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改造人間と奴隷達の居場所  作者: 音数 藻研鬼
第1章 
23/86

第22話 悪意

 そこは、周り一帯が深い緑色で囲まれているように見える森の中。

 三人の男女がその森を歩いている。

 その全員の肌は褐色で、耳は尖っていた。いわゆるダークエルフだ。

 一人は大人の女性で手には大きめのバスケットを持っている。

 彼女は自分の隣の様子を見てフフッと笑っていた。

 彼女の隣では一人の男性が小さな少女を肩車していた。

 元気いっぱいの少女は男性の肩の上で周りを見渡しながら男性を連れ回している。

 男性はそれについて行くのが大変そうだけど、同時にその状況を楽しんでいた。

 その三人は家族だった。今日は家族でのピクニックの日だった。バスケットの中身はお弁当だ。

 見晴らしのいい原っぱに着くと男性、父親が持っていたシートをバサっと広げた。

 女性、母親と少女はそのシートの上にバスケットを置くと中身を広げ始めた。

 バスケットの中には、多種多様な料理がたくさん詰まっていた。全てこの女性が用意したものだ。

 全て並べ終わると三人はシートの上に座り揃っていただきますと手を合わせた。

 それから三人は周りの景色を楽しみながらお弁当を食べた。

 お弁当を食べ終わった後は少女は原っぱを駆け回ったりして遊んでいた。両親はそれを楽しそうに見ていたり、一緒に遊んだりしている。

 何ものにも変えがたいこの時間。少女はそれがこれからもずっと続いて欲しい。心からそう思っていた。


 しかしその日の夜、事件は起きた。


 夜中、ピクニックでたくさん遊び疲れて眠っていた少女は外の騒がしい音で目が覚めた。

 何事かと思い窓の外を見た瞬間、少女は目を見開いた。


 少女の目の前には森が轟々と火の海になっている光景が広がっていた。


 その時バンッと部屋の扉が開き母親が部屋に入ってきた。いつも落ち着いている母親が珍しく慌てていた。

 母親の話では誰かの手によって森が燃やされているらしい。

 騎士である父親は森の警備のために既に現場に向かっているとの事。

 よく状況が分からないまま少女は母親と避難した。

 周りにはその炎から逃げ惑うダークエルフでごった返していた。みんな慌てていてパニック状態だ。

 しかし避難している最中に少女はソレを見てしまった。その元凶の姿を。正確にはその影を。

 大きさは大人くらいだったが、人かモンスターかすらも分からない。それどころか何と例えたらいいのかすらも分からない珍味な姿だった。

 ただ一つはっきりと言えるのは間違いなく自分達の敵であり、とてつもなくまがまがましい気配がした事だ。

 森の騎士団もソレを発見したようで何人かが一斉に斬りかかった。ダークエルフは身体能力に優れている。その騎士団が負けるはずがないと少女は確信していた。

 しかしソレはそんな騎士団の攻撃を避ける事もしなければ守ることもしなかった。

 ソレはただ軽くのようなものを前に振っただけだった。

 その瞬間ソレの前にいた騎士はこっちへと吹き飛んできた。ちょうど少女の近くで止まる。

 その騎士にはもう下半身が無かった。

 何かで切断されているように下半身は切り裂かれており、中から内臓と血が流れ出してきた。

 少女はその光景に吐き気がしてその場に蹲った。

 周りをよく見てみるとソレの近くにはダークエルフの死体がゴミのように散らばっていた。

 騎士と同じように切り裂かれたり、炎で燃やされたり、中には握り潰されたような者までいた。

 こんな狭い森の中だ。大抵の人とは知り合いだった。もちろんその死体の山の中にも知り合いがたくさんいた。

 少女はとうとう耐えきれなくなりその場で吐いてしまった。それに驚いた母親が少女に駆け寄る。

 そしてソレは逃げ惑っているダークエルフ達に近づいてきた。

 それを阻止しようと立ち向かった騎士達は全員ソレに一瞬で声すらも発さずに殺されてしまった。

 少女はそんな騎士達の中に父親がいるのが見えた。

 父親がどれくらい強いか、少女はよく知っていた。だから父親が負けるはずがないと信じていた。

 父親はやられていく仲間達を見ながらも退く事はせずに勇敢に立ち向かった。


 しかしそんな父親も一瞬で殺されてしまった。


 少女は今この瞬間何が起きたのが分からなかった。いや、受け入れたくなかったのかもしれない。

 立ち向かった父親の剣はソレに片手で受け止められて、一瞬で握り潰された。

 それと同時にソレが放った手刀が父の腹を何の抵抗もなく貫いた。

 ソレはすぐに手を引き抜くと父親の右肩から腰にかけて腕を振り下ろした。

 父親の体はまるで煮込んだ野菜のようにあっさりと切断された。

 少女はその光景を何をすることも出来ずに見ていた。

