第33話 意志
「オモト様のお情け、ください」
「……………は?」
ロイゼの突然のお願いに僕は思わず固まってしまった。
今なんて言った?お情けって………え⁉︎
頭の中で整理をしようとしたが、それよりも先にロイゼが動いた。
同じベッドで寝ていたとはいえ、僕達の距離はすごい近いわけではない。まぁ意識して離してるわけだけど。
しかしロイゼはその距離を躊躇うことなく詰めてきた。いい匂いがフワッと僕の鼻腔をくすぐる。
「お、おい、何やって……」
「大丈夫です。私に、私にお任せください」
ロイゼは平坦な声でそう言うと、僕の腕に抱きついてきた。
薄いネグリジェ一枚に隔てられたロイゼの豊満な胸が、僕の腕を挟み込んでくる。
それは何とも言えない暖かさと柔らかさを持ってた膨らみは、僕の理性をごっそりと削っていった。
「触っていただいても、構いませんよ」
ロイゼに耳元でそう囁かされた瞬間、吐息と一緒に流れ込んできた言葉に背筋がゾクゾクッとした。
一瞬このまま流されてしまおうかとすら考えてしまった。でもこの状況でそれはマズい。
それからロイゼは僕の腕の中に侵入してきた。
必然的にお互い抱き合うような形になってしまい、ロイゼのじんわりとした温もりが伝わってくる。さらにそれを求めてつい力が入ってしまう。
ロイゼは僕の腰辺りに手を置くと、そこから服の中へと手を侵入させてきた。ムズムズとした気持ち良さが僕を襲う。
「ちょ、おい。ロイゼ何やってるんだ、やめろって」
しかし僕が言ってもロイゼが止まる気配がない。おいおい、何考えてるんだ?
本気で抵抗しようと思えば出来ないことはない。しかし突然のロイゼの行動にパニクっていた僕にはそれが出来なかった。
しかもロイゼは僕の全身に自分の身体を絡ませている。足も固定されて思うように動けない。
ロイゼをどうするべきなのかも分からずに、ただされるがままになっていた。
何とかしないととは思っていても、どうしてあげるべきが分からない。
ロイゼが何でこんなことをしているのかが分かればいいんだけど、それすらも分からない。顔は角度的にはっきりとは見えなかった。
ロイゼは動きを止めることはなく、僕の身体に指を這わせてきた。
「ロイゼ、これ以上はダメだって!冗談にしても笑えないから!」
とにかく今はロイゼを止めないと。僕は必死に呼びかける。それでもロイゼは止めようとしない。
ダメだ、冗談かと思ったけど、どうやら本気らしい。どうしたんだよ、こんな子じゃないはずなのに。
ロイゼは吐息混じりに顔を近づけると、チロッと僕の首筋を舐めた。
「くっ………ロイゼ………」
ピリピリとした快感に僕が身体を震わせていると、ロイゼが僕の服をめくり、下腹部に右手を滑らせてきた。
そして左手でネグリジェの肩紐を外していく。ただでさえ裸に近い格好なのに、さらに褐色の肌が露出していく。
肩紐が外れたネグリジェは胸の辺りまでペロンとめくれた。
すぐにロイゼが左手で隠したとはいえ、僕は思わず目を逸らしてしまう。
紅潮した様子のロイゼの吐息が僕の腹に触れてくすぐったい。
さすがにこれ以上はマズい!このままだと流されて本当に………。
何とかして止めようとしていると、僕はふと違和感を感じた。
服のめくれた僕の腹に何か液体が垂れてきた。何だこれ?
するとロイゼの手が止まり、何か言っているように聞こえた。何だ、独り言か?
