第16話 傷薬
ロイゼと僕の距離がこれまでで一番近くなる。
湯浴みの前にもかなり距離が近かったが、それよりもだった。
お互いの息遣いが分かるほどまでに距離を縮めると、お互いが緊張しているのがよく分かる。
「そこまで緊張しなくて大丈夫だよ。僕もこういうのやった事ないから、上手く出来るか分からないけど」
自分でも慰めになっているのかどうか怪しいセリフだなと思った。まぁやった事ないのは本当だけど。
「は、はい。よろしく、お願いします」
多少緊張が抜けたのかロイゼがゆっくりと身を預けて頭を下げた。そんなにかしこまらなくても。
でも身を預けてくれてるって事はそれなりに信頼されてるって事だよね?
とりあえず嫌がられてはいない、でいいのかな?結構嬉しい。
ロイゼは僕と視線を交わすと覚悟を決めたかのように目を閉じた。ちゃんと分かってるんだな。
僕はそんなロイゼの体に顔を近づけると
ベッドの隣のタンスの上にあった瓶を手に取り、ねっとりとした中身をすくいとってそれをロイゼの顔に塗った。
「ひゃっ!………………………………………え?」
ロイゼは冷たい傷薬を塗られて一瞬ビクッとした後に、不思議そうに目を開けて僕を見た。ん?何だ?
「どうかした?というかもうちょっと目瞑ってて。目に入るよ」
「えっと………何をなさっているのでしょう、か?」
ロイゼがポカンとして聞いてきた。何でそんな驚いているんだ?
「あぁこれの事?これは傷薬だよ。ほら次は右腕貸しな」
僕は顔に傷薬を塗ると、ロイゼの右腕に傷薬をそっと塗ってあげた。
「え…………あの…………なぜ私に?」
「いや、何でって。君が怪我してたからだけど」
さすがに無傷の人に傷薬使うような意味不明なマネはしないよ?
ロイゼの体にはあらゆるところに傷がついている。
これはかつての主人によってつけられたものだ。
ロイゼの前の主人は亜人を傷つける事に喜びを感じるようなヤツだった。
だからロイゼはその主人に毎日のように殴られたりしていたらしい。
だから今のロイゼは身体中が傷だらけだ。
傷だらけの奴隷を商館が放置しててよかったのかと思ったのでマルディアさんに聞いてみると、なんとかしようとはしたらしいんだけど、人を怖がられて治療を拒んでいたらしい。
ちなみに傷だらけだったのもロイゼがこれまで買われてこなかった理由の一つみたいだ。
もちろんその主人から捨てられてしばらく経っているので治っている傷もあるけど、まだくっきりと残っている傷薬もある。
だからロイゼが僕の服を選んでいる間に近くのお店で傷薬とついでに包帯を買っておいたのだ。それでロイゼが湯浴みしている間に準備していたわけだ。
僕はロイゼの右腕に傷薬を塗り終わると包帯を巻いてあげた。初めてやるから正解が分からないな。
とりあえずなんとなくでやるしかないか。
「というかそれ分かってて目瞑ったんじゃないの?」
「いえ……私は……その……てっきりお情けをいただけるのかと……」
その言葉に思わず包帯を落としそうになったが、なんとかキャッチした。
せっかくその事忘れられると思ったのに……思い出させないでよ。ただでさえ距離近いんだから。
「大丈夫、まだ会って数週間だよ?それは絶対にしないから。安心していいよ」
「は、はぁ。そう、ですか……」
そう出会って間もない怯えている子に手を出すのはやめよう。
そういうのはやっぱりお互いをよく知って、そういう関係になってからだ。
大体、こんな改造人間がロイゼと結ばれていいわけないしね。
「はい、それじゃ左腕貸して」
「は、はい。ですが、あの……私なんかのためにそこまでしていただかなくても……。傷薬だって決して安いものでは無いでしょうし……」
まぁたしかにそこそこの値段だったけどね。
「大丈夫だよ。君だって傷ついたままは嫌でしょ?戦いだと何があるか分からないし、万全の状態で臨みたいじゃん?いい腕してるんでしょ?」
後はロイゼが傷ついているのがなんとなく嫌だったってのもあるけどね。それは言わなくてもいいだろ。
僕は左腕も同じように傷薬を塗って包帯を巻いてあげた。
しかしこう見ると本当に傷だらけだな。殴った痕だけじゃない、何かで切ったような痕もある。
どこの誰かは知らないけどさ、よくこんな事しようと思ったよな。
人の趣味をどうこう言いたくはないけど、これはちょっとねぇ。もし見つけたらぶっ殺す。
ちょっとした殺意を湧き出しつつ僕はロイゼの左腕に包帯を巻き終えた。
今傷薬持ってなくてよかったな。持ってたら握り潰してたかも。
「これでよし、っと。後他に塗るところある?」
脚は……そこまで酷くなさそうだしな。というかそこに手を出すのは……結構躊躇われる。理由は察して。
「えっと……でも……」
しかしロイゼは俯いてまだ渋っているようだ。別に気にしなくてもいいのに。というか何故顔赤い?
