第29話 返り血
すみませんがこれからも度々投稿し直す事があります。ご了承ください。
目の前でドロドロと溶けていくガーゴイルアンブロジウスを、僕はジッと見ていた。
昂っていた感情もようやく落ち着いてきて、僕はゆっくりと息を吐いた。
ロイゼを改造人間にすると言われてついカチンときてしまった。使わない予定だった能力もバッチリ使ってしまったし。
それにしても……。僕は溶けていったガーゴイルアンブロジウスを眺めながら何とも言えない気持ちになっていた。
僕もあのままハイルセンスにいたら、いつかこうなっていたのだろうか?いや、むしろこっちの立場の方がこうなる確率は高いのか。
ガーゴイルアンブロジウスを倒してしまった事はもうハイルセンスには伝わっているはずだ。
ハイルセンスには改造人間の生体反応を管理する装置があったはずだ。
となると僕は完全にハイルセンスを裏切ったという事になるんだろうな。間違ってないからいいけど。
つまり僕はこれでれっきとした裏切り者になったわけだ。これから何度も改造人間と戦う事になるかもしれない。いやそれは確実だ。
しかし僕はその戦いに意味を見出せるのかと思っていた。
たしかに彼ら改造人間は人を殺して、僕の命を狙っている。僕からしても世界からしても敵になるだろう。
それでも彼らは敵だとしても、彼らが直接敵というわけではないのだ。
改造人間のほとんどは僕のように無理矢理捕まって改造された人間だ。
言ってみれば彼らもまたハイルセンスの被害者なのだ。
自分の意思とは関係無しにいいように使われて、そしていつか殺されてしまう。
やってる事だけを見れば意思が無かったらなんだと言われそうだが、それでも考えてしまう。
被害者と被害者が戦って一体誰に得があるのか。そんな戦いに意味はあるのだろうか。
こんなの無駄に命を消費するだけの下らない戦いなのではないだろうか。
別に人を殺す事に抵抗があるわけではない。そういうのには慣れている。
戦いとはお互いの損得のぶつかり合いだと思う。お互いがお互いの利益を手に入れるためにどんな手を使ってでも勝とうとする。
でもそれは戦う人だけの利益のぶつかり合いで、傍観しているだけの観客が関わってくるのは違うと思う。
今回ガーゴイルアンブロジウスはたとえ僕に勝ったとして、何か利益を得られたのだろうか。
彼はレーターのために働く事が自分の全てだと言っていた。しかしそれは脳改造により植え付けられたもので彼自身の意見ではない。
それなら彼が僕と戦う事に意味があったのだろうか。それにそうなるとただ生きるために僕がヤツを殺したとも言える。
そんなもの戦いと呼べるのだろうか。
それでも僕は戦わないといけない。そうでないと僕が死んでしまうのだ。
僕は人ではなくなってこの世界で生きづらくなった事なんて分かり切っている事なのに、それでもなお生きようとしているんだな。
我ながら何を考えているんだか。矛盾でしかない。まぁ死にたくてもそう簡単に死ねる身体じゃないんだけどさ。
さっきガーゴイルアンブロジウスが放った石礫、もちろん弾き返したものがほとんどだったけど、わずかに僕を傷つけたものもあった。
それでも僕の身体は無傷だ。今の数分で完璧に回復したということだ。
これもアルクリーチャーの能力の一つ。手足の一、二本くらいなら放っておいても勝手に再生してくれる。それくらいの生命力がある。
こんな身体で人間のつもり、か……我ながら馬鹿馬鹿しい。
そう思って自嘲気味に笑っていると、後ろからズルッと何かがずり落ちる音が聞こえた。
残党かと思って振り返ってみると、それはロイゼだった。緊張が解けて気が抜けたみたいだ。
「ロイゼ、大丈夫か?」
「ヒィッ!」
僕が駆け寄ろうとすると、明らかにロイゼが僕を見て怯えているのが分かった。体を震わせて顔色も青白い。
その原因は間違いなく僕の腕だった。
僕の腕はさっきの戦いのままだ。とても人間のものとは思えないような黒く禍々しい、獰猛な獣のそれだった。目も血の色に染まっている。
しかもさっきの戦いでガーゴイルアンブロジウスの返り血を浴びてしまっているから、手は紅に染まっていた。
やっぱり……いくらロイゼでもこれは怯えるか。
これまで一緒に生活していて、心のどこかで『ロイゼなら僕を当たり前のように受け入れてくれるのでは』なんて考えていた。
いくら優しいロイゼでも、こんな化け物の手なんて見て平気な人なんているはずがない。
しまった。ただでさえガーゴイルアンブロジウス達を見て怯えているのに、さらに怖がらせてしまった。
ロイゼは自分の反応を省みて、それがマズい事だと分かったのかオロオロしてしまった。
「あ、あの、ち、違うんです!これは……その……」
「いや、大丈夫だよ。それが正常だから」