気になったのでふと彼女の顔を覗き込んでみて、僕は驚いた。
聞こえていたのはロイゼの嗚咽だったのだ。ロイゼは泣いていた。
ロイゼの目から流れてきた涙が僕の腹に垂れてきたのだった。
目から溢れてくる涙を必死に拭って、僕に悟られないようにしていた。
「ロイゼ………」
「ッ⁉︎オモト様、これは、その……き、気にしないでください」
ロイゼはそう言うと僕から背を向けた。それでもまだ泣いているのか、体を震わせていた。
行為を続行しようとしても、また涙を拭っている。
僕はそんな彼女になんて声をかけてあげるべきか分からなかった。
「ロイゼ………大丈夫、か?」
とりあえずこの状況を何とかしないとと思い、僕はロイゼに声をかけた。
「…………さい」
「え?」
するとロイゼが何かをポツリと呟いた。しかしあまりにも小さい声に僕は聞き返してしまった。
「私は………私は、こういう事も出来ますよ………だから、だから……これからもずっと、側にいさせてくださいッ……別れたくないです………」
もうロイゼは涙を拭う事は無く、彼女の目から流れた涙はポタポタとベッドに落ちていった。
僕はロイゼを助けたいと思っていた。しかし今のロイゼはそれに抗おうと縋っているように見えた。
ロイゼは基本的に物分かりがいい。だからいつもは僕の言ったことには素直に頷いてくれる。
でも今は違う。お昼から断り続けている事に、未だに受け入れてもらおうとしている。
最初に出会った時の控えめすぎる様子とも、今までのキリッとした様子とも違う。
上手く言えないが、ロイゼのお願いは奴隷としてではなく、彼女個人のお願いのように感じた。
「あなたと別れてしまったら、私は……どうすれば良いのですか………そんなの……嫌ですよ……」
「ちょ、い、一旦落ち着きなよ、な?」
口ではそう言っておいても、僕の頭の中の方こそ落ち着きが無くてぐちゃぐちゃだった。
自分の中の理屈とロイゼの願い、僕達の現実と望んでいる理想、それら全てが無茶苦茶に混じり合っている。どうするべきなのか、それは僕が聞きたいくらいだ。
そして僕は悟った。きっとロイゼは混乱しているんだ。この様子を見ればすぐに分かる。
そりゃそうだよな。今まで僕のために頑張ってくれてたのに、急に売られてしまうなんて納得するわけがない。
当然だ、いきなり彼女の人生を変えてしまったのだから。だから不安や恐怖でどうするべきか混乱してこんな事を………。
それでもちゃんと答えは出さないといけない。どんなに酷い答えだったとしても。
「ロイゼ、これはただ元に戻るだけだ。君は奴隷として昔みたいにマルディアさんのところに、僕はお尋ね者としてハイルセンスから逃げる。ただそれだけなんだよ」
そう、ロイゼにとって何の危害も脅威もないあの時に戻るだけなんだ。
そこには僕の記憶もない、もしかしたら今よりもずっといい生活があるかもしれない未来が待っている。
僕もロイゼの事を知らずに、ただ向かってくる改造人間を倒しながら倒していく。
もう絶対出会う事のない道へと、本来こうするべきだった道へと戻るだけだ。戻った生活に不安や恐怖は無い。
僕がこれ以上ロイゼにしてやれる事なんて何も無い。むしろこれから間違いなく彼女を不幸にしてしまう。
こんな事ならロイゼを自由にさせるべきじゃなかったもしれない。
ふと、そんな事が頭をよぎった。
普通の奴隷のように縛り付けてしまえば。優しくすることもなく、冷たく接していたら。
そうすればロイゼがこうやって泣く事も、混乱することも無かったかも………。
いや、それは違うか。
彼女は彼女の意志で動くようになった。それは本来喜ぶべき事なんだ。
結果がどうであれ、こうなったロイゼに罪はない。そして僕はそれに答えなければならない。
それならちゃんとロイゼを幸せに出来る人を探して、その人に預けるべきだ。
「マルディアさんにはちゃんとした人に売ってもらうように頼むからさ。そんなに心配しないでも………」
「そんな人、もういませんよ」
僕の言葉を遮ってロイゼが呟いた。声こそ小さかったものの、そこにはちゃんとした意志があった。
ロイゼはジッと僕を見ていた。泣きはらしていて目が赤かったけど、どこか訴えるような、そんな目だった。
「私のご主人様はあなただけです。これまでもこれからも」
きっぱりと言い切るロイゼに僕は返し方が見つからなかった。
彼女の目に迷いは見られなかった。それが僕の心の中をモヤモヤさせる。
何でだ、何で…………。
「亜人の奴隷である私をここまで受け入れてくださって、同じ目線でいようともしてくださいました。私はそれが嬉しかったです」
「あんな事………別に普通だよ」
敵意があったわけでもない、特に警戒する必要もないなら辛く当たる必要は無かった。それだけの理由だ。
「それでも、私の中でオモト様の存在はとても大きいんです」
「そんなの………命を張る理由にはならないだろ」
たとえ僕がロイゼに優しくしたとしても、それはロイゼが命懸けの戦いに巻き込まれる理由にはならない。
あの程度の事で命をかけるなんて普通じゃない。
これから外の世界に出ていけば、僕の事なんかより命をかけるべき事がたくさん出てくる。ちゃんと自分のためになる事が。
「いえ、オモト様は私のために力になってくれました。だから今度は……」
「違う………僕は………」
僕はポツリと呟いていた。自分の心がフワフワしているような、よく分からない感覚に陥っていた。何かが頭の中をグルグル回っている。
「私がオモト様の力になりたいんです。あなたのために戦いたいんです」
「…………やめろ」
僕は知らず知らずのうちに身体にエネルギーが流れていた。
それは戦う時に流れる改造人間としての力だ。僕の目が血の色に染まる。
「私は………あなたと、これからも……」
「やめろっつてんだろ‼︎」
自分でもよく分からずに叫ぶと、僕はロイゼをベッドに押し倒した。
僕の腕がボコボコと変化していった。
真っ黒に染まった僕の腕は爬虫類を連想させる硬い鱗が、鋭い刃になり獣の体毛の如く逆立った。手からはナイフのような爪が生えた。
僕はその腕をロイゼの首に向かって勢いよく振り下ろした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
これまで何度か投稿し直して混乱している人もいるかもしれません。本当にすみません。




