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改造人間と奴隷達の居場所  作者: 音数 藻研鬼
第1章 
33/86

第32話 終夜

 それから僕達は森を抜けて街へと戻った。そして街の通りを当てもなく歩いていた。

 お店で軽く食事をして、出店なんかを回った。相変わらずいい匂いがしてくるなぁ。

 何かを買ったりはしなかったけど、それでも充分に楽しめるものだった。

明日奴隷商館に売られてしまうロイゼに、何か買ってあげることはできなかったのがちょっと残念だったけどね。

 ロイゼのメンタルケアの意も含めていたので、僕は出来るだけロイゼを楽しませてあげようとした。

 二人で色んなところを回って、これまでで一番遊んだ日になった。


 しかし、散歩している間にロイゼが心から笑う事は一回も無かった。




 外も暗くなってきて僕達は宿に戻った。

 それから夕食を食べて、いつも通り湯浴みをした。

 僕が先に入って、それからロイゼが入っていった。

 ロイゼが入っている間、僕はベッドの上でぼんやりと考えていた。

 これでいいん、だよな。………いや、こうしないとロイゼが危険なんだ。

 僕の命が危なくなるだけならまだしも、ロイゼの命を危険に晒すような事は出来ない。

 

そもそもロイゼは何で僕といようとしたのだろうか?何の得もないはずなのに。それどころか命の危険まであるのだ。

まぁロイゼなりに理由があって、彼女が僕いたいって意思は伝わったけど、こればっかりは良しとは出来ない。

 彼女を買った時に彼女の命は必ず守ると決めた。それは今でも変わらない。

 でもそれは実現させなければ意味がない。彼女の命を守りきらないと。

 モンスター相手なら出来るかもしれないが、ハイルセンスの改造人間が相手だとそれは厳しい。

 ロイゼはここで死んでいいような人じゃない。ちゃんと生きて平和な日常を送れるんだ。彼女の力を生かせば今よりももっといい生活が。

 元々人間でない僕と彼女では住む世界が違ったんだよ。ロイゼを買った時点でそんな僕達が別れるのは必然だ。

 今さら何を戸惑うんだ。初めからいつかは別れるつもりだったはずだ。

彼女はあくまで僕が冒険者として、ソロでやってても周りから目をつけられないようにするためのカモフラージュだ。これ以上巻き込んでいいわけがない。

 ロイゼは平和な生活を送れる、僕は裏切りの責を背負い続ける。それの何が悪いんだ。

 大丈夫、彼女なら新しい主人を見つけられる。僕みたいに命の危険に晒されるようなことはもう無いだろう。

 次のロイゼの主人、か。どんな人になるんだろうな。

 ちゃんとロイゼの事を大切にして、幸せにしてくれる人だろうか。また彼女を傷つけたり、怖がらせたりしないだろうか。

 いっそのこと僕がロイゼの首輪を壊して、どこか遠い地に送ってしまおうか。

 今なら逃げ出したロイゼをどうこう出来るのは僕だけだ。僕が戻さなければ彼女は自由だ。

 いや、彼女が自由な生活をしていると分かれば、ハイルセンスは秘密が漏れる事を恐れて殺そうとするかもしれない。ロイゼの事を向こうが知らないという確証は無いのだ。

 あくまでロイゼには奴隷でいてもらわないと。

 大丈夫だ。彼女ならきっと自分から主人を選べるくらいの奴隷になれる。

 高額で売られて自分でいい人を見つけるよ。僕の事なんてすぐに忘れるだろ。

 でも、ロイゼが他の人のものに、か。もしまた暴力を振るわれたりしたら、それにもしそれが男性ならロイゼは……きっと………。


 すると手元でバキッと音がした。


 ふと手元を見てみると、そこにあったのは喫煙者の宿泊者用の灰皿だった。手持ち無沙汰で何気なく掴んでいたらしい。

 丈夫な石製の灰皿は、僕の手の中で粉々に砕け散っていた。

 しまった、つい力んで壊してしまったんだ。

 灰皿の破片が僕の手に刺さったが、すぐに抜けて傷もたちまち治っていく。

 僕は急いでそれを隠すように灰皿の破片をゴミ箱に捨てた。

 おかしい、改造人間としての力がコントロール出来なくなってる。これまでこんなこと無かったのに。

 とりあえず僕はベッドに戻ると、ゆっくりと息を吐いた。落ち着け、おそらく感情が乱れたからこうなっただけだ。

 それでもまさかちょっと握っただけで、あれほどの力が。普通の人間の出せる握力じゃない。

 やっぱり僕は………ただの化け物でしかないんだ。僕の頭の中に森で僕を見て怯えていたロイゼの顔が思い浮かんだ。

 こんな僕がどうやってロイゼを幸せに出来るのだろうか。ただ不幸にするだけではないのか。そんな考えばかりが浮かんでしまう。

「オモト様、お待たせしました」

 するとロイゼが湯浴みを終えて出てきた。相変わらずのネグリジェ姿だ。

 この姿はいつ見ても慣れないなぁ。すごい綺麗なんだもん。思わず抱きつきたくなってしまう。

