第40話 市場
オモトに礼をして部屋を出たロイゼは、そのまま一階へと降りて宿を出た。
そうして光輝く日光の下に姿を晒すと、そこで足を止めてしまった。
「こ、これからどうしましょう………」
ロイゼはソワソワしながら呟いた。ロイゼは今とても困惑していた。
ついさっきロイゼの趣味について主人である魑魅 万年青と話していた。
そして仕事以外の趣味を何か見つけてきなよと言われて、こうやって一人で外出することになったわけだ。
しかしこうやって外に出たのはいいけど、これからどうするかと考えた時にロイゼは戸惑ってしまった。自分が何をすればいいのか分からなくだったのだ。
これまでは何をするにしても近くにオモトがいた。だから何をするにしても主人であるオモトのために出来る事を全力でやろうと思っていた。
自主的に行なっている剣の稽古だって、クエストやこれからあるであろうハイルセンスとの戦いで彼の足を引っ張らない、力になりたいと思ったからだ。
彼のために自分の出来る精一杯を尽くそうとして、日々どうするべきか考えている。
少しでも彼の力になろうと色んなことを手伝ったり代わりにやっていたりした。
しかしそれを逆に心配されてしまい、こうやって送り出されたわけだ。
それに対して申し訳ないという気持ちもありながら、それ以上に今から何をすればいいのか分からない。
今ロイゼがやろうとしている事は、他の誰でも無い自分のための行為だ。これはロイゼにとってすごく久しぶりのことだった。
奴隷になる前の子供の頃は、それでも自由気ままに森の中を走ったり、友達と遊んだり父親と一緒に訓練したり。
でも奴隷になってからは当然そんなことは出来なくなり、それと同時にそういった感覚も無くなっていった。
それにそれらは全て誰かと一緒であることがほとんどだった。
ただでさえモンスターが蔓延っていて危険なモンスターがたくさん出る森に住んでいるのだから、
そんな森の中で子供一人が色々と勝手にしてわけもなく。常に誰かと一緒だった。
そうなるとやはり自分のことより相手のことを考えて行動する。それがロイゼにとっての日常だった。
しかし奴隷になってからはそうやって考えることも無くさなっていた。ただ向こうの意思に従うだけだ。
毎日ただ殴られるだけの生活に何を考えれば良かったのだろうか。
それからオモトに買われて色々あって、少しずつ昔の感覚、奴隷になったことで落としそうになっていたものを拾えてきた。
それからロイゼは少しずつであったが、自分の意思で色々やってみようと思ったのだ。
自分の大切な主人であるオモトのために、今自分の出来る全力を尽くそうと決めていた。そしてそれが苦だと思った事は一度も無い。
しかしまさかこんな事になるとは。それでもこれが彼なりの気遣いなのはロイゼも分かっていた。
たしかにロイゼは、自分のことをしっかりと考えた時間というのは結構少ない、ほとんど無いと思う。
そんな時間があるなら、その時間を少しでも自分の力を高めるために使おうとしていた。彼の力になりたい。それだけを考えて。
だからこうやって一人で外出するというのは、ほとんど初めてだと思っていい。
それもお使いとかではなく、自分のための外出だ。いつも主人のためになる事を考えているロイゼには結構難しいことだ。
「と、とりあえず市場に行きますか。何か面白そうなものがあるかもしれません」
ロイゼはゆっくりと街の方へと歩き出した。しかしどうしても後ろ髪を引かれてしまう。
ロイゼはふと宿の方を振り向いて自分達の部屋を見た。
しかし頭をブンブンと振って思考を変えると、市場に向かって歩き始めた。
でもいくら前を向こうとしても、どうしても彼のことが気になってしまう。
誰かのためではなく自分のためにどうするべきか。それが全く思い浮かばない。
代わりに浮かんでくるのは自分の主人のことだけだ。
風邪ひかないように寝てるかなとか、ちゃんと物の整頓してるかなとか、何でこういう事言ってくれたのかなとか。
自分のいないところで彼に何かあったらと思うと気が気じゃない。
そしてそれ以上に今苦しんでいないかな、と。
出会った最初の頃はここまで一緒にいて頼れる人はいないと思っていた。今でもそれは変わらない。
ちょっと、いやかなりの変わり者だとは思う。あんまり人付き合いも得意じゃなさそうだし。
それでも色んな知識を持っていて、クエストでもちゃんとロイゼの得意なところを生かした作戦を立ててくれる。とても賢い人だと思う。
それに自分に優しくしてくれてすごい気にかけてくれているし、奴隷の自分には本来与えられないはずの自由を与えてくれた。
