第57話 お手製
「な、何だこれは⁉︎」
いきなり転移させられたであろうマンドレイクヤヌアリウスは、驚いたように辺りを見渡す。
ソイツのいる側の木の上にいた僕は、見下ろすようにして声をかけた。
「とりあえずは作戦成功、かな」
僕がそう言うと、マンドレイクヤヌアリウスは僕に気がついたのか上を見上げた。
「あなたは………アルクリーチャー………」
その表情は動揺する一方で、状況を理解するように冷静になろうとしている感じに見える。
彼はついさっきまで領主の館の中にいたはずだ。それが今いるのは森の中。
つまり彼は瞬間移動させられたのだ。
もちろんハイルセンスに転移技術はある。でも今彼はそれを使ってない。
「オモト様!上手くいきましたね!」
僕のいる木の下では鎧を着た騎士が嬉しそうに飛び跳ねている。
「おぉ、というかもう鎧脱いだらどうだ?」
「あ、そうですね」
そう言って騎士は鎧を脱いだ。脱いだ鎧の下からは褐色の肌が覗く。
そう、この騎士はロイゼだったのだ。館の周りを警護していた騎士に失礼して使わせてもらったのだ。
ちなみにその失礼した騎士は近くの木に吊し上げてある。もう少ししたら目覚めるでしょ。
「あなたは………アルクリーチャーの奴隷の………なるほど、あの館の警備をあまり当てにしない方が良かったですね」
マンドレイクヤヌアリウスは毒づくように言った。
まぁ実際は僕が透明化しながら一瞬で騎士を誘拐して、ロイゼが着替えて紛れたからな。
ちょっとしたズルみたいなものだ。普通の警備でどうにかなるものではない。
「ここは………私達の計画に使っていた森。どういう事でしょうか?」
「それはあなたの足元を見れば分かるのでは?」
そう言われてマンドレイクヤヌアリウスは自分の足元を見た。
そこには大きな魔法陣が描かれていた。
「これは………私達の用意した魔法陣?………なるほど、これによって転移された、という事ですね」
「大枠は正解ですね。あなた方の用意していた魔法陣を使わせてもらって、あなたを引きずり出させてもらいました」
まぁ随分と偉そうに言ってしまっているが、この作戦の大元はロイゼだ。
『館の中では戦えない、連れ出すところも見られてはいけない。それなら見つからないように連れ出せばいい』
とまぁ、割と単純な発想だった。
『それなら瞬間移動でもさせればいいじゃん』となって、『だったらハイルセンスが使ってるのをそのままいただこう』という話になったのだ。
だから転移先はハイルセンスが設置したこの森なわけ。ここならそれなりに暴れてもそんなに問題は無いだろう。
「なるほど、しかし何故私は館からここへ?館に転送魔法陣は無い、というよりこの森以外に魔法陣は無いはず」
たしかにこの街にある魔法陣はこの森だけ。
しかもその森にある魔法陣達も全て発信元は同じでも、直結しているわけではない。
つまりこの街の中で転送は本来出来ないわけだ。それでも僕達は出来た。
「それは簡単な話ですよ。魔法陣が無かったので作りました」
僕がそう言うと、ロイゼが手に持っていた紙を広げてマンドレイクヤヌアリウスに見せた。
その大きめの紙には、マンドレイクヤヌアリウスの足元にある魔法陣と同じようなものが描かれている。
「それは………転送魔法陣?それを出発点として、ここを到着点に………」
「そういう事です。この魔法陣、ちょっと細工させてもらいましたよ」
魔法陣の出発点だったものを到着点に変更して、この自作の魔法陣と繋げたわけだ。
「そういう事でしたか。しかし、よく魔法陣にこんな細工が出来ましたね」
「何、ちょっと仕組みイジるたけですからね。生憎、こういうのは得意なんですよ」
魔法陣の仕組みはハイルセンスにいた時に学んでいた。
その仕組みさえ分かってしまえば、後はパソコンのクラッキングと同じようなものだ。
魔法の仕組み自体がプログラムみたいなものだからな。理解するのにそこまで時間はかからなかった。
クラッキングなら日本にいた時に毎日のようにやっていた。というかある意味それで生計立ててたわけだし。
その手の少し後ろ暗いお仕事も受けた事もあるし、面白半分で人のクラッキングに協力したりと、色んなことやったっけなぁ。
そういえばその手伝ったヤツ、連枷とか言ったっけ?かなり面白いヤツだったなぁ。今何してるのやら。
元々父さんを苦しめるために覚えたものだけど、思いの外使い勝手が良かったからね。僕の一生大切にしたい技術だ。
というわけで、この魔法陣のプログラムをちょっとイジって仕組みを変えさせてもらった。
