第61話 同時進行
薄暗い部屋の中、一人の男が歩いてくる。
そこはまるで王城の謁見の間のようだ。いや、実際に謁見する場所ではある。
しかしその部屋の奥、王城だったら玉座がある所には、人どころか玉座すらない。
ただ小さい階段の上には壁があるだけで、そこには大きな世界樹の上に猛禽類が止まっているかのようなエンブレムがある。
男はその前に止まると跪いて頭を下げた。
「レーター様、お話がございます」
すると壁のエンブレムが淡く光出した。
『何だ、アルクンスリッシ』
そしてエンブレムから低い声が部屋中に鳴り響く。厳かで威圧のある声だった。
その声はレーター、ハイルセンスの首領の声だった。
「はっ!改造人間の被験体の数が減少しております。補給のご許可をお願いいたします」
アルクンスリッシと呼ばれた男は、頭を下げたまま言った。
ここはハイルセンスの基地の中、首領であるレーターと話せる数少ない場所だ。当然入れる者も限られている。
『改造人間の被験体だと?それは前に、マンドレイクヤヌアリウスに調達を命じたはずだ』
「はい。しかし………それからマンドレイクヤヌアリウスと連絡が取れないのです。今は消息を絶っています」
『何?いつからだ?』
「ヤツはスタッドという田舎の街で人間を集めるように言っておきました。転送魔法陣の準備を完了したところまで報告を受けましたが、それ以降連絡が取れません」
マンドレイクヤヌアリウスはその街の領主を騙し、有能な人間を集めるつもりだった。
しかし後一歩というところで、突然連絡が途絶えた。それ以降姿を確認していない。
当然人間も送られてきていない。
『魔法陣はどうなっていたのだ』
「魔法陣は………破壊されていました。設置した森に入った何者かが破壊したものかと」
マンドレイクヤヌアリウスから連絡が途絶えてから、組織は街に偵察隊を放った。
しかし、見つけた時には魔法陣は消されていた。
あの森は少ないとはいえ人の出入りもあった。魔法陣を見つけた誰かが特に理由もなく消した可能性もある。
『愚か者めが‼︎その調達のために、あの街の領主に接近するという危険を冒したのだぞ!』
「申し訳ございません!偵察隊の報告では、マンドレイクヤヌアリウスは領主の館にいたそうなのですが、突然いなくなったとのことで」
館にいたマンドレイクヤヌアリウスは、領主の部屋から出た途端に姿を消したのだ。
「領主は偵察隊に始末させました。秘密が漏れることはございません。しかし、一つ………気になることが………」
『気になることだと?』
「はい。消された魔法陣の近くに、戦闘の痕跡があったそうです。それもそれなりの規模の」
あの場所で戦いがあったと考えれば不思議ではない。冒険者のクエストの跡の可能性もある。
しかし、アルクンスリッシはそこがどうしても気になった。
『まさか、マンドレイクヤヌアリウスが何者かと戦った末に壊されたと言いたいのか?』
「左様でございます。それならば全て辻褄が合うかと」
『しかし、ベフュールならまだしも、ヤツがそう簡単に壊されるはずがない。それは、作った貴様が一番よく分かっているはずだ』
アルクンスリッシはハイルセンスで、多くの改造人間を作り出してきた。
ハイルセンスの技術者のトップのような存在で、技術開発の責任者でもある。
レーターからの信頼も厚く、ハイルセンスの幹部だ。
「はい。しかし、御言葉ですが、それが可能性な人物が一人。レーター様もお心当たりがあるのではないでしょうか」
『………アルクリーチャーか』
「はい」
アルクリーチャー
ハイルセンスから脱走した裏切り者。そしてアルクンスリッシと同様に、ハイルセンスの幹部だった。
「例えばですが、あの街で偶然彼らが遭遇したとしたらどうでしょうか?ヤツならば、マンドレイクヤヌアリウスを倒すことが出来るはずです」
アルクリーチャーはハイルセンスでもトップクラスの戦闘力と知性を持ち合わせていた。
特にその知識量は、時折アルクンスリッシすらも驚かせる。
「もちろんそうでない可能性も多分にありますが、もしそうならガーゴイルアンブロジウスの件も説明がつきます」
ガーゴイルアンブロジウスは同じくスタッドの街で、アルクリーチャーの捜索をしていた。
しかしいつの間にか消息を絶ってしまった。
『なるほど。ガーゴイルアンブロジウスも、アルクリーチャーが壊したと?』
「はい。しかし偵察隊によりますと、アルクリーチャーは発見出来なかったとの事です」
可能性としてはこれ以上ないほど確信がある。しかし証拠は何もない。
『そのアルクリーチャーの捜索はどうなっている?』
