第45話 視聴覚
僕とロイゼは目の前の冒険者達を木の影からジッと見ていた。いや、冒険者風の人達というべきか。
一見すればただの冒険者でしかない。しかしその中身は冒険者ではない。何なら人間ですらない。
彼らは全員がハイルセンスの改造人間だ。個々が人間ならざる力を持っている。
そんな彼らをたまたま発見した僕とロイゼは彼らを追う事になってしまったわけだ。
この前僕のことを狙ってきた改造人間がいたから、てっきり寝られた?
冒険者たち、もといハイルセンスの改造人間達は辺りを見渡しながら何かを話し合っているようにも見える。
手に持っているのは………地図、かな。この街のものだろうか。
となるとやはり目的は誰か個人というよりかは、この街全体ってところだな。
「あれってこの街の地図、ですかね?何かを記しているように見えますが」
僕の隣で僕の能力で透明化したロイゼが聞いてきた。たしかにここから見ただけでもそれが地図なのは分かる。
何やら道のようなものが描かれているし、まさか森の中で他所の街の地図広げるなんて事もないはずだからな。
ただここからだとはっきりとは見えないんだよな。ちょっと視聴覚を強化するか。
僕は目と耳に意識を集中させて、感覚を研ぎ澄ます。グッと視界が広がり耳に入ってくる音が大きくなる。これも僕の能力の一つだ。
あれは………地図にいくつか印が書いてある。何かの目印なんだろうけど、何なんだ?
どこか行動を起こす場所、って感じかな?とりあえず場所を暗記しておくか。
印は全部で八つ。街を囲むようにして等間隔で記してある。そこに軍を配置して、周りからこの街を攻めるとか?
いや、それならもうちょっと立地のいい場所があったはずだ。
その辺をロイゼに伝えると、彼女は首を傾げて考え込んだ。
「それだけだと何ともいえませんね。会話の内容とか分かったりしませんか?」
「分かった、やってみよう」
それなら次はアイツらの会話の内容を聞いてみるかな。ここまで人がいないなら計画の内容とか話しているだろうし。
僕は改造人間達の会話に集中する。
『この辺には強いモンスターが多くいるようだぞ』
『あぁ、まだ動けるしもうちょっと手を広げてみるか』
あれ?話している内容は割と普通に冒険者っぽい。何でだ?計画の話とかしてないの?
聞き落としでもあったのかと思い、もう一度よく聴いてみるがやっぱり普通だ。
「普通に冒険者みたいな話しかして無いな」
「え?でも改造人間なんですよね?」
ロイゼが不思議そうに聞いてきた。それは間違いない。今でも僕の感覚は彼らが改造人間だと伝えてきているのだから。
「万が一周りにいる人に訊かれないようにしているのではないですか?暗号みたいな感じで」
「訊かれないように、ねぇ。…………って、あぁ、そういう事か」
アイツらのやっている事に気がついた僕は、聴覚を強化したまま別の感覚も鋭くする。
僕はそのまま改造人間達に意識を集中させる。上手くいくかなぁ………。
しばらく僕は目を閉じて集中していたが、やがて力を抜いて息を吐いた。
「どうでしたか?」
「ダメだ、悪いけど向こうの会話は聞けない。アイツら念話で話してるんだもん」
つまり万が一周りに見られても誤魔化せるように、普通の会話をして誤魔化しているのだ。
その上で念話で話してるんだな。改造人間ならそれは可能だ。
「その念話を聞く事って出来ないんですか?」
「出来なくはないよ、僕も改造人間だし。ただそれをやっちゃうと向こうに僕達の事がバレる」
これに関してはどうしようもないかなぁ。
念話ってのは話したいヤツが話したいヤツと繋がる事によって可能になる事だ。
だから僕もあの改造人間達に思念を飛ばせば、僕も話を聞けなくはない。
それに割り込むって事は、いわば誰かの作ったグループチャットに割り込むようなもの。それをやると僕が割り込んだ事は記録され確実にバレる。
というかむしろ改造人間達の間では、そうやって相手に無事を確認させたり救難信号を発したりすることにも使われている。
だからこれで居場所が割れるのもある意味当たり前というわけだ。
そんなわけで出来なくはないけどやるべきではない。向こうの戦力も分からない以上迂闊な真似はできない。
ちなみにゴースト系の改造人間の場合は、持ち前の能力で脳に干渉することが出来る。
だからこっそりと念話に割り込む事も出来たりするんだがなぁ。生憎僕は生物系の改造人間だ。
とにかく今は戦闘は極力避けて、情報だけを集めたいんだよなぁ。一応ロイゼもいる事だし。
本人はやる気満々みたいだけど、そこまで突っ走るのはちょっとなぁ。
