第39話 趣味
「オモト様、この荷物奥の方に置いておきますね」
「あ、それくらい僕がやるよ」
「いえ、これくらいはお任せください」
「オモト様、お着替えの方こちらに置きましたよ」
「ありがとう。やらせちゃって悪いね」
「この程度、何の問題もありません」
「オモト様、お部屋の掃除が終わりました」
「え?うん。言ってくれれば僕も手伝ったのに」
「お気になさらないでください。この部屋の掃除なら私一人でも大丈夫ですよ」
「オモト様、少し失礼させていただきます」
「ん?剣持ってどこか行ってくるの?」
「剣の稽古をしようと思いまして。それでは」
「なぁロイゼ、君は何か趣味みたいなのって無いの?」
ある日に朝、部屋のベッドに寝転がり、 寛いでいた僕は、自分の剣の手入れをしていたロイゼに話しかけた。
僕の新しい武器、ゲワーゲルフの紹介をしてから数日経った。
あれ以降ゲワーゲルフは持ち歩いているけど、使ったことは一回もない。
使い勝手はいいんだけど、ナイフと違いあれは使っているのが目立っちゃうからな。
僕達が普段クエストをしている森には他の冒険者もいる。この世界に存在しないはずの銃を見られるのは避けたいからな。
本音を言えばあれ使えば一発で済むから使いたいんだけど、もったいないよな。
とりあえず弾丸だけは大量に量産しておいた。まぁ量産といってもその辺の土なり木片なりを握って終わりだけど。
それを持っている複数のマガジンに込めておいて、いつでもすぐに使えるようになっている。
弾丸はダメになる事は無いからそのまま放置で問題ない。便利でいいね。
そして銃本体の方は少しだけ手入れが必要だ。といっても汚れ落とすだけだけどな。
そもそもこれに使われているのが特殊な合金だ。ナイフも同じだけど。
錆びる事も無いし、保護魔法がかかっているからよっぽどの事が無ければ破損もない。
ただロイゼの武器は普通のその辺にある剣だ。手入れしないとダメになる。
というわけで今ロイゼは武器の手入れをしている。
手入れに必要なものはこの前買っておいた。ロイゼが自腹を切ると言っていたが、これくらいは僕が買ってあげた。
ダークエルフのロイゼは一旦その褐色の手を止めて僕の方を向いてくる。
「趣味、ですか?今はこれといってありませんね。どうかされたのですか?」
ロイゼが不思議そうに首を傾げた。やっぱりそうだろうなぁ。
「いや大したことじゃないんだけどさ。なんかロイゼってずっと働いてるイメージしか無くて」
ここ最近のロイゼはよく自分から動くようになった。
発言だけではなく、戦闘やその他の生活でも自分から率先して行動出来るようになっていた。
それ自体はすごくいいことだし、僕の望んでいたことでもある。これはいいんだ。
人間、ちゃんと自分の意思で動いた方がいい。そうでなければ人形と同じだ。
ただ元からの気質もあるからか、あまりゆっくりと休むということをせずに、いつも何か働いているイメージがある。
今もこうして剣の手入れをしているわけだが、他にも物の整頓や片付け、クエストで必要になるものの確認やその調達。それから情報収集や部屋のこまめな掃除に僕の身の回りのお世話まで。
時間が空いた時は大体剣の稽古をしているか、何かあった時のためにすぐに動けるようにと僕の近くで待機してくれている。
「えっと…………ご迷惑でしたでしょうか?」
「あ、いやそれ自体はすごくいいと思うし助かってるよ。いつもありがとう」
「そ、そうですか………そのように言っていただいてありがとうございます」
不安そうに聞いてくるロイゼに僕は答えた。いつも色んなことを素直にやってくれるのは助かっている。
稽古にしたって、自分のことを高めようとする向上心は素晴らしいものだ。ぜひともこれからも続けてほしい。ただなぁ…………
「でもいつも働いてばかりじゃ大変だし疲れてくるだろ。何か趣味というか娯楽というか………何か楽しめるものとかがあってもいいんじゃないかな?」
今は特に疲れてる様子は見られなけど、こんなにせかせかと働いているんじゃそのうち疲れは出てくる。
「楽しめるもの、ですか?私は今の生活が苦であると感じたことはありませんよ。今でも充分楽しいです」
「いや、そういう事じゃなくでな………」
うーん、なんて言えばいいのかな。難しいものだ。周りにこういう人いなかったし、というか周りに人がいなかったし。
「何というか………遊びだな。読書とか運動とか、仕事の合間に簡単に出来そうなのって無いの?」
とりあえず日頃の息抜きになるようなものでもあればいいんだけど。
「そうですね…………いつも毎朝剣の稽古していますが」
まぁ、それはそうだけどさ。あれって趣味っていうのか?