「はい。スタッドの街の領主から報告があり、先程も申し上げた通り、ガーゴイルアンブロジウスを向かわせました。しかしヤツが消息を絶ってから、依然として発見されておりません」
アルクリーチャーは特別な改造人間の一体、そんな彼がいなくなってしまったのは、ハイルセンスに大きなダメージを与えた。
彼が指揮していた軍は、指導者を失い未だに混乱している状態だ。
『ヤツは何としてでも連れ戻せ。失うわけにはいかない』
「分かっております。そこで一つ、提案があるのですが」
『? 言ってみろ』
「アルクリーチャーの捜索と改造人間の被験体の調達。これらを同時に行うのはどうでしょうか?」
『同時にだと?どちらか片方すら満足に出来ないのにか?』
たしかに、一方すらまともに出来ないのに同時は難しいだろう。
しかしアルクンスリッシには考えがあった。
「今回は捕獲したい被験体が既に決まっております。そしてそれは………スタッドの街にいます」
『だったら何だと言うのだ。マンドレイクヤヌアリウスの時と変わらないではないか』
「いえ、これまでで気がついたことですが、ここまでして見つからないということは、アルクリーチャーは我々の動きに敏感ということです」
『なるほど………ヤツがスタッドの街にいるなら、我々が追う者を情報収集のために保護する可能性がある、か』
「さすがでございます。そこを一度に捕まえられれば、問題解決ではないかと。そのための改造人間を送り込むのです」
もちろんこれはアルクリーチャーがスタッドの街にいればの話だ。
しかしそうでなくても、改造人間の被験体は集められる。アルクンスリッシとしてはそれだけで良かった。
『なるほど。して、その捕まえる改造人間は誰にするのだ?マンドレイクヤヌアリウスの二の舞になるようなら、許可は与えられん』
「それは………実はただ今製作途中なのです。改造室をご覧になってはいかがでしょうか?ぜひともレーター様に見てもらいたいのです」
『分かった。それならば、貴様も改造室に転移させてやろう』
「ありがとうございます」
するとアルクンスリッシの前がブゥンッと揺れた。そして目の前が歪んだと思うと、目の前には改造室のドアがある。
そこには数人の部下が控えていた。
「アルクンスリッシ様、お待ちしておりました」
「あぁ。今レーター様が改造手術をご覧になっている。説明しながら手術を行うが、問題ないか?」
「もちろんでございます」
アルクンスリッシは奥に進むと、手術着に着替えて手術室に入った。
そこにはちょうど手術の準備をしている部下達がいた。
ベッドには一人の男が横たわっている。彼がこれから改造人間になる被験体だ。大柄な印象を受ける。
「被験体の様子は?」
「はっ!心拍、血圧共に正常です。呼吸も安定し、肉体の状態も問題ありません」
すると手術室にノイズが響き渡った。
『アルクンスリッシ、今回はどのような改造人間を作るのだ』
突然の首領の声に、部下の何人かが驚いたが、アルクンスリッシはそれを手を挙げて止めた。
「はい。今回は、ゴーレムを元に設計いたしました。人工物のモンスターを元にした改造人間、私が最も得意とするものです」
改造人間のタイプは生物、実体のない幽霊や精霊、人工物のモンスター、いずれの三つだ。
「被験体となるこの男は南方の国の盗賊の一人で、非常に強い肉体を持っています。ゴーレムのような力のある改造人間にはうってつけの肉体です。その肉体を鋼鉄よりも硬い人工皮膚、さらに人工筋肉と人工骨でより強化します。もちろん、使用する人工心臓なども通常より大きなものを使用します」
そう言うと、アルクンスリッシは手術台の近くに置いてある人工心臓を手で示した。
「そして魔力を供給し、酸化的リン酸化よりも多くのATPを合成、代謝の活性化を行います。これにより大きなエネルギーが発生し巨大な体でも、難なく動かすことが可能です」
『ゴーレム………たしかに強そうではある。しかしアルクリーチャーを捕まえるのならば、力だけでは意味がないぞ?』
「たしかに。あらかじめ説明しますと、今回の人選は肉体の強さに全ての焦点を当てました。故にこの男は知能は高くありません。しかし、それは今回の計画には関係無いのです」
『ほぅ、それはどういうことだ?』
「それは、今からの手術でぜひご説明したいと思うのですが」
『………分かった。アルクンスリッシ。それでは、手術を始めたまえ』
「はい」
アルクンスリッシは会話を中断すると、手術台に向き直った。
「それでは、まずは人工心臓の埋め込みから始める。メス」
「はい」
アルクンスリッシは部下から手渡されたメスを握ると、男に胸に当てた。
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