第50話 悪寒
「まぁ結論から言うと、領主がそういう輩とつるんでる可能性があるかといえば、あると思うわよ」
マルディアさんはそう言って話を切り出した。その言葉に迷いはなかった。
その姿勢、表情からこういった話し合いに慣れてるんだろうなぁなんて益体の無い事を考えてしまう。
姿勢や表情のブレが少ないんだよなぁ。こういうのは慣れないと身につくものじゃない。
「なるほど、何か後ろ暗い噂でもある、とかですか?」
僕が尋ねると、マルディアさんは自分の前に置かれているお茶を一口飲んだ。それから再び僕達と向かい合う。
「でもある、というよりかはそういうのしか無い、の方が正確かもね」
僕とロイゼはマルディアさんの話を、険しい顔をして聞いていた。
あーそういう感じの貴族かぁ。ある意味分かりやすくで助かるけどさ。
いわゆる悪徳貴族ってヤツでしょ?そんなのが僕の住んでる街を治めてるのか。ちょっと嫌な気分になるな。
まぁあの地図を見た感じ、何かしら関係はあると思っていた。でもまさか直に繋がってる可能性があるとはな。
てっきり領主の知らないところで利用されているとか、領主以外の誰かの手引きと思っていた。
マルディアさんには盗賊とだけ伝えているため、その可能性が正しいものとは言えない。
でも少なくとも僕達はハイルセンスの改造人間をこの街の森で見て、ソイツらは領主邸への地図を持っていた。
そして領主にはそういった裏の組織と関わってもおかしくない噂がある。
ここまで揃っていると、領主がハイルセンスと繋がっているのはほぼ確定だろう。むしろ無関係と証明する方が難しいまである。
ハイルセンスはただ改造人間を作り破壊活動をするだけではない。
それを誰かに売ったらりする事でお金や繋がりを作る。それは大体が貴族や王族などの上流階級の人間だ。
そうする事で世界で活動をしやすくしているわけだ。さらに後ろ盾になってもらったり、時に改造人間の被験体を提供したりしてもらっている。
だからこの街の領主がハイルセンスと繋がっていても、特におかしな事はないんだが。
さすがにこんな身近にハイルセンスと繋がっている人間がいるとはな。ちょっと予想外でビックリしている。
それと同時にそんなヤツが治めている街に今までいたのかと思い、ゾッと背中に悪寒が走った。
遠いからという何の考えもなく来てしまったが、僕はどうやら来てはいけない所に来てしまったようだ。
よくこれまで僕の情報が向こうに渡らなかったものだ。いつバレてもおかしくなかったからな。
……………いや、もしかしてこの前ガーゴイルアンブロジウスがこの街に来たのってそれが原因か?
ずっと気になっていた。何でガーゴイルアンブロジウスはこの街にやってきたのか?
普通に考えていくらハイルセンスとはいえ、あの期間で僕の潜伏先がこの街だとピンポイントで探し当てるのは、無理とは言わないけど至難の技だ。
僕は一応追ってきた改造人間も監視してそうなものも全て壊してきた。僕を見ていたものはほとんど無かったはずだ。
その上でとにかく遠くを目指してやって来たわけだ。よく考えたら居場所を特定されるような要素はどこにもない。
もしかしてあの時も領主経由で僕の情報が流れていたとか?
