第42話 お散歩
それからロイゼは自分が買われてからの事を少しずつ話し始めた。
といってもさすがに彼が改造人間だったとか、ハイルセンスとかいう組織があるとかは言っていいわけないので黙っておいたが。
ハイルセンスの事は話してもいいのではと思ってはいたが、万年青曰く『世間に知らせるべき情報ではある。ただ今の僕達だけでその存在を示すのは危険すぎる』だそうだ。
ロイゼ達が世間にハイルセンスの存在を知らしめるためには、その証拠が必要だ。
ロイゼ達が持っている証拠、その最たるものは間違いなく万年青だ。
彼の身体そのものがハイルセンス、大きな闇組織の存在を証明するには充分だろう。
ただそれは同時に『そのレベルの危険な生命体が、この街に潜伏していた』という事になってしまう。
そうなってしまえばロイゼ達は住む場所を追い出され、この街にもいれられなくなる。他所の街も受け入れてくれるかどうか。
社会の闇を世間に晒すのはもちろん大切なことだ。ただそれと同じくらいに僕達の生活は守らないといけない。
何のコネも信用もない冒険者と奴隷。そんなヤツらが何を言っても人に安心してもらえるわけがない。
下手に恐怖心を煽るだけになってしまうと、逆にハイルセンスにそこを突かれる可能性もある。
悔しいけど、今はこの存在を隠しておく必要がある。自分達の生活のためにも。
だからハイルセンスの事は誰にも話していないし、話してはいけない。
というわけでその辺は省いてこれまでの事を話す。
万年青が自分のためにどんな事をしてくれたのか、そしてロイゼが今は何をしているのか?
マルディアはそれを興味深そうに聞いていた。これからの商売に使えそうな話だ。聞いておきたいのだろう。
ただ正直これが商売に発展出来るかと言われると、少し難しいのではないかとロイゼは思う。
万年青の対応はかなり珍しい。奴隷に対してあんなに優しい人間などあまりいない。
本来奴隷は主人が仕事だったり欲望だったりを押し付けるための物だ。
それに優しさをかける人間がそんなにいるわけがない。そう考えるといえば自分はかなりの幸せ者だな、とロイゼは笑った。
マルディアは最後まで話を聞くと、フッと一息ついた。
「なるほどねぇ。ウチに来た時から変わった子だとは思ってたけど、まさかそこまでとは」
今日ロイゼに会った時は色々と変わっていてビックリしたが、こうやって話を聞いてみると色々と納得が出来る。
万年青はロイゼを奴隷としてではなく、一人のパーティーメンバーとして迎えているのだ。
たしかにロイゼを買った時に『パーティーメンバーが欲しいから』とは言ってたけど、まさか待遇まてそれに合わせるとは。
しかもそれを話してる時のロイゼの表情が、それはそれは嬉しそうだった。昔のロイゼはこんな表情一瞬ですら見せた事は無い。
それだけで彼女がいかに万年青との生活を楽しんでいるかがよく分かる。
マルディアが見た感じ、万年青はあまり人とのコミュニケーションに長けていないようだった。
だからただでさえ心と体に傷を負ったロイゼを彼が買って大丈夫か。正直その心配はあった。
しかし今目の前にいるロイゼはどうだ。これまでの事を嬉しそうに話してくれている。昔は目を合わせるだけでも一苦労だったというのに。
そもそも冒険者に買われて、ここまで幸せそうな奴隷というのも珍しい。
さっきの話と被るが、奴隷は主人の仕事や欲望を押しつけられる存在だ。
冒険者の場合は重い荷物を無理矢理持たされたり、しの経験値稼ぎのための身代わりにされたりなどが当たり前にある。
それでいてそれが報われる時が来るのかと言われれば怪しい。
これが貴族なら、まだ可能性はあったのかもしれない。主人に気に入られればいい待遇が待っている。
しかしその日稼ぎの冒険者にそんな事は期待出来ない。女性の奴隷なら慰み者といて使い捨てられるのが関の山だ。
もちろん奴隷の中にはそれでもいいという者もいる。そういう奴隷は幸せなのだろう。
でもロイゼは少し違った。奴隷としての幸せではない、普通の人としての幸せを感じている。
「あの人、私のことを縛りつけようとはしないんですよ。それどころかいつも色んなことに挑戦させてくれるんです」
「挑戦、ねぇ。………まさか奴隷からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったわ」
ロイゼの嬉しそうな言葉にマルディアは肩をすくめた。
ロイゼが楽しそうに暮らしている。おそらくその大きな要因となっているのは拘束の無さだ。
奴隷は首輪などをしている事から分かるように、とにかく拘束される事が多い。
それは奴隷としてのマナーやルールはもちろんだが、主人からの個人的な命令などもある。
中には納得出来ないような理由で体や心に傷を負う奴隷も少なくはない。
奴隷なんだし自由が無くて当たり前と言われればそれまでだが、頭では分かってても心で納得出来ない事はある。
でも万年青は違う。理不尽な命令、というか命令は絶対しない。
