第21話 森の中
僕達が街の門を出てしばらくが経った。そろそろ目的地に着く頃だ。
色んなお店で買ったお昼ごはん、せっかく食べるなら場所にもこだわりたい。
「よし、ここでならいいだろ」
僕は周りを見渡しながらそう言うとその場に止まった。
「えっと、オモト様。ここは…………森の中、ですか?」
ロイゼが辺りを見渡して言った。
そう、今僕達は森の中に来ている。微かに吹いている肌寒い風と空から降り注いでくる暖かい日光が心地よい。
ちなみに森といってもさっきまで僕達がクエストをしていた森とは別の場所で、ここは街から一番近い森の中だ。
「あの、ここでお食事になさるのですか?」
「もちろん、こういうの一度やってみたかったんだよね。やった事無かったからさ」
要はちょっとしたピクニック的なものだ。自然を直に楽しむ、みたいな?
僕の住んでいた所はどちらかというと都会な所だったので、こういう事をやる事はまず無かった。
いや、たとえ出来る環境にいたとしても僕の家じゃ絶対にやらないか……。
というわけで異世界に来てそれをやろうというわけだ。
異世界だと日本に比べて自然が豊かだからか、雰囲気もちょうどいい。
この世界で森には何度か入ってるけど、それは全部クエストのためだからな。たまには純粋に森を楽しむのもいいだろう。
まぁもちろんそれだけが理由ではなく他にも目的があるんだけど、それは今はいいかな。後で後で。
とりあえずここならロイゼだって周りを気にせずに食事をする事が出来る。そもそも周りの目がないからな。
お、ちょうどいいことに切り株を発見。あそこで食べるかな。
僕は切り株の上に買ってきた食事を乗せると、その場に腰を下ろした。
本当はシートでもあれば良かったんだけど、急な思いつきだったからな。そこは勘弁して欲しい。これからの事もあるしどこかで買おうかな。
「ほら、ロイゼも座りなよ」
「え?……ですがこれはオモト様が楽しむためなのですから、私がいては楽しめないのでは?」
なんかまた余計な気遣いを。本当に真面目というか考えすぎなんだよな。
もうちょっと他人のものにあやかる事を覚えた方がいいよ?
「そんなこと無いよ。むしろロイゼと一緒に食べるために選んだ事でもあるんだから。とにかく座りなって」
「そ、そうですか。それでは失礼します」
ロイゼは納得すると僕の近くにゆっくりと腰を下ろした。
さてと、それじゃあ早速お昼ごはんにするか。買ったものからする匂いでお腹がすごい空いてるんだよ。
「いただきます」
「い、いただきます」
僕達は手を合わせると買ってきたものを食べ始めた。
まずはこの串焼きから食べるかな。
僕は串焼きを一本包みから取り出すと思いっきり齧り付いた。
う〜ん、美味しい!やっぱりこういう屋台特有の濃い目の味はクセになるんだよなぁ。
ここは日本と変わらずか。いいねぇ。
「ほら、ロイゼも食べれば?それともこういうの苦手とか?」
「い、いえ。それでは……」
そう言うとロイゼは包みから串焼きを取ると一口齧った。
「お、美味しいです」
「でしょ?他のも食べてみようよ」
ロイゼは少し周りを気にしすぎるところがある。自分が周りと違うからって人の視線を気にしているのだ。
だから普段街にいるとそれで緊張してあまり話さない。だからこうして人気のない場所を選んだ。
余計なお世話かもしれないけど、ロイゼにはもう少し普通の生活に慣れて欲しい。
誰にも縛られずに当たり前に食事をして、たまにこうやって楽しみの時間を楽しむような普通の生活。
これまで奴隷としての生活をしてきたのだから、それが難しい事は分かっている。
それでも僕といる限りは奴隷である事を忘れて欲しい。思い思いに自分の生活を満喫して欲しいのだ。
もちろん僕はそれを縛りつけるつもりはないし、彼女が自分の目標を見つけたらそのために解放してあげるのもアリだと思っている。
今日のクエストを見て彼女はとても素晴らしい戦士だというのが分かった。これからも一緒にやっていきたい。
でもそれはあくまで僕の個人的な意見だ。彼女の意思はそこには含まれていない。
だからもし彼女が自分の意思で何かやりたい事が見つかったら、そっちに専念させてあげたい。
彼女の人生を僕の勝手な願望で左右したくないのだ。『この人はこうあるべきだ』なんてのは考えている人の偏見だ。
結局自分の事を一番知っているのは自分なんだから、他人なんかにその人の形が分かるわけないんだよ。
それは主人以前に人間として絶対にやってはいけない事だ。
それにこれは僕の個人的な考えなんだけど、僕はちょっと彼女の将来に興味がある。
これからどんな風に成長していってこれからどのようになるのか。
ロイゼの色んな姿を思い浮かべるのがちょっと楽しくなっている。
これから生活していく中でロイゼは色んなものに触れていくだろう。それが彼女にどう影響するのか楽しみだ。
そのためにもまずは当たり前の生活の中で色んなものを感じてもらいたい。
もちろんロイゼがこのままでいいと言うならそれも選択肢の一つだ。変わらないというのもアリだと思う。それなら僕は出来る限り傍にいてあげたい。
でも色んな夢を見つけて悩んだり考えたりする事、その可能性を理解すること、そんな当たり前の生活をロイゼには送って欲しい。その中で自分の道は見つかるはずだ。
縛られる事しかないのが当たり前だと思ってしまえばそれはただの操り人形だ。大切なのは自分の中にある可能性をの存在を知ることだ。
この世界は日本とは違い人生を決めるタイムリミットは無い。
冒険者のようになろうと思えばすぐにでもなれる職業だってあるし、進路の決定を急かす教師はいない。
それならゆっくり見つけて考えていけばいいのだ。僕はそれにとことん付き合うつもりだ。
僕の意思で買ったんだ、そこは最後まで責任を持って応援したい。
そうこうしているうちに僕達は食事を終えていた。
「ごちそうさま。たまにはこういうのもいいでしょ?」
「はい、とても」
そう答えるロイゼはどこか遠い目をしていた。どうかしたのかな?