僕が来たというピンポイントな情報で無くても、あの時僕の逃げ出したタイミングで、この街に誰か不思議なヤツが来たってだけでも、ハイルセンスにとってはいい情報なわけだし。
一応ハイルセンスの目はそれなりに気にしていたけど、それ以外の人間に関してはあんまり気を配れていなかった。というかそれどころじゃなかった。
領主の手先とかが僕を見かけて報告したとかあってもおかしくないんだよなぁ。あの時の僕結構変わった格好してたし。
まさかハイルセンスの改造人間が既に潜伏先しているような街だとは思っていなかった。しまった、抜かったなぁ。
それならガーゴイルアンブロジウス達が僕のことを狙って尾けてきたのも納得出来る。
おいおい、もしそうなら僕って結構ヤバい状況に陥ってた事になってないか?いや、こうしている間も陥ってると言っていいか。
今さらになって結構面倒な事になってると分かった僕は、ちょっと焦りを感じていた。
ガーゴイルアンブロジウスの一件の後、この街では常に改造人間の気配に気を配っていた。
だから大丈夫かなぁと思っていたんだけど、まさかこんな落とし穴があったとは。
そりゃそうだよな。ハイルセンスだって僕が気配を感じている事くらい想定出来ているはずだ。
それなら人間を使おうというのも当然の判断だろう。普通そうするか。
というかそれも上流階級の人間と関係を持とうとする理由の一つかもしれない。
人を操れる立場の人間に取り入れれば、そういう事は簡単に出来るからな。
しかしこれは早急に対策しないといけないな。この事件の解決もこのための一つだ。
この事件、やっぱり僕とロイゼで何とかするべきだな。状況次第では領主共々。
今回だけのその場凌ぎのためではない、これからのためにも潰しておくべきか。
「それで、その噂ってヤツですが具体的にどんなのがあるんですか?」
悪行をしているにしてもその程度は知っておきたいな。仮にハイルセンスが協力してるとなると、その辺も大事な判断材料になる。
「そうね、そもそもあなた達はこの街の領主についてどれくらい知っているのかしら?」
「全く知りませんね。だから一気に聞こうと思ってきたんですよ」
僕達は領主なる人物がいるのは知っているけど、それ以外の名前や人物像に関しては全く知らない。
だから領主の事をそれなりに知ってそうなマルディアさんの所に来たのだ。
「まぁこれはあくまで噂だし確かなものとは言えないけど、それでいいなら」
「構いませんよ。たぶん正しいと思いますし」
情報が命の商人から得られるものだ。信用していいと思うんだよな。
しかもマルディアさんはこの街に拠点を置いている。この街の情報なら正確且つ大量に持ってそうだし、その際頼らせてもらおう。
「ふふ、ありがとう。それじゃあ教えるけど、そんなに珍しいものでもないわ。贈収賄とか街の女性に手を出したりとか。それこそ今回みたいに盗賊とか私兵団を使って盗みをさせたりとか。まぁこれでもほんの一部よ」
うわぁ、思った通りヤバい人ってわけだ。というか前者二つはまだしも、後者はよくやろうと思ったな。
話によると盗賊なんかを使って交易商から盗みを働かせているらしい。そして盗んだ金でウハウハだとか。とんだクズだな。
「結構やりたい放題やってるんですね」
「まぁね。でも周りの貴族も怪しんではいるし、何とかしようとしている者もいるにはいるのよ。それでもこの状況」
なんでも中々証拠が掴めず、何とかしたくても出来ないんだとさ。
やりたい放題なのは大体予想がついている。でも証拠が無ければどうしようもないって事か。
しかもタチの悪い事にこの悪行にあやかっている人も少なくなくて、それによって色々な面から助けられてしまっている。
ハイルセンスもその一つって事なのかな?もしくはハイルセンスがその全てを担っているのか。いや、そこまでするか?
とにかくそんな状況だから思うようにいかないって事なんだろう。面倒な話だな。
「それじゃあ僕達の話を世間に広めたところであんまり意味はなさそうですね」
「そうかもね。むしろそれを逆手に取られて君達が訴えられるかもしれないわ。名誉毀損とかで」
まぁそうなるよなぁ。もっともハイルセンスが絡んでいる以上そんなガサツな真似はするつもりなかったけど。
しかしそうなるとこっちから動くのって結構難しくないか?
向こうがまだ僕のことを正確に把握してないからいいけど、下手に動けば一気に終わるな。
色んな意味で向こうの方が強いからな。分かってはいたけど、やれる事が限られてくる。
「この店には来たことあるんですよね。どんな人だと思いましたか?」
「どんなって………まぁ主に性奴隷の子を見てたから用途は何となく察したけどね。少なくとも君みたいな感じではないのは確かかな」
僕みたいじゃないってどういう意味だ?奴隷を買ったという意味では同じにはずなんだけど。
「しかもウチに来るたびに買った奴隷をまた売ってくるのよ。それで新しい奴隷を買っていくの。もっとも全部返されるわけではないけど」
そう言ってマルディアさんは少しだけ表情を暗くした。
何でもボロボロの状態で売られたそうだ。とても扱いがいいとは言えなさそうだった。
いくらそういう目的で売られているとはいえ、それなりに扱いってものがある。
というか性奴隷買って、さらに街の女性にも手を出しているのか。さすがに引くなぁ。
僕も褒められた人生を送ってきた方ではないけど、ちょっとこれは………
「ウチとしてはそれで利益を得たから何も言わないんだけどね。正直買われた子がどうなるかは気にしちゃうわ」
そりゃそうだろうよ。絶対まともな扱いしてるわけないもんな。
マルディアさんの話を聞いて、僕は隣にいるロイゼを見た。
僕はそんな風にはならない。ちゃんとロイゼを大切にしてあげよう。
そんな事をぼんやりと考えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




