第14話 会話
食事を終えた僕達は部屋へと戻って行った。
やはりダークエルフの奴隷という事で、ロイゼは宿でもそれなりに目立ってしまった。
僕が睨んでなんとか事なきを得たけど、これ何とか出来ないかなぁ。
行く所行く所で目立ってたらロイゼが可哀想だ。ストレスだって溜まるだろうし。
周りから注目されたいってヤツもいるけど、ロイゼは間違いなくそういうタイプじゃない。むしろ苦手そうだ。
これまでもずっとこういう風に見られてきたんだよな。嫌じゃないのかな?
でもたとえ嫌でもそれを拒絶することは彼女には出来ないのか。大変なものだ。
何とかしてあげたいんだけどなぁ、どうすればいいのやら。
そんな事を考えながら僕達は部屋に入った。
部屋に入ろうとした時にまたロイゼが立ち止まろうとしてたから無理矢理入れたけども。
部屋に入ると僕はソファーに腰掛けてダラーっとしていた。
いいねぇ、こういう暇な時間ってのは本当に貴重だ。この世界に来てそれが嫌というほど分かった。
いつどこで襲われるか分からない。そのためにいつも周りに気を遣わないといけないのって結構疲れる。
だからこそハイルセンスが狙えていないであろうこの時間が僕にとってはとても貴重なのだ。
ハイルセンスがいつここに僕がいる事を突き止めるかは分からない。もしかしたらもうバレているかもしれない。
そうなればハイルセンスの改造人間が、僕を殺しにこの街に送り込まれてくるだろう。
これからこうやってのんびりとしている時間があるかどうか。
だからこの時間を大切にしたい。
するとロイゼが部屋の中で突っ立っているのが分かった。
またやってるよ。何してんの?
「ロイゼ、ずっと立ってると疲れない?特にやる事も無いんだし、どこかに座っておけば?」
「えっと……だ、大丈夫です。慣れていますので」
いや、ずっと立っていられるとこっちが落ち着かないんだよな。
自分とは違う目線で周りを見ている人がいるとどうもゆっくり出来ないんだよね。
「そうは言っても疲れるには疲れるだろ。別に悪い事じゃないんだから休みなって」
「そうですか……分かりました」
ロイゼは頷きながら床に座ろうとした。
だから何で床なんだよ。他に座る場所あるだろ。
「何でそんな所に座るの。ほら、こっち座っていいから」
そう言って僕はロイゼの腕を引っ張ってソファーの僕の隣に座らせた。
「で、でも主人と同じ場所に座るなど……」
「あのなぁ、これから冒険者として戦う事になるんだよ?ちゃんと戦うにはまずちゃんと休まないと。でしょ?」
戦いに上下関係なんて関係ない。ちゃんと休む時には休まないと。
「は、はぁ。ありがとうございます……」
いや、そこで感謝するか?何か変じゃない?
それからしばらく僕達はそのままソファーに座っていた。
お互いに目を逸らしていて固まっている。
ヤバいな。自分でやっておいてアレだけど、この状況……キツいな。
狭いソファーの僕の隣に座らせたから今にもお互いの肩が触れそうだ。
顔を逸らしていてもロイゼが隣にいるのを体温で感じる。
ロイゼもその辺りを感じているのか顔を俯かせて固まっている。
僕の隣じゃなくてベッドとかに座らせれば良かったな。すごい緊張する。
女性にここまで近寄られた事は全くと言っていいほどに無かったからな。
その緊張からロイゼを座らせてから会話も全くしていない。
さっきまでは必要だと思ったから話していたけど、そうでないと話すことが全く無い。
というかさっきまでどうやって話していたのか完全に忘れてしまった。何で普通に話せたんだろ。
そもそも人とのコミュニケーションが得意じゃないのに、ロイゼみたいな綺麗な子と会話はハードルが高すぎる。
何とかこの状況を打破しようと、少しでもロイゼを目を合わせようとしてもすぐに逸らしてしまう。
だってずっと見ていたら失礼だろ。それにロイゼ綺麗だしさ。ボロ服による肌の露出も含めて目に毒なんだよな。
ヤバい……そろそろ居心地悪くなってきたな。何でもいいから話さないと。
よし……とりあえず声をかける事から……
「「あ、あの……」」
完全にロイゼとダブった。恥ずかしい〜。
どうやらロイゼもこの雰囲気に耐えられなくなったようで話そうとしてくれたみたいだ。
けどダブった事によりまた話しづらくなってしまった。
「えっと……ロイゼからいいよ」
「え……でも……」
「大丈夫だから」
「は、はぁ……そうですか」
ぎこちない譲り合いの後、ロイゼが緊張しながら話し始めた。
「その……あなたの事を……何と呼べば良いでしょうか?」
え?呼び方?そんな事聞かれてもなぁ。
