第41話 斜め上
「マルディアさん、お久しぶりです」
ロイゼは目の前に現れたマルディアに丁寧にお辞儀をした。
そういえばここは奴隷商館の目の前だった。おそらく見回りでもしていたのだろう?
一時的とはいえ商館でお世話になった人だ。ちゃんと礼儀を示さないと。
マルディアはいつもの扇情的なドレスを着ていて、女性のロイゼですら惹き寄せるような美しさがあった。驚いている表情も綺麗だ。
マルディアは奴隷商人の中でも人道的な人で、人を怖がって心を開かなかったロイゼにも優しくしてくれた。
ここだけの話だが、万年青と出会うまではロイゼはずっと商館にいてもいいとすら思っていた。
そんなマルディアはポカンとした表情でロイゼを見ていた。
「えっと……久しぶり、じゃなくて、え?ロイゼ一人でこんな所で何してるの?」
それからマルディアはロイゼをジッと見た。腰に提げられた剣、懐から見えるお財布の膨らみ、そして本来奴隷が着ないような衣服。
それらとマルディアの経験から導き出される答えは一つだ。
「まさかアンタ、彼の元から逃げ出してきて………」
「ち、違います!誤解です‼︎」
ロイゼは勢いよく首を横に振って弁解した。
ただロイゼ自身もそう見られても仕方ないとは思ってはいた。こんなことしてる奴隷は見たことない。
ロイゼは何でここにいるのかをマルディアにかいつまんで説明した。
マルディアは最初は信じられないような顔をしていたが、ロイゼの性格を知っているからか次第に信じてくれた。
「へぇ、そんな事がねぇ。変わった子だとは思ってたけど、まさか奴隷に趣味を探させるとは………予想の斜め上を行く子ね」
「あはは………ですよね」
マルディアの褒めたのかどうかよく分からない言葉に、ロイゼは苦笑いする。
基本的に奴隷に趣味なんて必要ない、というかそんなもの満喫している暇なんてない。
しかし万年青はそういう時間をちゃんと作ろうとしてくれた。
自分の物として扱うのではなく、ちゃんとロイゼを一個人として接している証拠だ。
しかも自分はついてた行かずに、全てを奴隷本人に任せて一人で行かせるなんて。
これがロイゼではない、別の奴隷だったなら逃げ出す事もあり得ただろう。
「それで何か見つけるために市場に来たんだ。たしかにここなら色んなものあるものね。そのためにお小遣いくれたの?」
マルディアはロイゼの懐の膨らみを見て言った。
「え?あぁこれはオモト様がいつもクエストの時にくださるお金ですよ。今日のためというわけではありません」
「へぇ…………ん?ちょっと待って。もしかしてクエストの報酬割り勘してるの?」
「はい、やっぱり変わってますよね」
ロイゼが苦笑いしている中でマルディアは呆然としていた。
マルディアもこれまでたくさんの奴隷の主人を見てきた。
中にはお遣いなどでお金を渡すような主人がいた。それは当然のことだ。
ただ奴隷にポケットマネーをいつも持たせてる主人は見たことがない。
しかもロイゼの話では、報酬はキッカリ二等分してるという話だ。せめて主人の方が多いくらいだと思っていた。
「それでその剣は?」
「あぁ、誰かに襲われる可能性もあるから持っておけと言われまして」
「………………」
マルディアは元々感情を面に出すタイプではないが、これに関しては驚きを隠せない。
奴隷に武器とお金を持たせて一人で出掛けさせるなんて『逃げてください』と言っているようなものだ。普通の奴隷なら間違いなく逃げ出しているだろう。
剣で何とか首輪を壊して、お金で馬車にでも乗ってしまえばもうどうしようもない。今のロイゼはそれをやろうと思えば出来てしまう。
「あの子さ、君のことどうでもいいと思ってるんじゃないの?」
「さぁ、どうなんでしょうか?」
ロイゼは首を傾げた。ハタから見たらたしかにそう見えてもおかしくない。
でも本当にどうでもいいと思っているなら、そもそも色んなものを買い与えたりはしないだろう。
それに今のロイゼには商館にいた頃にあった傷は一つもついていない。全て万年青が薬を塗ってくれたおかげだ。
こうやって放任している割には、甲斐甲斐しくロイゼの面倒は見てくれる。とても奴隷を扱う人の対応じゃない。
ロイゼには伝わっていなかったが、万年青とてロイゼにいなくなって欲しいわけではない。むしろいて欲しいとすら思っている。
しかしそれ以上にロイゼの意思を尊重してあげたいのだ。
だからロイゼが逃げるようなことがあっても、それを止めるような動きはない。逃げたらそれがロイゼの意思だと割り切っているのだ。