何かを頼む時にはちゃんとロイゼの意向を確認してから決めてくれる。
クエストの時もどう動くかは自分で決めさせてくれた。おかげでロイゼは自分の得意なやり方で戦う事ができる。
そしてクエストが終われば今日の自分の出来栄えを客観的に教えてくれて、いいトレーニングなども教えてくれる。
それも決して押し付けるのでは無く、あくまで大雑把に選択の幅を示してくれる。
それから今いる市場に連れて行って、色んなものを見せてくれる。ロイゼはその中で面白そうなものをたくさん見てきた。興味のあるものもある。
「彼、結構放任主義なのかしら?」
「放任………というよりも、何か命令するのを嫌がっているように思います」
彼は元々人付き合いが得意な方では無いし、良くも悪くもマイペースだ。
それなら普通はロイゼなんて気にせず、命令するなり、勝手に進めてしまうなりしてしまえばいい。
でもそうしないのは、それを上回るほど人を拘束して強制をするのが嫌なのではないだろうか。
もっとも、これは数ヶ月一緒に暮らしたロイゼの予想でしかないが。
「なんか、よく分からない子よねぇ。感情とか素性とか行動も」
そういえばロイゼも万年青がどこの出身なのか知らない。
改造人間と言うのなら昔は人間、つまり出身地はあるはずだ。
まぁ奴隷が主人の個人情報に踏み込むなんて失礼以上の何物でもないので、ロイゼは決して聞いたりはしないが。
「そういえば会った時から思ってたんだけど、ロイゼ前は布被ってなかった?もういいの?」
万年青に買われて間もない頃のロイゼは、自分が周りから目立ってしまう事に怯えていた。
人間の街にダークエルフの奴隷がいるのだ。目立った当然といえば当然だが。
しかし昔のロイゼにはその視線は恐怖でしかなかった。人と目が合うだけで何かされるのではないか、そんな事が頭をよぎっていた。
そしてロイゼはずっと自分の容姿が嫌だった。
ダークエルフというだけで、この見た目のせいで周りから迫害されて、前の主人にはいつも痛めつけられていた。
それに奴隷の象徴でもある首輪はロイゼの身体だけでなく、心も縛っていた。
奴隷として周りから見られるたびに心の中で言葉で言い表せないような恐怖が湧き出てくる。
自分がそんな嫌われている容姿をして、奴隷であると思うだけで苦しくなる。自分がこんなで無ければと思ったのも一度や二度じゃない。
そんなロイゼを気遣ってか、万年青はロイゼに白い布を与えていた。
これを被れば自分の容姿をある程度隠せるし、何より周りからの視線が入ってこない。
それでも怖かったが、気休めとしてはとてもありがたかった。
しかし今はその布は被っていない。褐色の肌を普通に晒している。
もちろん周りからは目立つし、ここに来るまでに多くの人に見られた。
それでもロイゼは平気な顔をしている。
「はい。今の私をいいと言ってくれて、受け入れてくれる人がいるんです。その人がいいと言っているなら、私はそれでいいんです」
そう言うロイゼの口元が自然と綻ぶ。もちろん頭に浮かんでいるのは今の主人だ。
彼はロイゼを見た目や立場で差別したりしない。
ちゃんと成果を出せばどんな事でも褒めてくれるし、見下ろしたりせずに目を合わせて話してくれる。
夜になってネグリジェに着替えると、たまに目を逸らしてしまうが、それ以外では当たり前のように人として接してくれる。
それが自分の上達を実感できてロイゼにはとても嬉しかった。これからも頑張ろうと思える。
「そっかぁ………彼の事、大好きなんだね」
「はい、私あの人に買っていただいてとても………」
そこまで言ったところで、ロイゼは自分の言った事に気がついたのか言葉が詰まり、褐色の顔が目に見えて赤くなった。
「あ、あのッ、す、好きっていうのは!………その、そ、そういう意味じゃなくてッ!その………ご、ご主人様としてッ、す、好きという意味で、その……」
すごい勢いで捲し立ててくるロイゼに、マルディアは思わずプッと吹いてしまう。何とも分かりやすい反応だ。
「はいはい、それじゃあそろそろその大好きなご主人様の所に戻ったら?」
「はうぅ〜〜…………は、はい………」
ロイゼは顔を赤くしたまま頭を下げて、マルディアの元を去っていった。
顔の熱が引かないまま宿に戻ったロイゼが部屋に入ると、そこには万年青がベッドでお昼寝していた。
「あ、そういえば結局やりたい事見つからなかったですね」
そこまできてロイゼはようやく今回自分が何もできてない事に気がついた。
そう思って、ロイゼは今日のことを思い出した。
マルディアと会うまで、ロイゼは街を歩いていた。面白いものがたくさんあって、見ていてとても楽しかった。
街のお散歩。それが趣味というのも悪くないかもしれない。
でももう一つお願い出来るのなら………
ロイゼは万年青の寝ているベッドの近くに座ると、彼の前髪を掻き分けてあげた。万年青の寝顔が目の前にやってくる。
「あなたと、一緒に行きたいなぁ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。




