第2話 冒険者
翌日、目を覚ますと頭がとてもすっきりしていた。
もっともすっきりしていたのは肉体の疲れだけで、記憶がフラッシュバックして気分は最悪だ。
一階に降りて顔を洗うと、昨日カウンターにいた女性から朝食を受け取った。
僕は朝食を食べながらこれからの事を考える。
ハイルセンスから逃げるのは容易ではない、けどそれなりに時間はかかるはずだ。
僕は自分の右の手首を見た。そこには何かが巻きついていたような赤い跡がついていた。
ちょっと前までここにはブレスレットがついていたのだ。それも発信器付きの。
ハイルセンスだって馬鹿じゃない。こうやって改造人間が逃げ出す事くらいは想定していた。
その時のために発信器をつけさせておいたのだ。逃げ出せばそれをもとに捜索が始まる。
無理矢理外そうとすれば強力な魔力が流されて昏睡、下手すれば死ぬ。
だから本来だったらこんな状態はあり得ない。
しかし僕は運が良かった。
実は本来外れる事のないブレスレットが外される時がある。再び改造される時だ。
この世界の改造手術では魔力を使うようだ。
ブレスレットをつけた状態で改造を行うとブレスレットの魔力と手術の魔力が混じり合って、電波の混線のような状態になってしまう。
そうなると魔力の流れがめちゃくちゃになり、ブレスレットが壊れるか改造人間本体に大きなダメージがいく。
だから改造手術の時にはブレスレットは外されるのだ。
そして僕が逃げ出した時、僕は脳改造をされようとしていた。
こんな事は珍しいと言っていた気がするが、それでも改造手術な事には変わりがない。
当然僕もブレスレットを外されていた。
そして麻酔をされそうになった瞬間に僕はそのまま基地を抜け出した。
だから僕は何のダメージを与えさせずブレスレットを外す事が出来た。
それに逃げ出す時に基地の中の壊せそうなものは片っ端から壊してきた。
追跡とか出来そうなものも壊したし、それ以前にあの基地そのものが壊滅しているかもしれない。
他の基地によって探されるとはいえそれだって今すぐってのは無理だろう。
連絡を取るのも難しいんだ。それだけでも充分に時間を稼げる。
つまり色々と自由に動くなら今しかないのだ。今のうちにちゃんと生活を整える。
とりあえず泊まる場所を確保することは出来た。
次は……お金か。
一応それなりのお金を手に入れたとはいえ、それだっていつまで保つか分からない。
定期的なお金、収入がいるな。
仕事、探すしかないのかなぁ。
日本では働くつもりなんて全く無かったのに、まさか異世界で働く事になるとは。
出来れば働きたくないんだけど、他にこの世界でお金を得る方法も思いつかないし。
どうしようかな……何か僕に出来る仕事ってあるのかなぁ。
使えそうな特技や長所なんて特に持ってないし、この世界に関する知識なんて戦いに関する事だけの僕が出来る事なんて限られている。
単純で楽な仕事……なんてあるのかな?
こういう時の定番は……冒険者とかかな?
専門知識的なものもいらないし、仕事は自分で選べる。
楽なものを選べば問題は無いだろ。
一時的にでも冒険者になっておいて、他に出来そうな仕事を見つけたら転職すればいい。
そうと決まれば早速冒険者になりますか。
といってもどうすればいいんだろう。
ゲームとかだと……冒険者ギルドみたいな所に行けばいいんだけど、この世界にそれがあるのかどうか。
……仕方ない、さっきのおばさんに聞いてみるかな。
人と話すの得意じゃないんだけどなぁ。けどそうも言ってられないか。
僕は荷物を再び背負い部屋を出た。階段を降りてさっきのおばさんを探した。
えっと……あ、いたいた。
おばさんはちょうど一階の掃除をしていた。
「あのーすみません、ちょっといいですか?」
「ん?何だい?」
「この街に冒険者ギルドってあります?」
あ、冒険者になれる所って聞いた方が良かったかな?
