第28話 目障り
僕にナイフを突きつけられたガーゴイルアンブロジウスは少し感心したような顔をしていた。
「さすがアルクリーチャー、彼らはあなたを捕まえるために多少強化されたベフュールだったのですが、どうやら無駄に終わったようですね」
なるほど、彼らは強化されていたのか。全くそんな風には感じなかったけどな。
「で、あなたどうするんですか?そのベフュールを倒した僕と戦いますか?それとも逃げますか?」
挑発的には言ってみたけど、僕としてはさっさと帰って欲しいんだよね。僕達に害を与えないならどこで何をやろうが知ったことでは無い。
僕はこの街でロイゼと一緒に暮らせられればそれでいい。別に世界平和とか望んでないし。
平和が無い、つまり争いが尽きないからこそ世界の文明は進歩していくのだ。争うからこそ、そこから変わろうと人は変わっていく。
人の歴史は争いの歴史だ。そしてそれは生物として当たり前のことだ。
「ハイルセンスに逃げる事は許されない。それはあなたもよく知っているでしょう?私はここで退くわけにはいかないんですよ」
あーそうだったなぁ。任務を失敗した者には容赦ない罰が待っている。だから改造人間に失敗は許されない。
もっとも普通の人間とは何倍も強くなっている改造人間が、任務を失敗することなんてまず無いけどな。ここまでの損害を出すこと自体が珍しいのだ。
「それじゃあ戦うって事ですか?」
「まぁそうなりますね」
マジかぁ、面倒だなぁ。
倒せなくも無さそうなんだけど、スッと終わるかと言われたらちょっと難しい気がする。
でも向こうも僕を見逃すつもりは無さそうだしなぁ。今下手に逃して増援でも呼ばれたら余計に面倒だ。ここで倒すか。
僕は再びナイフを構え直した。ここからはちょっと本気にならないと危険だ。
というのも改造人間には三つの種類と三つの階級がある。
まずは種類。この辺はもう分かってると思うが生物、精神、機械の三つだ。
そして階級。まずは一番下のさっき僕と戦ったベフュールだ。
強化して僕に瞬殺された事から分かるように、これはあまり戦闘力は高くない。どちらかというと他の改造人間のサポート役みたいなものだ。
次が今僕の目の前にいるガーゴイルアンブロジウスのような改造人間だ。
彼らはこの世界のモンスターの力などを備えられており、ベフュールよりかは全然強い。
そして彼らの面倒なところは強さがピンキリなのだ。
彼らはベフュールとは違い力を均一化されていない。色んなモンスターの力を使われているのだ。個々の元々の強さも考えれば当たり前とも言える。
ベフュールとほとんど変わらないようなヤツもいれば、彼らの上である僕達幹部に近い力を持っているヤツもいる。
だから未だに一回も戦ってないコイツの力がはっきりとは分からないのだ。それが分かってれば色々と対応出来るんだけどな。
そしてその僕達幹部の改造人間はそれぞれの種類をまとめあげている。つまり生物系の改造人間の僕は生物系の改造人間のトップだったわけだ。
下手に油断すればやられる可能性だって充分にあり得る。そこだけは注意しないと。
「最後に、一ついいですか?」
僕はナイフを構えたままガーゴイルアンブロジウスに尋ねた。
「何でしょうか?」
「あなたは何で僕がハイルセンスを出ていったのか知りませんか?」
「それは……あなたがハイルセンスの、レーター様の意志を裏切って逃げ出したと。我らの役目を投げ出したと聞いています」
まぁそんな事だと思ったよ。ハイルセンスが僕が逃げ出した理由をちゃんと言えるわけがない。
何故なら彼らは脳改造をしているからハイルセンスに従っているのだ。そしてもちろんその事は知らされていない。
僕が逃げ出したのは脳改造が解けたからだ。そんな事をコイツらに話せるわけがない。
「そうですか。では、あなたはハイルセンスの事をどう思いますか?僕みたいに逃げ出そうとは思わないんですか?やってる事のほとんど殺戮なんですよ?」
「何を言いますか。それは世界を良くするためのもの。そのために私達はレーター様に選ばれたのです。私はあなたと違い裏切ったりしません」
ガーゴイルアンブロジウスは何でもない事のように言い切った。
やっぱりこうなるよな。たとえ僕がコイツにハイルセンスの実態を言っても意味はないだろう。
改造人間はあくまで脳改造を施す事によって、自我を失い、本能的にハイルセンスに忠誠を誓っているのだ。
つまり脳改造を解かない限りはハイルセンスへの忠誠心が消える事はない。どうせ嘘だと思われる。
分かってくれたとしても改心することはまず有り得ないだろう。彼らにとってハイルセンスへの忠誠は本能なのだから。
「それなら……もうあなたを倒す以外の選択肢は無いみたいですね」
「そうですね。ただ、私からも一つよろしいですか?」
「? 何ですか?」
僕が尋ねるとガーゴイルアンブロジウスは、近くの木に隠れていたロイゼを指差した。
「そこにいるダークエルフですが、見たところ奴隷のようだ。あなたの下僕ですか?その割にはさっきから隠れてばかりですが」
ガーゴイルアンブロジウスに睨まれたロイゼはビクッと身体を跳ねさせた。
「………たしかに彼女は奴隷だけど僕の下僕じゃないですよ。彼女は僕のパーティーメンバーです。後、彼女は隠れたんじゃなくて僕が隠したんですよ」
僕が止めなかったら間違いなく突っ込んでたからな。そんなの殺してくださいって言ってるようなものだ。
「そうですか。ダークエルフといえば身体能力の高い種族。あなたと一緒にハイルセンスに連れて帰るのもいいですね」
「………………あ゛?」
ロイゼを連れて帰る、つまり彼女を改造人間にするって事か?
