第24話 変化
ロイゼが笑顔を見せてくれるようになってから、約一ヶ月半が過ぎた。
あの日以来ロイゼは大きく変わったと思う。
まず一つ目として笑う事がとても多くなった。最初は一日中暗い表情の時もあったのに、今では自然に笑う事が増えている。
元々の性格も関わっているんだろうけど、これが僕には一番嬉しかった、
これまで人の喜びなんて気にしないで生きてきたけど、何でだろうな。
それから二つ目は、自分から意見を言うことが多くなった事だ。
クエスト中でのアドバイスや戦略その他の生活面でも、僕が聞けばちゃんと自分の意見で答えてくれる。
自分の事は自分で決めて欲しい、というのが僕の願いだったのでとても嬉しかった。
まだ自発的に意見を言うことは無いけど、それも時間の問題かもしれない。
それにその変化のおかげで僕との距離もだいぶ縮まった気がする。
最初はロイゼの内向的な性格が僕達の間に妙な距離を生んでいたが、今ではそれも結構無くなってきた。
それでも礼儀正しいのは相変わらずだし、これは結構いい成長と言えるのではないだろうか。
僕自身も元々人付き合いが得意な方ではないので、というかだからこそ最初から距離を縮めるのが下手だったわけだけども。
だからこうやってロイゼが、自分から距離を縮めてくれるのはやりやすくて助かる。
こういうのが苦手な人ってどうしても人と仲良くなる時は相手のタイミングに合わせるんだよね。自分でタイミング分からないから。
そんな事もあって最初こそ色々戸惑っていたけれど、僕はロイゼとの生活にもだいぶ慣れつつあった。
ロイゼも自分が奴隷であるという事の過剰な意識が薄れてきたのか、変に遠慮することも少なくなってきた。
僕としても奴隷と主人ではなく、お互い対等なパーティーメンバーとして関わる方が楽でいいからな。
ただ一つ問題があるとすれば夜かな。
これを機に一緒に寝るのもやめにしようと思っていたんだけど、ロイゼはその予想をさらっと裏切り、未だに一緒に寝ている。
ロイゼ曰く、『どんなに打ち解けても、元々の関係は変わりません。ですからこのままにするべきです』だそうだ。
言ってる意味は分かるんだけど、そこまで硬く考えるかな。
それにあの日以降なんだか寝る時も距離が近くなったような気がするのは、僕だけだろうか。
別に嫌というわけじゃないんだけど、というかむしろ嬉しいんだけどどうしても戸惑ってしまう。
一緒に寝るだけでもハードルが高いのに、その上距離まで縮んだのでどうしようかすごい迷う。
その辺もなんとか相談出来ればいいんだけど、さすがにロイゼに理由をストレートに言うわけにもいかない。
せめて服装変えない?とやんわり聞いてみたけど、このままの格好がいい、とり?
せっかく信用し始めてくれたのに、その信用を失いそうなんでね。それ思うとどうしても。
ロイゼも信用してくれたり距離を縮めようとしてくれるのは嬉しいんだけど、その距離は保って欲しかった。一応僕も男なんだけどなぁ。
正直手を出そうと思う事も無かったわけではないけど、それやって嫌われたりしたら嫌だしさ。
というわけでいつも己の欲望と闘いながら眠っている。
とにかくそんなこんなでお互い距離を縮めつつあり、もう以前のような身分の差をそこまで気にすることも減ってきた。
同じ人間として対等に接する事が出来るのはとても楽だしやりやすい。
…………いや、同じ人間というのは言い過ぎか。
僕とロイゼの間にはどうしても埋められない大きな差がある。
ロイゼは当たり前だが、普通にダークエルフとして生まれて、こうしてそのまま生きている。当たり前に存在する者だ。
でも僕は…………僕の体はもう自然界に受け入れられるような体じゃない。僕は改造人間なのだ。
この世界にどれだけの種族がいても、僕はそれのどれにも当てはまらない。この世界に存在するべきモノではないのだ。
自然の法則に背き異常なまでの力を与えられた改造人間『アルクリーチャー』だ。
この人としての姿は作り物なんだ。本当の僕はもっと異形で醜い姿だ。
もう僕が当たり前のように生きる事は許されないのだ。
どんなに人と仲良くなっても、誰かと結ばれる事なんてあり得ない。まともな子供が出来るかどうかさえ怪しいんだ、当然のことだ。
ロイゼが自分から距離を縮めようとしてくれるのは素直に嬉しい。
でもそれを見るたびに僕はロイゼとは違う、この差はどうしても埋まらないという事を自覚してしまい、ロイゼに申し訳なくなる。
ロイゼは僕の正体を知ったらどう思うのかな?