「大丈夫。まだ傷薬も包帯もたくさんあるから遠慮しなくていいよ」
おそらくだけど今のところ傷薬も包帯も全部ロイゼのためだけに買っておいたものだ。
僕達はこれからのクエストで傷つく事もあるだろう。
そんな時僕は生物系改造人間特有の自己再生能力があるから、治癒にそこまで困る事はないはずだ。腕の一本くらいならすぐに再生出来る。
そうなるとこれらを使うのはロイゼだけになるわけで。
もっとも僕自身はもちろんロイゼも傷付けさせるつもりはさらさら無いけどね。絶対に守る。
「そ、それでしたら……分かりました……」
するとロイゼは恥ずかしそうにゆっくりとネグリジェの肩紐を外した。
それによりネグリジェがめくれて肩から上が完全に剥き出しになり背中も露わになった。
最初は隠していた胸の辺りもゆっくりと……っておい‼︎
「ごごごご、ごめん‼︎そうなるよね!はい、これ傷薬の瓶と包帯ね。後自分で出来るでしょ、終わったら言って。それじゃ‼︎」
僕は一方的にまくし立てて傷薬と包帯をロイゼに押し付けるとバタバタと素早く部屋を出た。
勢いよく扉を閉めると大きく息を吐いて壁にもたれた。
はぁ、やっちゃったなぁ。そりゃ恥ずかしそうにするわな。
考えてみれば顔と手足終わったんだから残りなんて簡単に分かったのに。
僕がため息を吐いていると一階から宿屋のおばさんがやってきた。さすがに騒がしかったか。
「随分騒がしいけど、どうかしたかい?」
「あ……いえ、大丈夫です……」
まさかロイゼの裸見えそうになって焦ってましたとは言えないので適当に濁しておいた。
「そうかい?まぁ他の客で寝てる人もいる。あまり騒がないでおくれ」
「はい……すいません」
僕が適当に答えるとおばさんは一階へと戻っていった。
ふぅ、なんかまた疲れたな。これから毎日こうなるのかな?
しばらくしてロイゼが扉から顔を覗かせた。顔は赤いままだ。
「あの……終わり、ました……」
「う、うん、分かった」
僕は立ち上がると部屋に戻った。今さっきの事もあり少し顔を合わせづらい。
「それじゃ寝よっか」
これ以上起きてるとまたなんかトラブルが起きそうだ。
「……はい……その……」
「……ちゃんとベッドで寝よう。別に大丈夫だからさ」
「…………はい」
やっぱりまだ遠慮してたか。
僕はロイゼをベッドまで歩かせると腰掛けさせた。
「ランタン、消すよ」
僕はそのままソファーへと向かい、ソファーに寝転がった。
「その、おやすみなさい」
「おやすみ」
ロイゼと挨拶を交わすと眠くなってきたので、僕はゆっくりと目を閉じ────
「って、ちょっと待ってください」
ようとしてロイゼが起き上がったので目を開けた。
「何、どうかしたの?」
ちょうど眠くなってきたところだったのに。
「いえ、その……ベッド、使わないんですか?」
「え?……うん、まぁね」
何言ってるんだ?そんなの当たり前だろ。
一緒に暮らし始めて数時間の同い年くらいの少女と同衾って。さすがにそれはアウトだろ。
そりゃやるのもやぶさかでは無いけど、そんな夫婦じゃあるまいし。
「一人だと嫌か?」
「えっと……そうではなくてですね。オモト様が使ってないのに私がベッドを使うのは、申し訳ないですよ」
いやそんな事気にされてもな。
「別に構わないって。寝るなら一人の方がいいでしょってだけだから」
「それでしたら私がそちらに……」
え〜ロイゼをちゃんとベッドに寝かせてあげるために二人部屋にしたのに。まぁ選択間違えたけど。
「本当に大丈夫だから」
「でも……せめて同じくらいで……」
あの、それは難しくないか?
「それをここでやるとなるとさ、その……一緒にベッドで寝ることになるんだけど……いいの?」
「私は……えっと……オモト様なら……いい、ですよ?」
そうなのか?遠慮してる……わけじゃなさそうだけど。
これ以上拒んでも余計にロイゼに気を遣わせそうだし。腹括るか。
「それじゃ、失礼して……」
僕はソファーの近くにあったランタンの明かりを消した。
このランタンは部屋の明かりとして貰ったものだ。結構役立つんだよ。
そして僕はベッドに着くとロイゼの隣に横になった。
二人用のベッドなので一人用よりかは大きいけど、それでも身を寄せないと収まらない。
だから目を逸らしていてもすぐそこにロイゼがいるのがしっかりと伝わってくる。
しばらくしても全く寝られる気がしない。
ロイゼは疲れているようでもうぐっすりだ。こうしているとロイゼの寝息が聞こえてくる。
これも慣れないとダメなのかなぁ。
そんな事を考えながら夜はふけていく。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
私はカクヨム様でも小説を投稿させてもらっていますぜひ読んでください。
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