この分だとそれはちょっと難しいだろう。ここから向こうが何か動いてくれれば、それを察して分かる事もあるんだけど。
「となるとこれ以上情報を集めるのは難しいですか?」
「そうだな。これ以上は無理かも」
向こうがここまで警戒しているとなると、これ以上探ってもあまり成果は得られないだろうし、むしろ見つかるリスクが高くなる。
今は僕の能力で何とかなってるけど、向こうがどんなヤツらなのか分からない以上僕の能力が破られる可能性もなくは無い。
ハイルセンスというのは常に技術の最先端を行く者達だからな。いくら潜伏能力が高くても、それは過去の話になっているかもしれない。
「一旦街に戻ろう。このままいても危険だ」
「それはそうかもしれませんけど………あの改造人間達はどうするんですか?」
ロイゼが話し合っている改造人間達を指差しながら聞いてきた。
「放っておいていいと思うよ。今特に目立った悪さしてるわけじゃないし」
今すぐ実害があるならここで対処しておきたいけど、そうでないなら今は無視でいいだろう。
「しかしこのままでは被害が出るかもしれませんよ?それに一度目を離したらどこに行くかだって分からなくなってしまいます」
「いや、その辺は問題無いと思うよ」
これはあくまで僕の予想だけど、アイツらの計画はあの地図に描いてある所全てを巡ってから始まるんじゃないかな?
そしてアイツらは人間に擬態してこの街に潜入してきた。つまりこの街の城門から入ってきた可能性が高い。
どのタイプの改造人間かは知らないけど、能力使えばもうちょっと早く計画を進められるはずだからな。
となると普通は城門から近い方の場所から巡り始めるはずだ。そしてその一番近いのがここである。
それに何より僕はついさっきまで改造人間の気配はしていなかった。
僕はこの前のガーゴイルアンブロジウスの一件以来、常にこの街に改造人間がいないかを感知能力で確認している。
さっきまでそれに反応が無かったという事は間違いないだろう。
以上の事からアイツらはこの街に来て間もないんじゃないかなって思う。
それなら今から一度戻って態勢を立て直してからでも、充分計画を防げる可能性はある。
もちろんそうでない可能性もあり得るが、だからといって無理をしても仕方ないだろう。
それでアイツらを止められるとは思わないし、そんな得のない事はしたくない。
それに地図に描いてある印に行けば、アイツらを見失う可能性は無さそうだしな。今危険を冒してまでもアイツらを追跡する必要はないだろう。
というか僕の視聴覚強化能力を使えば、この街全体の情報を集める事くらい簡単に出来る。というか改造人間を感知するためにいつもやってる事だ。
「とにかく今このままで立ち向かっても勝ち目はない。何せ情報が少なすぎるからな」
それなら一旦街に戻って、色々と準備をしておいた方がいいだろう。もしかしたら街で情報収集とかも出来るかもしれないからな。
それにアイツらが行きそうな場所をある程度分かっていれば、回り道をしてこっちから仕掛ける事も出来るはずだ。
まぁそれも向こうの計画や戦力を知らない事には無理なんだけどさ。それはこれからやっていくか。
って、結局これは僕達がガッツリ関わる事になるんだな。また面倒事の予感しかしないんだが。
今も一応戦う事も想定して来てはいるけど、出来れば勝算が高い時を狙って仕掛けたいものだ。
「分かりました。それでしたら一旦宿に戻って……」
と、途中まで言いかけたロイゼがジーっと改造人間達の持っている地図に目を凝らしている。
「どうかしたか?」
「いえ………あの地図、周り以外にも何か印が描かれているような……」
他にも印が?僕はもう一度視聴覚を強化する。
えっと…………うわっ、本当だ。薄い線で何か描かれてるよ。間近で見ても他の線と混じってて見にくい。
「よく見えたな」
「微妙に他の線と色が違っていたので」
ある意味コイツ連れて来て正解だったか。天然でこの感覚は貴重だな。
「何かの道の案内みたいだな。街の外に繋がっているから、脱出ルートってところだろ」
「彼らのですか?騒ぎが終わった後なら、普通に改造人間としての能力で何とかなりそうですけど」
たしかにそうだな。騒ぎに便乗する方がアイツらにとっては楽なはずだ。
というかそもそもこのルートはどこから始まってるんだ?僕は描いてある道を追いかける。
こ、これは…………
「どうですか?何か分かりましたか?」
「これは間違いなく脱出ルートだな。それも………この街の領主の館からのだ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。