まず大きめの紙に魔法陣を作って、それとハイルセンスの魔法陣を繋げれば準備完了だ。
パソコンのようにカチャカチャやって『はい、完了』というわけではないので、やるのはだいぶ面倒だった。
しかも道具も何でもいいわけじゃないからさ、お店で買ったわけなんだけど………出費が………
それでも仕組みの単純さを考えればトントンだな。まぁ簡単だったよ。
仕組みもさる事ながら書き換えるのも楽な事楽な事。
「そうでしたか………さすがアルクリーチャー、と言ったところですかね」
「え?ま、まぁ………それでいいや」
別に地球ならごく当たり前の日常的に起きてる行為なんだよなぁ。
これくらいでそんなに褒められても………まぁこれはありがたく受け取っとくか。
しかしここで問題が発生する。
魔法陣を整えたはいいけど、大前提にここに連れてくるには、そのお手製の魔法陣に来させる必要がある。
つまり周りにバレないようにそこに引きずり込む必要があるわけで。
早い話、どの道領主の館には潜入する必要があったわけだ。
地雷よろしくどこかに仕掛けて踏ませるという案もアリっちゃアリだけど、それが当たる確率は非常に低い。
当然だよなぁ、だって僕達向こうの行動パターン知らないもん。動きも知らずに仕掛けたって無駄骨なだけだ。
下手すればバレて終わる確率の方が高い。そうなったらより面倒な事になる。
となればそこだけは無理矢理引きずりこむ以外のやり方はない。
しかし僕が館に潜入してしまっては、向こうに僕がいるのがバレてしまう。
ただでさえ向こうは僕の事に気がついて警戒してるんだ。忍んで行くにしても無理がある。
となると、消去法で僕達のやれる事は限られてくるわけで………
「ほら、オモト様!何とかなりましたよ!」
「はいはい、分かったから」
そう、ロイゼが魔法陣を持って潜入し、そこにマンドレイクヤヌアリウスを引きずり込んだのだ。
当然僕は反対したよ?
いくらなんでも敵の本拠地に突っ込むのは危険すぎるから、他の方法を考えようとは言ったんだよ。
でも他にいい作戦が思いつかなかったのと、ロイゼが『自分だってそれくらいの事はやります!』というとんでもない熱気を発してた、という事で僕が折れた。
僕が行ければそれがベストなんだけど、僕だと改造人間だからヤツらが気がついてしまう。
これまでだったら上手く虚をついて行けたかもしれないが、今はガッツリ警戒されているからな。下手な動きは取れない。
そこをロイゼに突かれて、僕はもう反論のしようがなかった。
時間をかければもっとちゃとした作戦が立てられたかもしれないんだけど、そんな時間は無かったしさ。
もちろんだからといってロイゼを一人きりで乗り込ませてあとは任せる、なんて事していいはずがない。
僕はこの森の中からずっと館の中を観察していた。だからロイゼや領主の動きなんかも全て見えていた。
それで何かあったらすぐに駆けつけられるようにしておいたんだが、その必要は無かったみたいだな。
それにしてもかなり無理矢理だったよなぁ。下手したら反射的に殺されるかと思った。
マンドレイクヤヌアリウスが適度に緊張を解いていたのと、ヤツの視聴覚能力が僕より低かったおかげでもある。
そう思うと、運が良かったんだな。
こうしてロイゼを適当にあしらってはいるものの、内心はずっとヒヤヒヤしてたし、上手くいって結構安心している。
「というわけだ。ここならあなたを心置きなく倒せる。倒させてもらいますよ」
僕はそう言ってゲワーゲルフを構えた。
ここまで上手くいったんだ。何としてでもヤツを倒さないと。ここで逃したらもうチャンスはない。
僕のことを本部に話したかどうかは分からないけど、知ってる以上放ってはおけない。
それにヤツらはこの街の人間をハイルセンスに送って、改造人間にしようとしている。
それが僕達にも被害を及ぼさないとも限らないわけだし、その根源は極力絶っておきたい。
「なるほど。私達の使っていたものを利用されるとは。虚を突かれましたね」
「いやいや、そんな大した事はありませんよ」
敵の所持品は戦場においての最大の武器である。戦う者の常識だ。
「領主には昨日のような問題はやめろと言われましたが、ここまで来たらそうも言ってられませんね」
そう言うとマンドレイクヤヌアリウスの身体が、ボコボコッと変形していく。
人の姿は一瞬にして消え去り、怪物の姿へと変わっていった。
「多少問題を起こしてでも、あなた方を倒すとしましょうか」
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