んな事させるわけねぇだろ。
「まぁもっとも、それはあなたを倒した後の話ですグハァッ⁉︎」
ガーゴイルアンブロジウスが全て言い終わる前に彼は大きく後ろに吹き飛んでいた。
僕が昆虫や爬虫類の体のように体を硬化させて、猫科の生物のような俊敏性でタックルしたのだ。自分では分からないが、目も血の色に染まっている。
不意を突かれたガーゴイルアンブロジウスははるか先まで吹き飛んでいく。
「カハッ!こ、これが……アルクリーチャーの力……か」
さすがにこれだけでは死ななかったようでガーゴイルアンブロジウスはヨロヨロと立ち上がろうとした。
ロイゼを改造人間にしようとしたヤツが、何立ち上がろうとしてやがるんだ?
ガーゴイルアンブロジウスが立ち上がる前に僕はヤツの顔を蹴り飛ばした。
「グアァッ‼︎」
ガーゴイルアンブロジウスは吐血しながら上空へと飛ばされていく。
しかし今度はさっきよりもダメージが少なかったのか、飛行能力のあるヤツは翼を広げて体勢を立て直した。
「クッ、格上だからって舐めるなぁ!裏切り者がぁっ!」
口調の変わったガーゴイルアンブロジウスが口を開くと、中からは大量の石礫が発射された。
これがコイツの能力か。
その石礫は個々が意思のようなものを持っており、様々な方向から蜂のように僕を襲ってくる。これをコントロールしているのはガーゴイルアンブロジウスなのだろう。
石礫は金属の鎧くらいなら一発で貫きそうなほどの勢いだった。
しかし僕はそれを敢えて避けずに全てを受け止めた。
石礫が次々と僕に突き刺さってくる。
ガーゴイルアンブロジウスはそれで僕を仕留めたと思ったのだろう。ニヤリとした笑みを浮かべた。
「オモト様!」
それに驚いたロイゼが叫んで駆け寄ろうとするが、僕はそれを手で制する。
その行動にガーゴイルアンブロジウスはギョッとした。
僕がサッと手で身体を払うとカラカラッという音がして、石礫が落ちていった。
やがて僕は全ての石礫を払い落とすとゆっくりとガーゴイルアンブロジウスを見上げた。
「どうした?そんなもんか、てめぇの能力は?これならロイゼの剣技の方がよっぽど怖かったぞ」
皮膚を硬化させている僕には、この程度の攻撃なんてされてないのと同じだ。
ロイゼを傷つけようとしたアイツを見逃すという選択肢はもう僕には無い。ここで確実に消す。
それには飛んでいるアイツに追いつく必要がある。でもわざわざ僕が翼を広げて飛ぶ必要もない。
僕はその場で軽く飛び上がった。そして僕は一瞬でガーゴイルアンブロジウスを超える高さまで跳んだ。
僕はそのまま落ちると同時にガーゴイルアンブロジウスに飛び乗った。
僕は手に力を集中させた。
すると僕の手がボコボコと変形し始めた。僕の手は硬くなり色も黒く禍々しいものになっていた。爪は獰猛な獣の如く鋭く丈夫なものに変わる。
僕はガーゴイルアンブロジウスの右の翼の根本を掴むと、爪を食い込ませた。
当然ヤツの身体は全て硬いが、そんなの僕には関係ない。爪はすんなりと突き刺さった。
「ア゛ァァァァッッッ⁉︎き、貴様ァ、や、やめろぉっ!」
「うるせぇ、黙れ」
ボコボコはガーゴイルアンブロジウスの言葉を遮るように翼の根本を爪で切り潰すと、翼を根本から引きちぎった。
「ギャアァァァァァァッッッ⁉︎」
片翼を失ったガーゴイルアンブロジウスは絶叫しながら落ちていった。
その瞬間に僕はヤツから跳んで離れるとヤツの近くに着地した。
そのまま踠いているガーゴイルアンブロジウスの上顎と下顎を手で掴んだ。
「ヒ、ヒィッ、や、やめて、くだ、さ……」
「消えろ」
ガーゴイルアンブロジウスの懇願を無視して、僕は下顎を掴んだ手を思いっきり引っ張った。
ガーゴイルアンブロジウスの下顎はバリィッという音とともに引きちぎられた。
それでもなお、ガーゴイルアンブロジウスはビクビクと蠢いていた。
目障りだなぁ。
僕は下顎の裂けたヤツの顔面を右手で掴むと、思いっきり力を入れた。
まるで豆腐を潰すかのようにあっさりと顔面が握り潰された。
こうして僕を捕まえに来た最初の改造人間は、ドロっと溶けてこの世を去った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