しかし今はそれと同時に彼も一人の人間なんだと感じるようになった。
それはこの前のハイルセンスの改造人間との一件で感じた事だ。
あの夜、ロイゼにだけ見せたあの苦しそうな顔。あれがずっと忘れられない。
いつも落ち着いて寡黙で、余裕そうな態度を崩さなかった彼が、あんな表情をするなんて思っていなかった。
きっと自分が思っているよりも彼の問題は大きい。自分の身体の事を今も悩み続けているだろう。
そしてそれを一人で抱えながらロイゼを励ましてくれていたのだ。
それに助けられたロイゼは嬉しいと同時に申し訳ない気持ちになってしまった。
だから本当なら彼を助けてあげたい。自分にしてくれた事と同じくらいの恩返しをしたい。
しかし今の自分にはそれが出来ない。彼の背負っているものを何とかしてあげる事は出来ない。自分はそこまで強くはない。
それならせめて助けてはあげられなくても支えられる人間にはなりたい。
一緒にいて生活して、少しでも彼の背負っているものが軽くなるように支えてあげたい。
そのためには少しでも強くなりたい。彼と同じ立ち位置に立てるくらい強くなりたい。
朝練を始めたのもそれが理由だ。ハイルセンスの改造人間を倒せるくらいになるための第一歩だ。
それくらい出来なければ彼の元に居続けている意味がない。
今はまだ彼の足にしがみついているだけだ。でもいつか…………そう思っていつも頑張っている。
それと同時にこれまで自分がいかに彼に甘えていたかが分かった。自分の事で彼に無理をさせてしまっていたのだ。
どうやら彼は結構気持ちを外に出さないタイプのようだ。だから平気な顔でロイゼを励ますことが出来たのだろう。
ロイゼはそれがとても心配になってしまう。
こうやっていつも通りの表情で自分を送り出してくれていても、どこかで苦しんでいるのではないか。
自分で何とか出来ないのは分かっている。それでも彼に無理をして欲しくはない。
だから彼のためにしてあげたい事はいくらでも思いつく。彼の力になって、もっと彼に笑っていてほしい。
そのために自分の力で自分を高めたい。彼の力に甘えたりせずに強くなりたい。
ただ自分の事となると…………あんまり思いつかない。
これまで何かやらないといけない事はたくさん与えられた。でもやりたい事は与えられなかった。
そもそも奴隷に娯楽は必要無いっていうのが世間一般の考えだからな。
彼の優しさは嬉しい、でも急に言われてもパッとは思い浮かんでこない。
そもそもこんな機会が与えられるなんて、数ヶ月前の自分では考えもしてなかった。
自分はこれから死ぬまで道具として使われるとしか考えていなかった。
そんな事を考えているうちに、ロイゼはいつの間にか市場に着いていた。
いつもギルドに行く際に立ち寄る場所なので、気にしていなくても体が行き道を覚えていた。
「さてと……………………………………………ここからどうしましょう」
早速ロイゼはどうするべきが分からなくなってしまった。
いつもはクエストの後にオモトに連れられて市場には訪れる。
そこでクエストに必要なものの買い物をしたり、出店で買い食いしたりすることもある。
ロイゼはその時間が好きだった。この時間だけは絶対に平和で楽しめる時間のように感じたからだ。
ただこうやって一人でここに来るのは初めてだった。
それにいつもはオモトの後ろをついて行くだけだったなと、今更になって気がつかされた。
なので、こうなってしまうとどこに行くべきなのかも分からない。
それにいつも二人で歩いているからか、どことなく寂しく感じてしまう。
隣にあの人がいたら………ついそんな事を考えてしまう。
そういうところもまだ彼に甘えているんだよなぁ。そう思うと少しげんなりしてしまった。
まぁここでボーッとしていてもどうしようも無い。とにかく前に進んでみる。
市場はいつもと変わらない様子だ。たくさんのお店で色んなものが売られている。
たまにいい匂いのしてくるお店もあって、その近くに人が行き交っている。
この時間帯は結構人の移動が多い。いつもオモトと行く時よりかは人は少なかったが。
そんな人集りの中を、あちこちのお店を見ながらロイゼは歩いて行く。
しかしどこかのお店に入るという事もなく、ただ歩いているだけとなってしまった。
どうしたものかとロイゼが悩んでいると………
「あれ?ロイゼ⁉︎」
後ろから声をかけられたような気がしてロイゼは振り向いた。
そこにいたのは驚いたような表情をしている、かつて自分を売っていた奴隷商人、マルディアさんだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




