが、それでもある程度は馴染んできたかな。
ロイゼもそれを察したのか、昔みたいな緊張も無くなってきた。
こうしてみると物事は順調そうに見える。でも、生活の豊かさは変わらない。
メンバーを増やそうとは思ってるんだけど、僕の事情もある。そう簡単に巻き込むわけにはいかない。
そうでなくてもメンバーを増やせば僕達の取り分が減るし、そもそも僕人が多いの嫌いなんだよな。
基本人生ソロプレーの人間なもんで。集団行動は嫌いだ。
それでも面白い人間ならいいんだけど、大抵は平凡なことを喚いているだけというか、まぁそれにロイゼだけで事足りるし。
新しい奴隷を買うという手もなくは無いけど、ロイゼレベルのヤツがいるかどうか。
見た目はぶっちゃけどうでもいいし、女性である必要もない。
ただなぁ、性格とか戦力とかね。ロイゼのレベルが慣れてしまうと、どうしても手が伸びない。
下手にお金を叩くのも嫌なんだよな。そう考えるとロイゼってすごいんだな。
どこかに面白い人間が落ちてないものか。
こう、程よく自主性があって、周りの人にないような発想力とかある人とか。
「オモト様、今日はこの後クエストに行きますか?」
「そうだね。ちゃっちゃと終わらせるか」
しかしあれだなぁ、ハイルセンスに追われるなんて刺激的すぎるのは求めてないけど、何も無いのはそれはそれで退屈なもんだ。
人って程よく刺激が必要なんだなぁと思う。
日本にいた頃って、暇な時はクラッキングして面白い情報手に入れてたし。核兵器のパスワードとか、テロリストの動向とか。
そういう意味では、退屈とは無縁だったな。
そんな事を考えている内に朝食を終えて、僕達はクエストに向かおうとした。
準備を終えて一階に向かうと、宿の人、たしかメイさんだったっけ?その人が僕達の方にやってきた。
「ねぇねぇ、君達にお客さんが来てるんだけど」
「客?誰ですか?」
「何かドレス着た美人さん。マルディアさん、とか言ってたけど」
その名前を聞いて、僕とロイゼは目を見開かせた。マルディアさんが?
すると宿の入り口の方から、一人の女性が顔を覗かせた。
それは奴隷商人のマルディアさんだった。
「二人とも久しぶり、ってほどでは無いわね。こんにちは」
「は、はぁ………どうかしたんですか?」
「えっとね………ここで話すのはちょっと………君達の部屋に入れてくれない?」
その言葉を聞いて、僕とロイゼは目を見合わせて首を傾げた。
「ごめんなさいね。クエストに出かけるところ呼び止めちゃって」
「いえ、大丈夫ですけど。何かあったんですか?」
宿にやってきた奴隷商人、マルディアさんを僕達は自分達の部屋に入れた。
相変わらず艶かしいドレスを着ていて、色々と目のやり場に困る。
この人こんな格好でよく街中歩けるな。人の目集めそう………というか既に集めてるか。
僕は宿の外から感じる視線にため息を吐く。外周の時くらい普通の服着ろよ。
正直この人と面と向かって話すると毎回緊張するんだよな。だって美人だし。
ただだからといって見惚れていると、横からかなりおっかないロイゼの視線を感じるので注意が必要だ。
「実は二人に依頼をしたくて」
「依頼?というと………冒険者としての、ですか?」
「うん。ウチの商館から、冒険者の君達にクエストの依頼、って感じかな」
へぇ、珍しい事もあるもんだ。
「仕事が貰えるなら嬉しい限りですけど、何でまた僕達に?」
ギルドに依頼を出せばもっと腕のいい冒険者がいるし、それ以前にその冒険者に頼めばいい。
こう言ったらアレだけど、僕とロイゼはそこまで名の知れた冒険者じゃない。というより知られたらマズいんだけどさ。
「ちょっと訳ありでね。ウチの信用にも関わるから、その辺の冒険者に簡単に頼むわけにはいかないのよ」
「というと、マルディアさんの商館で起きた問題を解決しろって事ですか?」
「まぁ、平たく言えばそうなるかな」
何かめんどくさそうな予感がするんだけど。
しかもよりにもよって商館の信用に関わるとか、結構責任重大だな。