というか僕ロイゼにちゃんと名乗ったんだっけ?ほとんどマルディアさんに任せていたような。
「別に……何でもいいよ……」
どう答えていいか分からずにロイゼに任せる事にした。
「そう、ですか。でしたら……オモト様で……」
「お、おぅ……分かった」
いやいや分かったじゃないだろ。何で好きにさせておいて様付けなんだよ。普通に呼び捨てで構わないんだけどな。
でももう了承しちゃったし、取り消すのも面倒だ。このままでいいか。
「その……ロイゼは呼び方このままでいい?ずっと呼び捨てにしちゃってたけど」
よく考えればすごい失礼だったな。同い年とはいえ初対面で呼び捨てって。
普通ならこんな事絶対しないんだけどな。変に緊張してたからさ。
「はい……大丈夫です」
どうやらこのままでいいようだ。よかった。
それからしばらくまた沈黙が流れる。ヤバいせっかくの会話が途切れた。
「その……オモト様も私に何か言ってませんでしたか?」
あ、そうだった。緊張でそんな事飛んでたな。
といっても適当に声をかけただけなので、とくにしたい会話もないんだよな。
でも何か話さないと空気悪くなっちゃうし……どうしよう。
……あ、そうだ。
「その……お風呂……というか湯浴み、先いいよ。行ってこれば?」
この宿では追加料金で一階にあるお湯を使って湯浴みをする事が出来る。
ただこの世界の宿にはいわゆる湯船のようなものは存在しない。
この世界にある事はあるんだけど高価らしくて、上流階級の人間しか使わない。
ロイゼが奴隷商館で湯浴みをしていたかどうか分からない。
とりあえずお湯を浴びてさっぱりしてきたらいいんじゃないかな。
今日は色々とあって疲れるだろうし、その回復も含めてゆっくりしてこればいい。
後、これ以上近くにいると僕が本当に緊張で何も出来なくなりそうなので、一旦距離を取りたいってのもあるんだけどさ。
「い、いえ。さすがに奴隷の私がそこまでするのはもったいないですよ」
え?そうなの?でもお金はちゃんとあるしな。別にもったいないって事は無いだろ。
「別に構わないよ。お金ならちゃんとそのために残してあるから」
「でも……私なんかのためにそこまで……」
「いや、僕も使うし、ついでだよ。それに君だってずっとそのままは嫌だろ?」
ちなみに僕も使うってのは嘘である。この宿に泊まってから一回も利用していない。
一応ちゃんと各部屋に下のお湯を溜めてある場所があるんだけど、特に使う理由が無かったからな。
ただこう言えばロイゼも使いやすくなるかなと思ったのだ。
「そうですか……分かりました。でも、オモト様を差し置いて私が先に使うのは……」
え〜そんな事考えるか?面倒だなぁ。
何かさぁ、その全部において主人が絶対ってのどうにかして欲しい。僕はそこまで偉い人じゃない。
でも彼女を一人にするにはちょうどいいか。
「それなら先に使わせてもらうから、そこでゆっくりしてて」
僕がいなくなればロイゼも少しはリラックス出来るだろう。
こういう時はとにかく誰かといさせるのは良くないよな。緊張させちゃう。
一人にしてあげてちゃんと自分だけの時間を作って欲しい。
「分かりました。………あの、お背中を流したりなどは……」
「しなくていいよ……」
僕はげんなりしながらそう言うとタオルを持って浴場に行った。
やっぱり奴隷の中にはそういう事する人もいるんだな。
好意は嬉しいけど、生憎僕は異性と湯浴み出来るほどの度胸は持っていない。
僕は脱衣所に着いたその瞬間、のしかかっていた緊張が一気に解けて大きく息を吐いた。
はぁ、何かすごい疲れたなぁ。人と友好的に接するのってこんなに難しいのか。
ちゃっちゃと湯浴みを済ませると、浴場を出て一息吐いた。
すごい簡単にしたけど、野郎の湯浴みのシーンなんて求めてないでしょ?
体を拭いて寝着代わりのさっきロイゼに渡されたパーカーを着た。私服と寝着同じでいいだろ。
おぉ、ちゃんとサイズもいいな。ちょっと大きめだけど、寝着なんだからこれくらいがちょうどいい。
僕はタオルで頭を拭きながらロイゼに声をかけた。
「おーい、次使っていいよ」
「あ、はい。分かりました」
ロイゼはソファーから立ち上がると湯浴みの準備をした。
準備を済ませて浴場に行こうと僕の隣を通り過ぎようとした時、ロイゼは立ち止まって言った。
「あの、私なんかに……本当にありがとうございます」
ロイゼはそう言うと寝着が入っている紙袋を持って、僕にお辞儀してから部屋の奥に入っていった。
何というか……律儀な子だねぇ。まぁ立派だとは思うけどさ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




