第27話 ベフュール
五体の改造人間に囲まれながら、僕は久しぶりにピリピリとした雰囲気を感じていた。基地を脱出した時以来の感覚だな。
そういえば僕が基地を脱出した時に追ってきたのもガイストベフュールだったな。
ガーゴイルアンブロジウスは配下のガイストベフュールに命じて攻撃態勢をとらせていた。いつかかってきてもおかしくない。
まぁこうなる事は大体予想してたから、今はそれほど焦ってはいない。
問題はここからどうやって戦うかだ。
ロイゼがいる手前、改造人間の姿になるなんて選択肢はあり得ない。それをやれば今以上に彼女に恐怖を与える事になる。
それにロイゼの心配抜きにしても、彼女にその姿を見られるのに抵抗を感じている自分がいる。
とにかく幸運にも僕はハイルセンスから持ち出してきたナイフを持っている。
これでベフュールは倒せると思う。それだけの威力をこのナイフは持ってるはずだ。
何故ならハイルセンスの武器は基本的にベフュールで性能を実験しているからだ。
だから気にする必要があるのは一体、ガーゴイルアンブロジウスのみだ。
ガーゴイルという名前と硬化した皮膚から分かるように、アイツの皮膚はとんでもなく硬いはずだ。
普通の剣なら一回斬りかかっただけで折れてしまうかもしれない。
僕の爪や牙なら間違いなく砕けると思うんだけど、それを使わないとした場合対抗出来るのはこのナイフだけだ。
それじゃあこのナイフで斬れるかと言われるとちょっと怪しい。まぁ折れる事はないと思うけどさ。
でも今は他に対抗手段がないからな。ちゃんと逃げ切る手段が見つからない以上、倒す以外の選択肢はない。
僕はチラッと隣を見た。
初めて改造人間を目の当たりにしたロイゼは、顔を青くして未だに震えている。
そりゃあんな怪物目の当たりにしたら普通はこうなるよな。
しかしロイゼはそれでも僕が戦おうとしているのを見て、立ち上がろうとしていた。
マジかよ、どんだけ気力あるんだ?はじめて会った時に震えていたのが嘘のような光景だ。
それでもとても怖がっているのは見て分かる。このまま戦わせていいわけがない。
「ロイゼ、危険だから下がってなよ」
「い、いえ、私も戦います。オモト様だけに危険な事をさせるわけには……」
とても嬉しいことにロイゼは剣の柄に手を添えているが、足は竦んでいた。とても戦える状態じゃない。
「そんな状態で何が出来るの。気持ちは嬉しいけど、ここは僕に任せてよ。大丈夫、こういうの慣れてるから、その辺に隠れてな」
僕が優しく手で制するとロイゼは悔しそうにしながら木陰に隠れた。本当は怖いはずなのにここまでしてくれるなんて………なんていい子だ。
ロイゼも決して弱いわけではない。むしろ強いんだけど、普通の肉体に普通の装備しか持ってないロイゼに彼らとの対抗手段は無い。
彼女には悪いけど、ハイルセンスとの戦いってのはそういうものなのだ。鍛えたから勝てるとかそんな甘い戦いでは無い。特に改造人間は。
身体の表面は丈夫で普通の剣が通用することはまずあり得ない。
ドラゴンを遥かに凌駕する怪力、地球のジェット機なんて余裕で追い越せるほどのスピード、水中活動機能なんて当たり前。そんなのがゴロゴロいるのだ。
そしてそれぞれが個々にあらゆる能力を持っていて、その能力だってとてつもなく高性能だ。
だから普通の人間には改造人間を倒すどころか、傷つける事自体が無理なのだ。というか兵器として作られたんだからそれくらいの事は出来ないとダメなんだろうけどさ。
それでも改造人間同士なら、同じ怪物同士なら倒せるかもしれない。
僕はナイフを引き抜くとゆっくりと構えた。
とりあえずやれるだけやってみますか。
第一の目的としてロイゼの安全の確保。その次にヤツらの撲滅だ。
能力使わないと言っても目で見えない能力くらいなら使ってもいいだろ。それなら勝率も上がる。
ただそうなると普通の改造人間とほとんど変わらないんだよな。しかも向こうは僕の能力もある程度知られているだろう。
改造人間のレベルは関係なくある程度は警戒しないと。
ベフュールは僕を囲んで腰を低くしている。目には爛々とした戦意を宿している。
「グアァァッ!」
僕が身構えると同時にベフュールの一体が後ろから襲ってくる。
それを感覚的に察した僕はその攻撃を難なく避けて、バッタのようなジャンプ力を使って腹に飛び蹴りを喰らわせた。
「ゴアァッ!」
改造人間としてのスペックは僕の方が上なので、ベフュールは僕の蹴りを受け止め切れるはずもなく吹き飛ばされた。
僕はその隙をついてナイフで首を掻き斬った。