「なんだかんだで君達なら口堅そうだし、信用してもいいかなって。受けてくれる?」
「とりあえず内容を聞かせてくれませんか?あんまり面倒な事はしたく無いんですが」
「君もうちょっと言い方………まぁ、それもそうよね。分かったわ」
マルディアさんはため息を吐くと、姿勢を正した。
「先に言っておくけど、さっき言った通りウチの信用に関わる問題だから、他所の人間にホイホイ言わないでよね」
そう前置きを置くと、マルディアさんは話し始めた。
「簡単に言うと、ウチから逃げ出した奴隷を捕まえて欲しいのよ」
「逃げ出した奴隷を捕まえる?………って、奴隷逃したんですか?また随分とザルな警備してますね」
「だから君、言い方………けど、たしかに否定はしないわ。私達の落ち度だもの」
奴隷になる中には、そこから逃げようとする者もいるだろう。そういうヤツのために警備は常に敷いてあるはずだ。
それで逃げられるとは、そりゃ商館の信用に関わるわな。
「その奴隷はウチに輸送してくる途中に、馬車から逃げ出したのよ。夜中に馬車の護衛が捕まえようとする前にあっという間に逃げちゃってね」
へぇ、随分と素早いヤツなんだな。しかも夜中に逃げるとは、夜目効くのかな?
「なるほど。奴隷が逃げ出したなんて商館の信用に関わるから、こっそり捕まえろって事ですか?」
「あー………うん、まぁそれもあるんだけどね。実はちょっと不思議なのよね」
マルディアさんは首を捻って頬を掻く。
「というと、どういう事ですか?」
「逃げ出した理由が分からないのよ。何で逃げ出したのか分からないの」
いや、奴隷が逃げ出す理由って………
「そりゃあ、奴隷になりたいヤツなんていないと思いません?普通は逃げ出すでしょう」
「オモト様、オモト様」
僕がそう言うと、ロイゼが隣から僕の肩を指先で突く。
「大体の奴隷というのは、何かしらの都合で税金が払えない、または家計が苦しい者がなるものです。身を売ってお金を得るわけですから、逃げ出してしまっては当然お金は手に入らないので、意味が無くなってしまいます」
あぁ、なるほど。そう言われればそうだ。
ロイゼは無理矢理奴隷にされたから、売った方に何も利益が無かったけど、本来奴隷ってそういうものだっけな。
「でも犯罪者奴隷なら?それなら逃げ出す理由としては充分でしょ?」
「まぁ、それはそうですね………」
そこから逃げ出して自由に生きれるわけだし、お金が発生しないなら逃げてもいい。
「ううん、その逃げ出した子は犯罪者奴隷じゃないわ。だから逃げないと思ってたのに」
うーん、よく分からないなぁ。
「連れて来られるまでに何かあったんじゃないですか?何か酷いことされたとか」
「ウチにそんな事する人はいないわ。というか、それが私がこの事を秘密にしたい理由なの」
「え?………あぁ、そういう事ですか」
なるほどね、納得したわ。
マルディアさんの所は基本的に奴隷に優しくするようにしている。
だからロイゼみたいに人を怖がってしまった奴隷を、無理矢理前に出すなんて絶対にしない。それに鞭とか使ってるところも見たことない。
まぁそう言えるほど現場を見てるわけじゃないけど。
「もしかしたら今君が言った通り、その子にウチの人間が酷い事をしたのかもしれないわ。少なくともみんなはしてないって言うんだけどね。でも………」
「万が一そうだった場合、奴隷を傷つけない事を大事にしているマルディアさん達の信用はダダ下がり、って事ですか」
「そういう事。もちろん本当にそうしてるなら素直に認めるけど、それが確定するまでは秘密にしたいの」
それはそうだろうな。
どんなデマ情報だろうと、それが広まってしまった、もしくはその可能性を匂わせる事が起きてしまった時点で、その人の信用は無くなるもんな。
「そういうわけなんだけど………引き受けてくれる?」
マルディアさんは僕達の顔色を伺うように聞いてきた。
さてと、どうしたもんかなぁ………
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。