 父親が死んでしまった。誰にも負けないと思っていた父親が、目の前で。

 そんな事はない。何かの間違いだ。

 少女は自分でもよく分からなくなり、知らず知らずのうちに涙を流して父親に駆け寄ろうとした。

 しかし母親が後ろからそれを止めた。その母親もポロポロと泣いていた。

 そしてソレが放ってきた炎によって再び森はパニックになった。

 それからはもう自分でも何をやったのかはっきりとは覚えていない。

 少女はとにかく逃げた。恐怖と悲しみと吐き気で震える体を母親に支えてもらい、燃え盛る森の中をひたすらに走った。

 自分の後ろでは仲間の断末魔が何度も鳴り響いていた。大人だけじゃない。中には自分の友達もいたように思う。

 けどそれを振り返る余裕は少女には無かった。機械のようにただ走っていた。

 そして気がつけばいつの間にかソレはいなくなっていて、残ったのは燃え尽きた森と仲間の死体だけだった。

 昨日まで当たり前のように家族とピクニックをしていた原っぱ、友達と駆け回った茂みも、それどころかその家族や友達までいなくなったのだ。

 少女と母親以外にも生き残った者はいたようだが、どこにいるのかも分からない。

 少女は泣きたかった。でも周りがそれを許さなかった。

 少女は急いで母親と共に隣の国へと逃げ込んだ。とにかくこれからのために最低限の生活を送るための基盤を整えなければならなかった。

 しかし生活に困った少女を助けてくれるほど世間は甘くなかった。

 母親は何とか少女を養うために仕事を探すが、ダークエルフつまり亜人という事で雇ってくれるところは少なく、あったとしても賃金は普通の人よりも安い。

 住む場所もスラムといってもいいところだった。

 それでも母親は少女を見捨てる事なく必死に働いてお金を稼いだ。

 少女も靴磨きなどをして必死にお金を稼いだ。でもちょっと油断すれば周りの大人がそれを暴力で奪い取った。

 そんなこんなでやがてその日の食事すらもままならなくなってしまった。

 そしてまるでそれを見計らったように一人の男が訪ねてきた。

 男は奴隷商人で、お金に困ってるなら少女をウチに売らないかと持ちかけてきた。

 提示してきた値段は今なら本来の相場に比べて全然安いと分かるが、当時の少女達には大金だった。

 結局この男は少女を安く買い叩きたかったわけだ。そのために監視でもしていたのだろう。

 しかし母親はそれを拒んだ。何があっても娘を売るような事だけはしないと、きっぱり断った。

 それから男は何度も訪ねてきたが母親の答えは変わらなかった。少女はそんな母親が大好きだった。

 けどそんな母親に我慢が出来なくなったのか、ある日仕事からの帰り道に少女は攫われた。そして自分の意思に関係なく奴隷にされてしまった。

 泣き喚けば鞭で叩かれて、色々なテストをされて少女は奴隷として売られ始めた。

 やがて間もなくして少女はある貴族の男に買われることになった。

 その男は亜人を痛めつけるのが趣味のような男で、少女を買った目的もそのためだった。

 毎日のように殴られて蹴られて、酷い時は刃物で切られた。

 意味なんてない。毎日意味のない暴力に怯えながら傷ついてきた。

 だから彼女は体と共に精神も傷ついていった。

 他の奴隷とは違い辱めを受けなかったのは彼女がまだ小さかったからだろうか。

 そして半年ほど前に少女は捨てられた。他の奴隷商人に売られたのだ。

 いくら傷つけても褐色の肌のせいで傷が分かりづらくて嫌なんだそうだ。

 やっと苦しい暴力から解放された頃には少女の心はボロボロになっており、どんな人に対しても恐れを抱くようになってしまった。

 人の悪意を恐れて人と関わる事が怖くなってしまった。

 周りの人達全てが自分を傷つける人として見てしまい、目が合うだけで怖がり誰とも話せなくなってしまった。

 それが少女───ロイゼの過去だった。




 ロイゼは眠る時に毎日のように自分の過去を夢で見る。

 死んでいった父親、友達の顔。自分に襲ってきた者達の姿が今でも鮮明に頭に焼き付き離れない。

 忘れられないのは姿だけではなかった。

 人から受けた悪意が消える事はない。どんなに時が過ぎても彼女にまとわりついてくる。

 人からの悪意が増えていくたびに楽しかった思い出が消えて、その中に人の悪意が埋まっていく。

 今日もその悪意がロイゼを襲っていく。

 彼女に向けられてきた悪意が一斉に襲いかかってくる。

 本当は逃げたい、助けてもらいたい。でも、今の自分にそれは許されない。

 ロイゼの頭の中をたくさんの悪意が埋めていった。どこまでもどこまでも…………

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 これからの参考にしたいのでぜひ感想などをください。

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