第23話 笑顔
「イヤ─────────────────ッッッッッッ‼︎‼︎」
ロイゼはこれまで聞いた事のないような金切り声をあげて起き上がった。
ロイゼはしばらくはぁはぁと荒く息を吐くと、周りを見渡した。そこは宿の部屋の中だ。
やがてゆっくりと落ち着いてきたのか、ホッと息を吐いた。
その顔は真っ青で明らかにいい状態とは言えなかった。体も震えている。
ネグリジェのせいで寒い……とかじゃないんだよな。指先は青くない。
落ち着いて少ししてからロイゼはハッとして僕の方を見てきた。
「オ、オモト様……」
もちろん僕は目が覚めている。
ロイゼがうなされ始めた辺りで様子がおかしいと思い、寝られなかったのだ。
「えっと……すごいうなされてたけど大丈夫?熱は……無いか」
僕がロイゼのおでこに手を当てて聞いてみると、ロイゼはなんと言えば良いのか分からないのか口を開閉していた。
僕には彼女が何かに怯えているようにしか見えなかった。
少ししてロイゼはその恐怖を無理矢理飲み込むように息を落ち着かせた。
そしてバタバタとした足取りでロイゼはベッドを抜け出して土下座をした。
「い、いえ。その……睡眠中ですのに邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした」
「え?いやいや大丈夫だから。顔を上げてよ」
僕はロイゼを立たせてベッドに座らせた。
どう見てもわざとには見えなかったからな。というか僕の心配してる場合じゃないだろ。
それに僕はロイゼがうなされていたせいで眠れなかったのではなく、ネグリジェ姿のロイゼが隣で寝ているのが恥ずかしくて寝られなかっただけだ。
「僕のことはいいから。……そうだ、ちょっと待ってて」
僕はベッドから抜けると部屋に置いてあった水差しを手に取り急いで湯浴み場に入った。
綺麗な桶から水を水差しに入れるとロイゼのもとに持っていった。
「はいこれ。ちょっとぬるいけど無いよりいいでしょ?これ飲んで落ち着きな」
「は、はい……すみません」
ロイゼは震える手で水差しを受け取るとゆっくりと飲み始めた。
少し水を飲むと、ロイゼは水差しから口を離した。
大丈夫か?なんて聞けるわけないか。
多少は落ち着いたみたいだけど、それでもまだ震えてる。大丈夫じゃないのは見て分かる。
「もう少しそのままゆっくりしてなよ。そしたらまた寝るか。僕もいてあげるから」
「い、いえ、私の事はお気になさらずにお休みになられてください。しばらくすれは落ち着きますので、私は部屋の隅にいます」
そんな事言われてもなぁ。
さすがにこんな状態のロイゼを放っておく事は出来ない。すごい心配なんだけど。
何か問題があったとして、それをみんなで解決するのが必ずしもいい事とは限らない。時には一人にしてあげた方がいいのかもしれない。というか僕は基本的にそうしている。
それは分かっているんだけど、あんなロイゼの声初めて聞いた。ちょっとこれは異常だろ、放っておけない。
「そういうわけにもいかないよ。すごい苦しそうだったよ?冷や汗もかいてるし」
「だ、大丈夫です。いつもの……事、ですので」
いつもの事って、あんな状態がいつもあるのか?それにそんな震えた声で言われても……。
「それを聞いたら尚更放っておけないよ。何か悩んでるなら言って欲しいな」
「……いえ……大丈夫、です。この程度は自分で何とかしないと。それでは……」
そう言ってベッドから離れようと、立ち上がったロイゼの腕を僕は掴んだ。
「あのさ、ロイゼのそういう真面目なところはすごいいいと思うけど、それは君にとって価値のある事か?」
僕はそっと呟いた。
こんな苦しそうにしていて、それを大丈夫だからって一人で抱え込み続けて、そんなのがロイゼにとって価値のある事とは思えない。
「……なぁ、君が一人で耐えてるものは、君にとって価値のあるものなのか?頑張って耐え抜いて君に得はあるのか?」
「それは……」
ロイゼかこの苦しみが自分にとって大切なら、それは価値のある事かもしれない。でも………
「もし価値があるってなら僕が言える事は何もないよ。好きなだけ頑張ればいいと思う。でも、不必要な努力は身を苦しめるだけだよ?」
どんな努力も苦しみも自分に意味があってこそ、初めて耐え抜く価値がある。
それを意味もないのに無理矢理頑張ったってどうしようもない。ただ辛いだけだろ。
「たしかに時には一人で頑張らないといけない時もあるよ。でもそれは僕の前ででは無い。ロイゼの事はちゃんと受け止めるつもりで買ったんだ。その辺は頼って欲しいな」
「オモト様………」
「僕は君が離れない限り側にいてあげるよ。頼りないかもしれないけどさ、話を聞いてやる事くらいは出来るから」
根本的な解決は出来なくても、ロイゼが少しでも安心して生活出来るように僕は頑張るつもりだ。
辛いなら無理に話さなくても、気持ちをぶつけてくれるだけでもいい。
ロイゼが少しでも落ち着いて暮らせるなら、それをやる価値はあるはずだ。