あったとしてもギルドって名前じゃないかもしれない。
「冒険者ギルドかい?それならここを真っ直ぐ行って、三つ目の角を左に曲がればあるよ」
よかった、ちゃんと冒険者ギルドで通じたな。しかも割と近い。
「ありがとうございました」
僕はおばさんに礼を言うと宿屋を出ていった。
えっと、とりあえず真っ直ぐだったな。僕は宿から出た通りを真っ直ぐに進んでいった。
しばらくして一つ目の角を見つけた。後二つだ。
僕はそのまま真っ直ぐに進んでいった。
二つ目………三つ目、ここだな。僕は角を左に曲がった。
すると僕の目の前には大きな建物が建っていた。ここが冒険者ギルドか、立派な所だ。
街の宿屋や民家も決してちゃんと小さくはないけど、これはその大きさを超えている。
例えるならその辺の家と図書館くらいの差がある。まぁ多くの人が利用する施設としては妥当の大きさか。
僕はそっと扉を開けて中を覗いた。
中も結構立派な造りになっていて、木製の建物が多いこの世界では珍しい石製だ。
中にはたくさんの人がいて、全員鎧を着ていたり剣を持ったりしている。
というかこんな昼間からお酒を飲んでる人がいるんだけど、これは大丈夫なのか?
とにかくこの人達全員が冒険者って事か。思った以上に多いな。
男女比率は7対3くらいか。やっぱり戦闘事となると男性の方が多いのかな。
ハイルセンスには女性もいたけどそれでも男性の方が多かったからな。まぁあれと同じにしていいのかどうかは考えものだが。
さてと、ギルドに着いたのはよかったけどどうしようかな。
さすがにあの人数の中に一人で入るのはちょっと勇気がいる。
まぁでも行くしかないんだよなぁ。
そんな事を考えていると
「あのーどうされましたか?」
いきなり後ろから声をかけられて思わずビクッと飛び上がってしまった。
後ろを振り向くとそこにいたのは一人の女性だった。
手にホウキを持っているから掃除でもしていたのだろうか?
「えっと……あの、僕冒険者になりたくて、それでここに来たんですが……」
「あぁそうでしたか。私はこの冒険者ギルドの職員です。こちらへどうぞ」
そう言って職員を名乗った女性はギルドの中に入っていった。僕もその後を追う。
僕が中に入ると何人かの冒険者の視線を感じた。あんまりいい気分じゃないな。
職員はギルドのカウンターまで行くとカウンターの奥から一枚の紙とピンとペンを取り出した。
「こちらに血印と分かる範囲で結構ですのでご自身の情報をお書きください」
分かる範囲でいいんだ。まぁ一般市民だと自分の親すら知らない人が多いらしいしな。
それにこの世界は地球ほどその辺の情報管理がしっかりしていない。
何故か記憶の中にあった事を思い出しながら僕は情報を書いた。
名前は……本名でいいかな。
本当なら偽名の方がいいんだろうけどすぐに思いつかないし、バレる時はバレるんだから。
名前の欄は魑魅 万年青っと。
住所は……今適当に頭の中にある地名でいいや。
きっとハイルセンスの任務で行ったのであろうぼんやりと覚えている地名を書いた。どんな所かもはっきりとは覚えてない。
他は特に書けるようなことは無いかな。そもそも欄が少ないし。
後は血印だったな。
僕はピンで親指を軽く刺して、出てきた血を紙に押し付けた。
一瞬改造手術によって血の色も変わってるんじゃないかと思ったけど、問題なく紅かった。
それがこの状態だからこそなのかどうかは分からないけど。
「これでいいですか?」
「はい、大丈夫です。これで登録は終わりました。後はそちらにある掲示板からクエストをお選びいただいてそれをこちらまで持ってきていただければクエストを受けることが出来ます」
なるほど、この辺はゲームとかと変わらないな。
それじゃあ早速クエストを……と思ったところで僕は止まった。
周りを見てみると大体の冒険者は何人かのチームになっている。いわゆるパーティーってヤツだ。
「あのすみません、この辺りでソロの冒険者っているんですか?」
気になった僕は職員に聞いてみた。
「そうですね……今この街にいるソロの冒険者はそんなにいないかと。王都に行けばそれなりにいるかもしれませんが、この街では珍しいですね。あなたのような初心者なら尚更ですが」
だよなぁ。どうしよう、このままソロでやってたら目立つんじゃないか?
追われてる身としては目立つ行動は避けたいところだ。となるとパーティーを組む必要がある。
けど今すぐ誰かと組めるほど僕はコミュニケーション能力の高い人ではない。むしろ低い方だ。
どうしたもんか。
僕が腕を組んで考えていると職員が話しかけてきた。
「もしかしてパーティーメンバーを検討中でしょうか?」
「は、はい。ただすぐに組むのはちょっと……」
「それでしたら奴隷をご購入されてはいかがでしょうか?」
職員がそんなグッドアイデアを……ってちょっと待て。
は?奴隷を購入?僕はその場で固まってしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