「それはそうだけど、何でいうのかな。仕事、冒険者とは別のこととか」
ロイゼが剣の稽古をしているのって、結局冒険者の仕事のためって事だろ?
「別に無くて悪いって事じゃないんだけどさ、やる事が仕事だけってのはね………」
僕も趣味があるわけじゃないけど、それでも自分で自分の時間は潰せる。
ただロイゼって何もする事無いと、僕の側にいたりその時間を稽古に当てたりしている。
それが悪いとは言わないし、心遣いは嬉しいんだけどもね。
でも趣味が仕事ってのも何かね。悪くは無いけど何か悲しいよ。
というかロイゼは基本的に僕と一緒に行動している。別行動なのは剣の稽古くらいだ。
何かあった時のためってのもあるんだろうけど、それでも少しは自分で行動出来るようにした方がいいだろ。
「しかし、私はこれで大丈夫ですよ。少しでもオモト様のお役に立ちたいのです」
今で充分なんだよなぁ。
奴隷という立場からそういう発想が出てきちゃうんだろうけどさ、そこまでしなくてもな。
それにそんな色々動かれても僕が落ち着かないし。少しはのんびりする時間があっても良さそうな気がする。
「それは嬉しいんだけどね。それは今でもちゃんと出来てるよ。それなら暇な時間くらいは自分の息抜きに使って欲しいかな」
「は、はぁ………そうですか」
「何かやりたい事とか無いの?」
僕が聞いてみるとロイゼは首を傾げて考え始めた。ここでパッと出てこない時点で何かちょっと悲しいな。
「私は、そもそも森に住んでいたのでここで何かやりたい事と言われましても………」
「あぁ、そういやそうだったっけな」
ロイゼはダークエルフだ。ダークエルフは基本的に森の中で生活している。子供の頃にはやりたい事もたくさんあっただろう。森の中でな。
打って変わって今僕達が住んでいるのは建物が並ぶ街だ。都会とは言わなくても森の中と同一視は出来ないよな。
ただでさえロイゼはどちらかというとアウトドアだ。部屋の中でやる事ってあまりないんじゃないかな?だから暇な時に剣の稽古をしているのかも。
場所が違うのに何か無いか考えるのはちょっと難しいか。
「それならさ、今からちょっと街に出てみてやりたい事を探してみれば?」
「街に出て、ですか?」
僕の提案にロイゼが不思議そうに言ってくる。
「あぁ、今は無くても街とか歩き回ってたら何かあるかもよ?ほらここって色々あるじゃん?」
この街には色んなお店があり、そこにも色んなものが置いてある。
そういうのを見てたら何かやりたい事が見つかると思う。
「なるほど…………ちなみにオモト様のご趣味って何ですか?」
何かお見合いの時みたいな質問されたな。まぁいいけど。
「僕はお昼寝かな。寝てるだけで気分転換にはなるし」
「お昼寝、ですか………」
ロイゼが微妙な顔をする。僕の趣味を参考にしようとしてたのかな?
だって仕方なくない?この世界ネットもゲームもないんだからさ、元引きこもりの僕にはやりたい事なんてそれくらいだ。
「別に僕の趣味を参考にする必要は無いって。自分で街を見てみて考えてみなよ」
「は、はい。って…………私一人で街に、ですか?」
ん?何言ってんだ今さら。
「もちろん。こういうのって周りに人がいない方が色々と考えられるものだからね」
「えっと………よろしいのですか?」
「よろしいのですかって何がだ?」
いつも僕につきっきりになってくれているんだ。こういう時くらいは一人でいたいだろ。誰でもプライベートな時間は必要だ。
「とにかくちょっとだけ街に出かけてみれば?何もなけらはそれはそれでいいし」
「はぁ………分かりました」
これで少しずつ自分の時間を作ってくれればいいんだけど。
「一応何かあった時のためにお金と剣持って行きなよ」
「剣もですか?」
「どこかでチンピラとかに襲われたりした時に、武器があった方が楽でいいでしょ」
「そう、ですね。分かりました」
ロイゼなそう言うとお金を懐に入れると、剣を帯刀した。
ロイゼはダークエルフで奴隷。どうしても目立つからな。やっぱりそこは今でも心配だ。
「変なヤツに絡まれたら殺して構わない………って言ってあげたいんだけど、それは問題になるから適度にシメるくらいでね」
「そ、それは、もちろんです」
ロイゼは準備を終えると部屋の扉を開けた。
「そ、それでは、行ってきます」
「あぁ、夕ご飯までには帰ってきなよ」
僕がそう言うとロイゼは頭を下げて部屋を出た。ご丁寧なこって。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