その瞬間ブシュッと紅い鮮血が噴き出るとともに、ベフュールは一体倒せた。
ベフュールは動かなくなるとドロっと半個体の物質に溶けて、蒸発したようにそれすらも消えた。
これがやられた改造人間の末路だ。証拠隠滅という意味もあり遺体が残ることはない。中には自爆機能を持たされている改造人間もいる。
「とりあえず一体、ですね」
「くっ………やはりお強いですね。さすがは元幹部だ。……おい、もう手加減はしなくていい。思いっきりやってしまえ」
ガーゴイルアンブロジウスが命じると他のベフュールも一斉に襲いかかってきた。
まだベフュールだけか。まずはコイツらで様子見ってところかな。
僕は右前から襲ってきたベフュールの攻撃を飛んで避けると、そのベフュールを踏み台にして近くの木の枝に飛び乗った。人間にはまず無理な芸当だ。
とにかく向こうで連携して来られると色々と面倒だ。だから向こうの陣形を崩していく必要がある。
するとベフュール達は翼を羽ばたかせてこちらへ飛んできた。
僕と目が合った瞬間にベフュールの一体が僕に向けて火の玉を放ってきた。僕は木から飛び降りることでそれを避ける。
僕が着地するとベフュール達も当然追ってくる。
器用に旋回しながら僕を囲んでくる。その姿はさながら幽霊のようだった。
前にも説明したはずだが、ハイルセンスの改造人間には大きく分けて三種類のタイプがある。僕が分類される生物系、そして機械系、精神系だ。
そんでもってそれに合わせてベフュール達にも三種類あって行動隊長のタイプに合わせて率いられている。
今目の前にいるこう蝙蝠?とあのガーゴイルアンブロジウスは悪魔、つまり精神系の改造人間だ。だからもちろんガイストベフュールも精神系の戦闘員だ。
彼らは浮遊能力や火の玉など幽霊や悪魔の能力を持ち合わせている。だから精神系の改造人間にはトリッキーな者が多い。
もちろん行動隊長レベル以上の改造人間に比べれば性能は劣っているが。
これはまだいい方で行動隊長レベル以上の精神系の改造人間は結構面倒だ。
とにかく僕とは系統の違う改造人間である以上、僕基準で考えるとやられてしまう。
まぁこの系統のヤツにはそれなりに経験値があるから、何とかなると思うけどね。
降りてきたベフュールは今度は肉弾戦に変えてきた。遠距離からだと避けられると思ったのだろう。
ベフュールの一体は大きな爪で僕を切り裂こうとしたが、僕はそれを受け止めると逆にナイフで腕を斬り落とした。
「グアァァッ‼︎」
僕は素早くそのベフュールの懐に入ると、心臓の当たりをナイフで突き刺した。ナイフは抵抗することなく刺さっていく。
このナイフに骨なんて関係ない。大抵の物質は斬れるからな。
僕は刺さったナイフを九十度捻り心臓を抉ると、ナイフを引き抜いた。
刺されたベフュールもドロドロに溶けて消えていった。
残りの二体のベフュールは連携してかかってきた。個々の戦闘力がそこまで高くないベフュール達はこうした戦い方をする事が多い。単独行動はまず無いんだよな。
僕は一体のベフュールの爪の攻撃を腕を掴むことで止めると、その手を使ってもう一体のベフュールの爪攻撃をはじき返す。
腕を掴んでいたベフュールを蹴り飛ばすことで牽制して、二体から距離を取る。
クソッ、アレがあったら一発で終わるんだけどな。ロイゼがいる手前持ってこれるわけもなく。
そんな事を考えながら僕はベフュール達の攻撃を捌いていく。ガーゴイルアンブロジウスは様子を見ているだけのようだ。
僕は近くにいた方のベフュールの腹に肘鉄を入れると、目にナイフを突き刺した。
「ガアァァァッ⁉︎」
目を押さえて怯んだところを、ナイフで首を掻き斬った。
倒れたベフュールを横目で確認すると最後の一体のベフュールに一気に距離を詰めた。
三体もベフュールを倒した僕に警戒したのか、最後のベフュールは飛び上がって逃げようとした。
翼を広げようとした前に僕はベフュールの翼を掴んだ。
力任せに翼を引っ張ってベフュールを引きずり下ろすと、翼を根っこからナイフで断ち切った。
翼を切られた事により飛べなくなったベフュールが立ち上がろうとしているところを、僕はしゃがんで胸にナイフを一突き。
しばらくベフュールはもがいていたが、やがてクタっと力が抜けた。そして身体をドロドロと溶けていった。
「これで終わりっと」
僕は立ち上がるとナイフをガーゴイルアンブロジウスに向けた。
「さてと、後はあなただけですよ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。