僕はそう答えると急いで腕を元に戻した。グチュグチュと音をたてて腕が人間の腕に戻っていく。
それでも僕についた返り血が消える事はなかった。それはたとえ僕が人の姿に戻っても化け物である事には変わらないとでも言っているようだった。
その事実を少しでも消すように、僕は腕を振って返り血を落とした。それでも全て落ちる事はなく、僕は服でそれを拭った。
それから僕達の間には沈黙が流れていった。僕にはその時間が長くなるにつれて、ロイゼとの距離が開いてしまっているように思えた。
それから数分後、ずっとこのままというわけにもいかない。ちゃんと話さないと。
「ロイゼ立てるか?」
「は、はい」
ロイゼはフラフラとしながらも、気に寄りかかりながら何とか立ち上がった。
何とか立てるにはなったようだけど、顔色はさっきよりも酷くなっている。
僕はどうやって声をかけるべきが悩んでいた。今のこの状況で僕がなんて声をかけられるのか。
ロイゼは僕のことをジッと見ていた。彼女も何と言えばいいのか悩んでいるのだろう。
いや、というよりかはまだ事態を飲み込めずに混乱しているのだろう。
いきなり人に襲われたと思ったらその人達が怪物に変化したのだ。
しかもこれまで一緒にいた僕までもが怪物だと分かったのだ。混乱して当たり前だろう。
物理的な被害が無いとはいえ、精神面での負担は相当なものだろう。
どうやって声をかけてやるべきか、ましてや僕だって彼女に負担をかけてしまった。そんな僕が何を言っても意味はないだろう。
今回の事は見なかった事にして、とは言えないよなぁ。
それをしてしまうと彼女の負担は増えてしまう一方だ。あんなもの見てそれを隠されたら余計に不安にさせてしまう。
こうなればある程度の事情は話しておくべきだよな。
とりあえず今はここから離れた方がいいかもしれない。誰かに見られたら色々と不審がられるかもしれない。
かと言ってこのまま宿に帰るのもなぁ。事情を話すのに人目がつきやすい所はちょっとな。
森なら人はいないだろうからその辺で話しておくべきだな。
「歩ける?ちょっと移動するよ」
「は、はい……」
僕は森の中を歩いていった。ロイゼも僕の後をフラフラと歩いてくる。
肩を貸してあげるべきかとも思ったけど、今は極力ロイゼに触れるのは避けたい。怯えさせてしまうだろう。
そしてある程度人の来なそうな場所にまで到着すると足を止めた。
その間ロイゼは何か言おうとしたけど、声を発する事は無かった。まぁそうだろうな。
「とりあえず座りなよ」
「……はい」
ロイゼは近くの切り株に腰を下ろした。僕も近くの木にもたれた。
それからしばらくまた沈黙が流れた。どうしても話すのは躊躇ってしまう。
でも……あーもう!こうなったら腹を括るしかないよな。僕の事関係無しにアイツらに囲まれた時点で話すとは言っちゃったし。
「えっと……調子はどうだ?落ち着いたか?」
「まだ、ちょっと混乱してます……すみません」
ロイゼはぐったりしたように頭を下げた。謝られてもな……。
顔色はあまり良くないけど、吐くような事は無さそうだな。大したもんだ。
「いや、それでいいよ……それで、さっきの事とか色々と話した方がいいかな?」
「えっと……まだ混乱していて、それ以前に何を話してもらうべきかちょっと整理が……」
まぁそうだろうな。今色々と話してしまうと今にも気絶してしまいそうだ。
「それなら落ち着くまで待ってるから、ちょっと深呼吸しな。ある程度落ち着いたら教えて」
「わ、分かりました」
それからロイゼは顔を俯かせて黙ってしまった。ゆっくりと深呼吸をしている。
しばらくして顔色もそれなりに良くなって呼吸も整ってきた。
「あの……そろそろ大丈夫、です」
「そうか……それじゃあ、説明するか?」
「それは……気にはなりますが、オモト様の意思に任せます。私が簡単に聞いていい事のようにも思えますので」
まぁそうだよな。そもそもロイゼにはずっと隠しておくつもりだったから、何て言えばいいのか。
しかし発言に反して、ロイゼの表情はまだ納得してないような顔だった。
このままってわけにはいかないし、話すかな。
「それじゃあ話すけど、色々と受け入れられない話がほとんどだと思うから。気分悪くなってきたら言ってよ」
「はい、分かり、ました」
ロイゼは唾を飲み込み身構えた。そんなに構えられると話しづらいなぁ。
そう思いながら僕は話した。
彼らが何者なのか、ハイルセンスの事、そして僕自身のことを。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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