怖がってまた震えてしまうだろうか、それとも気味悪がって離れていってしまうだろうか。
とにかくこれまで積み重ねてきたものが無くなるのは間違いない。
こんな化け物と仲良くしたいなんて人がいるわけない。
最初はそれでも別に構わないと思っていた。どうせ短い付き合いの関係だ。どんなに離れられても構わないと思っていた。
でも今は、それをどこか嫌だと思っている自分がいるんだよなぁ。
今の関係を終わらせたくない、離れていって欲しくない。心のどこかでそれを感じていた。
もしかしたら正体を知ってもロイゼは変わらずにいてくれるかもと、思っている自分がいた。
そんな都合の良いことなんてあるわけないのに……
その日僕達はいつものように起きて朝食を食べると、クエストに出かけた。
ロイゼは今では僕と一緒に食事を取る事にもだいぶ慣れてきたようだ。もう遠慮することは無い。
食事を終えて準備を整え、ギルドへと向かっている最中。
周りの人達がチラチラとこっちを眺めている。もっとも僕が睨み返せばすぐに目を逸らすが。
まぁ原因は大体分かるでしょ。僕は隣のロイゼをチラリと見た。
というのもロイゼは今、あの布を被っていない。黒い首輪も褐色の肌も隠すなく晒している。
何か最近布を被らない事が増えてきたんだよね。
周りを気にせずに、堂々と街を歩くようになった。この前に至ってはギルドにもそのままて入っていってたからな。
僕としてはちゃんとロイゼの表情が分かって嬉しいんだけど、大丈夫なのか?
「なぁロイゼ、最近布被ってないけどいいのか?ちゃんと使いたければあるからな?」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。オモト様が私を認めてくだされば、周りの評価は気にしません」
「お、おぅ、そうか。ならいいけど、無理はするなよ」
笑顔で答えたロイゼのいきなりの変化に戸惑いながらも僕は頷いた。本当に気にしてないみたいだ。
どうしたんだ、ロイゼは?ちょっと前まで周りを気にしながらビクビクしてたのが嘘のようだ。
まぁいい変化だと思うし、特に困るって事も無いので放っておけばいいか。昔の傷もだいぶ良くなってきたし、見られても大丈夫だろう。
とにかく今のロイゼは毎日が楽しそうだ。よく笑うし前よりも生き生きとしている。
こういったロイゼを近くで見られるのは面白い。彼女の変化がよく分かる。
こういう変化を日常の楽しみにするのも存外悪いもんじゃない。
というか最近僕に対する態度が偉く変わった気がする。前は怖がってたのに、今はよく一緒にいようとしてくれるしね。
甲斐甲斐しいというか何というか、うまく表現出来ないけど、僕に懐いてくれてる、のかな?
僕もロイゼみたいな綺麗な人が近くにいるのは結構癒されるんだよなぁ。頼りにもなるし。
「オモト様?どうかなさいましたか?」
僕がジッと見ていた事を、怪訝そうにしながらロイゼが尋ねてくる。
「いや、最近ロイゼが頼り甲斐があるなぁって」
「そうですか?ありがとうございます」
そう言ってロイゼは嬉しそうに笑った。
本当、ロイゼっていい笑顔するよな。すごい綺麗だ。頭撫でてあげたい。
そんなこんなでを考えながら歩いて────────僕はピタッと立ち止まった。
「オモト様?」
ロイゼが不思議そうに尋ねてきたが、その声は欲しい?には届かない。今はそれどころではない。
今一瞬だけど、額にピリピリとした感覚があった。
この感覚、久しぶりなんだけど……………間違いない。なんて事だ。
僕は辺りを見渡した。パッと見た感じはいつもと変わらない街の光景だ。
でも今の感覚、おそらく……。
僕は今度はロイゼにバレないようにように能力を使って見てみた。虫の複眼と視覚拡張を使って周りを確認する。これなら前だけではなく後ろの光景も拡張して見ることが出来る。
すると予想通り何人かが引っかかった。嘘だろ……なんてタイミングだ。もう少し遅いと思ってたのに。
僕は周りの人目につかないように辺りを見渡して、状況を確認する。
ここは人目が多い。すぐには大丈夫だろう。でも、すでにこっちを見ている。
「ロイゼ、ちょっとついて来て」
「え?あ、はい」
僕はロイゼの腕を掴むと街の中を早歩きで歩き始めた。
ロイゼは戸惑いながらも素直について来てくれた。
クソッ、どうすればいいんだ?このままでどうにかなるとは思えない。
僕はそう思いながら今の探知に引っかかった人達──
────ハイルセンスの改造人間達の位置を確認した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