 でもこの姿を見るのも最後か。ちょっと残念、かな。結局慣れる事は無かったな。

「それじゃ、こっちに来て」

「………はい」

 僕が手招くとロイゼはベッドに来て、僕の隣に座った。間近にロイゼの顔が来て思わずドキッとしてしまう。

 僕は近くに置いてあった包帯と傷薬を取った。

 ロイゼは前の主人から暴力を受けていた。その傷は今でも残っている。

 そんな彼女のためにこうやって包帯を巻いているわけだ。

 それは彼女を買ってからずっと欠かさずにやっている事だ。

 これをやってやれるのもこれまで、か。マルディアさんにやってもらうように頼んでおこうかな。

 でも結構治ってきてるな。毎日やっておいてよかった。

 これなら次の貰い手も案外早く見つかるのかもな。どんな人なのか、そんなこと考えたくも無かったけど。

 どんな主人であろうと僕と来て命を危険に晒すくらいなら、新しい主人の方がいいに決まってる。

 それに売るのはマルディアさんだ。あの人はちゃんとお客を選びそうだしな。

 それでも、彼女は僕のところからいなくなるのか。もしかしたらまた不幸な目に……。

 ………………いや、それを僕がどうこうする権利なんて無いんだ。もうロイゼは僕の奴隷じゃない。

「オモト様?どうかしましたか?」

 するとロイゼが僕の顔を覗き込んできた。考え事のせいで手が止まっていたらしい。

「あ、ごめん。ちょっとこれからの事をね。すぐに終わらせるよ」

 心のモヤモヤを取り払うように、僕は包帯を巻くスピードを上げた。

 これ以上考えたらさっきみたいにロイゼの腕を握り潰してしまうかもしれない。それは絶対に避けないと。

 ロイゼはずっと不安そうな顔をしていたが、やがてスッと顔を上げた。

「あの、オモト様。私やっぱり………」

「はい、これで終わり。他はもういいでしょ。だいぶ治ってるし」

 しかし僕はロイゼの言葉を遮って包帯を片付けた。それでも僕のモヤモヤは無くならなかった。

 ダメだ、ロイゼのことはもう考えるな。これからは自分の事を考えていかないと。

 僕はパッパと片付けを済ませると、何も言わずにベッドに寝そべった。

 それを見てロイゼも何も言えなくなったのか、僕の隣に寝た。

 彼女が隣で寝ている事が感じられていつものように恥ずかしくなったが、今日は少し微妙気分だ。

 クソッ、意識しないようにしようとすると余計に考えてしまう。

 僕はロイゼを見ないように背を向けると目を瞑った。その内眠くなるだろ。

 それにしても、最後だってのにちゃんと話すことが出来なかったな。

 ロイゼはずっと暗い表情してたし、僕がその状況で何か声をかけられるわけもなく。結局お互い会話が上手く出来なかった。

 仕方ないとはいえちょっと寂しかったな。何か昔に戻ってしまったみたいで。

 しかもそうさせたのは僕なんだよな。罪悪感がないといえば嘘になる。

 っていかんいかん、またロイゼの事考えてしまう。そんな事気にしても仕方ないだろ。

 いい加減に切り替えないと、彼女の人生に僕はもう必要ないんだ。

 僕は僕なりに自分の中で最善の選択をしたつもりだった。誰も巻き込まれない平和な解決策だ。

 ロイゼだって自分の命を助ける方法はこれくらいなのは分かってるはずだ。

 それなのに、何で………。

 誰だって自分の命は惜しいはずだ。それならこの選択が間違っているはずはない。 

 それでも僕は不思議と、あの時のロイゼの反応がおかしいとは思えなかった。

「あの、オモト様……」

 するとロイゼが背を向けた状態で話しかけてきた。

「何?」

「私達は………もうこれから会うことは無い、んですかね?」

 そう言うロイゼの声は、昨日までの様子からは想像出来ないほどに弱々しかった。

「まぁね、そのために別れるんだから」

 奴隷は一度売られたらどうなるか分からない。きっとロイゼを売ればもう僕達が会うことは無いだろう。

「そう、ですか………」

 ロイゼは寂しそうに言うとこっちを振り向いた。

 朝からずっと一緒にいたはずなのに、ちゃんと目を合わせたのがすごい久しぶりに感じる。



「それでしたら最後に、奴隷としてご奉仕させていただけませんか?」



 ロイゼが弱々しい口調のままそっと言った。ご奉仕って………。

「……え?それってどういう……」

 僕が聞こうとする前にロイゼが動いていた。

 森の時と同様に僕に抱きついてきた。薄いネグリジェ一枚に隔たれてロイゼの感触や熱が伝わってくる。

 ロイゼは僕の耳に口を近づけると、吐息混じりに小さな声で言った。


「オモト様のお情け、ください」

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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