「そういえばオモト様、この後は何をなされるおつもりなんですか?」
包みを片付けてくれたロイゼが僕に聞いてきた。僕がやるとは言ったんだけどね。
いつもなら宿に戻ってお昼寝でもしようかなってなるんだけど。今日はちょっと予定変更だ。
「そうだな……今日はもう少しだけ森の中を歩かない?一緒にさ」
「は、はい。分かりました」
僕の提案にロイゼは頷いてくれた。本当に嬉しい。
それから僕達は日が暮れ始めるまで森の中を歩き回っていた。
一応万が一モンスターとエンカウントした場合を考えて武器は握っていたけど、運良く出会う事はなかった。
それにしてもこうやって森の中を歩くのっていいねぇ。静かで誰にも見られていない。自分の世界にどっぷり入り込みながら周りの景色を楽しめる。
ロイゼが緊張しているからかあまり話しかけてこなかった。だから会話らしい事はほとんどしていない。ただ周りを見ながら景色を楽しんでいる。
まぁこういうのもアリかもしれない。
ただ一つ気になったのは森を歩いている間ロイゼがずっと遠い目をしていたことだ。
お昼ごはんの時もそうだったけど、何かあったのかな?
そんなこんなであっという間に日は暮れ始めてしまい、今はもう夕日が昇っている。
僕達は宿に帰ると夕食を食べた。宿のご飯も美味しいなぁ。
夕食を食べ終わり僕は部屋に入るとベッドに滑り込み大きく息を吐いた。
ロイゼは部屋に入ると部屋の隅で立っていた。休めばいいのに。
ふぅ、それにしても癒されるなぁ。しばらくこうしていたい。せめて座ってればいいじゃん。
「ロイゼ、先に湯浴み済ませてきなよ。僕はもうちょっとゆっくりしてるからさ」
「あ、はい。それではお先に失礼します」
ロイゼはご丁寧にお辞儀すると湯浴みに向かった。
初めてのクエストがあって疲れてるだろうからな、早めに湯浴みをさせてあげたかった。
僕はフゥと息を吐くと寝転んだまま天井を見上げた。
何か色々と戸惑うなぁ。主にロイゼとの接し方が。
これまで人と積極的に仲良くなろうと思ったことが一度も無かったから、何をしてあげるべきなのか分からない。
無理して仲良くなる必要はないんだろうけど、あの控えめすぎる性格はな………仕方ないとはいえ接し方に困る。
それに僕はまだ…………。いや、これはまだ早いのかな。
とにかくこれまで僕の周りにはいなかったタイプの人だ。僕自身もどうしてあげるのがベストなのか分からない。
決して悪い子ではない。むしろこれまで僕の近くにいた人達と比較すれば完璧と言ってもいいくらいいい子だ。
この期に及んで改善を求めるなんて贅沢な事かもしれない。
でもだからこそ、ロイゼには自分の意思で行動して欲しい。僕の個人的な意見で悪いんだけどもったいないんだよな。
まぁそこは強要しても仕方ないか。
すると湯浴みを終えてネグリジェ姿のロイゼが戻ってきた。肌は上気していてすごい艶やかだ。思わず抱きつきたくなる。
やっぱり綺麗だなぁ。昨日も見ていた格好なのにジッと見惚れてしまった。
「あ、あの、湯浴み終わりました。………………オモト様?どうかなさいましたか?」
ジッとしていた僕を不審に思ったのかロイゼが僕を覗き込んできた。
おっと、いけない。これは失礼だったな。
「いや、何でもない。それじゃあ僕が湯浴みしてる間に傷薬塗ってなよ。腕の包帯とかは出てきたらやってあげるからさ。薬、ここに置いておくよ」
「え……あ、はい。ありがとうございます」
僕は傷薬をベッドの隣の台の上に置くと手早く湯浴みをしに行った。
その後湯浴みを終えると僕はロイゼの腕の包帯を変えてあげて、昨日と同様にロイゼと一緒に寝た。
一応何となく抵抗はしてみたんだけどね。ダメだったよ。
一番早く改善すべきなのはそこかもしれない。
そんな事を考えながら僕はドキドキしつつも眠りについた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