ちゃんとロイゼが自分の意思を示せるような場を整えつつ、ロイゼの意見にあまり口出しすることはない。
その姿勢が控えめな性格のロイゼとはちょうどいいバランスを保っていた。
元々彼は自分がコミュニケーションに向いてない事を自覚している。人で話すのが得意ではない。
だから下手なことを言って彼女を束縛してしまうよりも、彼女の意思を示しやすいようにしてしまった方がいいと思ったのだ。
「そういえば、私がオマケしておいた寝着はどう?使ってくれてる?」
「はい、おかげさまでいつも助かっています」
マルディアが言っているのは、ロイゼがいつも使っているあのネグリジェの事だ。ロイゼが買われる時に渡されたものだ。
本来ならお金を取って売るはずのこの商品。マルディアはオマケとしてタダでくれていた。
理由は簡単で、これを着たロイゼに対して万年青がどんな反応をするのか知りたかったから。言ってみればイタズラ半分だ。
商人としてそれはどうなんだと言われそうだが、マルディアは元からこういう性格なのだ。今さら直せと言われて出来るわけがない。
それに奴隷商人としてそれなりに名の売れているマルディアにとって、それくらいのオマケはなんて事ない。
そんな事を全く知らないロイゼは、マルディアと万年青の間で何かやりとりがあって渡されたものではと思っていた。
とりあえず自分が使うものだと言われて渡されたので、ロイゼはこれまで使っていた。
少し布面積が心許ないが、女性の奴隷の衣服なんてそんなものばっかりだ。その辺は諦めている。
ロイゼとて恥ずかしいには恥ずかしいが、見ている人は万年青だけだ。それなら………と割り切っている。
「そう、それはよかったわ。それなら夜の方もちゃんと楽しめているのね」
マルディアはニヤニヤと笑いながら言った。
奴隷商人が買われた後の奴隷や、その主人のことをあれこれ詮索するのは一応マナー違反となっている。
ただマルディアはこれまでの話を聞いて、この二人の関係に少しずつ興味が湧いてきた。
でもそんな事を一々気にするロイゼでも無いし、特に嫌そうな顔は見せない。
「えっと………一応言っておきますけど………楽しむとか以前に………まだ手を出されてないですよ」
ロイゼは恥ずかしそうに身を縮めさせて言った。
「へぇ、そうなんだ………………………………………
…って、え?」
マルディアは思わず口を開けたまま固まってしまった。彼女にしては珍しい表情だ。
「え、買われてから一度もそういう事してないの?」
「は、はい………」
ロイゼは顔を赤くさせて答えた。そのウブな反応だけでロイゼの言葉が真実であると判断するには充分だった。
もはやマルディアは開いた口が塞がらない。こんな主人見たことなかったからだ。
ロイゼが万年青に買われてから一カ月以上が過ぎている。だから一応性奴隷としても売られていたロイゼはもうとっくにお手つけになったのかと思っていた。
たしかに奴隷を買ってすぐには手を出さない人はいる。でも、そんなのもってせいぜい一週間だ。ある程度自分に慣れてから手を出すのだ。
そもそもそういう事のために性奴隷を飼っているわけだから、それ自体はとても自然な事だ。むしろそうでなければ買った意味がない。
戦闘用としても売っていたとはいえ、ロイゼは綺麗でスタイルもいい。いつ手を出されても不思議ではない。
しかもこれまでそういう事を体験した事はない。性奴隷としてここまで価値のある人はなかなか見かけない。
一瞬マルディアは万年青は亜人差別主義者かな?と思ったが、すぐにそれを否定する。
初めてロイゼと会った時、マルディアも近くで彼らを見ていた。
万年青は間違いなくロイゼに見惚れていた。その上で彼女にはとても優しく接している。
そんな彼が亜人差別主義者なわけがない。あれを演技でやるのは難しいだろう。
これはもうちょっと詳しく聞かないとかも。
そう思ったマルディアは店の中に入ると、すぐに戻ってきた。手には小さめの椅子を二脚持っている。
「はい、座って。もうちょっと君達のこと色々と聞かせてよ」
これは結構珍しい、というか見たことのないパターンの主人が出てきた。これからのためにも色々と聞いておきたい。
「え?は、はぁ………失礼、します」
いきなりの事に戸惑ったが、ロイゼは出された椅子に座った。
「それで、これまでどんなことがあったの?」
マルディアに聞かれたロイゼは、困惑しながらもゆっくりと話し始めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