「……お気持ちは嬉しいです。ですが、私は奴隷です。このような事でご主人様のお手を煩わせるなどあっては……」
ロイゼが全て言い終わる前に、僕は掴んでいたロイゼの腕を引っ張って手元に引き寄せた。
「ふざけんなよ……」
僕は低く呟いた。
「………オモト、様?」
「奴隷だから何だよ。奴隷でも人間だ。辛い事があったら苦しいし、嫌な気持ちになる。それは身分でどうこう出来るものじゃないし、そんなものに価値はないよ」
ロイゼに巻かれている包帯の下にはまだ過去に受けた傷跡がたくさんついている。
それはロイゼの心と共に今なお彼女を苦しめているものだ。
そんなものを身分を理由に乗り越えようなんて都合が良すぎる。
「辛かったんだろ?苦しかったんだろ?それを身分を理由に受け入れる必要なんてない。辛いなら辛いってちゃんと言わないと。少なくとも僕はそうさせてあげるつもりだし、ロイゼの行動についてはロイゼの意思を尊重させてやるよ」
もし、私は万が一にロイゼが僕から逃げ出すような事があっても、僕は彼女を追いかけるつもりはない。
そりゃ出来るならいて欲しいけど、彼女がどうするかは彼女自身が決める事だ。僕なんかが決めていいものではない。
「だから奴隷だからとかそんな下らない理由で自分にとって価値のない事はしなくてもいいよ。ちゃんと自分の意思で考えて、自分に価値のある事をやってよ。そうすれば人生はきっと楽しいからさ」
僕のやる事はそれを助けてあげる事。上からでも下からでもない、同じ目線でいてあげる事だ。
「そんなの………迷惑ではないですか?」
「生憎僕は暇だからね、それくらいはなんとも。それともロイゼこそ、僕がいたら迷惑か?」
「そ、そんな事ありません。とても心強いです」
そうか、それならよかった。
「それなら僕達の関係は対等だ。周りがなんと言おうとどう思われても、僕はロイゼをモノだなんて思わないよ。ちゃんとした一人のパーティーメンバーとして受け入れるよ。というか元々そのつもりで買ったわけだし」
僕がそう言うとロイゼは少し迷ってから、僕に身を委ねてきた。
抱きしめる用な形になり思わずドキッとしたけど、すがりつくようなロイゼが僕を落ち着かせる。
するとロイゼがまだ小さく震え始めた。でもさっきとはちょっと違うのが分かった。
「他の宿泊客の迷惑になるといけないから、声を抑えるためにもこのままね」
そう言って僕はロイゼの背中を軽く叩いた。彼女が溜め込んできた苦しみを全て吐き出させるかのように。
「……が………て……」
やがてロイゼがポツリポツリと呟き始めた。
「みんなが……燃えて、お父さんが殺されてッ。お母さんにも会えなくて………辛いよ、悲しいよ……」
ロイゼは僕の服を掴んで小さく呟いていた。目からは涙が流れている。
「うっ……うっ……うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼︎‼︎」
その呟きを皮切りにロイゼは泣き始めた。声を出して子供みたいに。いつまでも。
僕はそれを黙って聞いていた。
それからどれくらい経ったのだろうか。これだけの大声で何分も泣いていたのだ。苦情が出てもおかしくないと思っていたけど、それは大丈夫みたいだ。
やがて泣き言が止むとロイゼはもう眠っていた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。
その顔は泣きはらして赤かったけど、とても安心したような顔だった。
なんか安心してるロイゼを見てきたら僕は眠くなってきた。
僕はロイゼにしがみつかれたままの状態でベッドに倒れ込んだ。
本当は離れて寝ようとした。でもロイゼが離れてくれないし、それに……
「うん、暖かい」
ロイゼをギュッと抱き返してから僕は目を瞑った。
ロイゼには悪いけど、まぁご褒美って事でこれくらいは、ね。
そして翌朝。
僕の腕の中で目が覚めたロイゼは……
「あ、あの!昨日は本当にありがとうございました!おかげで今日はとても……」
「あぁ、そういうのいいから」
僕は起きてガチガチの礼をしてきたロイゼを適当にあしらってから湯浴み場へと入っていった。
ふぅ、昨日の事で少しは口調が砕けてくれるかと思ったけど、そんな事は無かった。これは僕が慣れないといけないヤツだ。
僕は着替えを済ませると湯浴み場を出た。
クエストに行く準備をしておいて、これでよしっと。
「それじゃあ朝食に……って何だ?どうかしたか?」
僕は僕のことをジーっと見ているロイゼに声をかけた。礼ならもういいよ?
「えっと……その……改めまして、これからよろしくお願いします」
ロイゼはそう言って頭を下げた。何を今更。
「こちらこそ、よろしく」
「……はい!」
僕が返すとロイゼは顔を上げて元気よく答えた。
その時初めて僕に見せてくれた笑顔は、綺麗で僕がこれからずっと忘れる事のないものの一つとなった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




