第13話 宿
「何か悪かったね。ちゃんと一人部屋にしてあげる予定だったんだけど」
「い、いえ。そのお気持ちだけで充分です。ありがとうございました」
自分の部屋から荷物を運びながら僕はロイゼに謝った。
荷物といっても大したものは無く、運ぶのは武器くらいだ。それもロイゼに見せるわけにはいかないので僕が持っている。
それにしてもまさか奴隷に一人部屋はダメとは。ちょっと予想外だった。
何でも前はこれを良しにしていたらしいが、部屋を荷物置き場として利用出来る事になってしまい泊まりたい人が泊まれなかった事があったんだって。
だから物カウントの奴隷は一人部屋禁止になったんだそうだ。
理屈は分かるけど本当に酷いな。そこまで露骨に物扱いするか?
ロイゼにだってプライベートはあるだろうから一人部屋をと思ってたのに。
しかも彼女が奴隷であると認識させてしまった。きっと嫌だったろうな。
ちゃんと首輪隠してたら何とかなったかなぁ。いや、それはそれで後々面倒か。
どうやらロイゼはこの事を知っていたみたいで、だからこそオロオロしていたみたいだ。気づいてあげるべきだったな。
はぁ、主人としてちゃんとしていると胸を張れるようになろうと思ってたのに、初手からコケてばっかだな。情けない。
どこかで挽回するとしよう。このままだとロイゼに悪いからな。
「えっと……次の僕達の部屋は……ここかな?」
「そうみたいですね」
『265』室、間違いないな。
僕は部屋の扉を開けて中に入る──とその瞬間固まってしまった。
嘘……だろ。この部屋……。
二人部屋だから一人部屋よりも広く、当たり前だが二人で生活することを前提として作られている。そこは予想していた。
ただ、これは予想外だ。
何で二つのベッド繋がってるんだ?
二つベッドがあるのは当然だけど、てっきり別れてると思ってたのに!
「なぁ、何でベッド繋がってるかって分かる?」
「? それはさっきダブルでいいとおっしゃられていたからでは?」
あれかぁぁ‼︎変だなとは思ってたけど、やっぱりちゃんと聞いておくべきだった!
宿の事なんか興味無かったから全く知らなかった。
「ごめん……ロイゼ」
僕は項垂れながらまたロイゼに謝った。
ロイゼを個別のベッドで寝かせてあげるために二人部屋にしたのに。これじゃ意味がない。どうしたもんか。
一緒に寝るなんて夫婦じゃあるまいし。無理だって。
「え?えっと……どういう事でしょうか?」
ロイゼはわけが分からないといった感じで首を傾げた。
は?何言ってるんだ?
「いや、だからちゃんとベッドで寝かせてあげるつもりだったのに……」
まさかこんな事になるとは。あ、でもこれ以外に選択肢は無かったんだよな。でもなぁ。僕と一緒だなんて嫌だろうなぁ。
まぁこれに関しては何とか出来るし、今は気にしないでおこう。
「えっと……私は寝る時は床で充分ですよ?」
え?いやいや。
「そんな事させるわけないだろ?ちょっとベッドで寝ていいよ」
僕そんな事するような悪いヤツに見えるのか?面倒を見る以上は寝る場所くらい与えるよ。
勝手に買っておいてそのまま放置なんてするわけない。
というか今何かコイツの発言おかしくなかったか?気のせいかな?
「大体、そうで無かったらわざわざ二人部屋にしてないよ」
「そうですか。……てっきり二人だと狭いから二人部屋にしたのかと……」
そんな理由で余計な出費はしないよ。それが嫌なら外にいればいいんだから。
彼女にはとりあえず奴隷としてではなく、彼女個人として生活して欲しかったからな。
僕の下には縛りつけずに、出来るだけ彼女の時間を過ごして欲しかった。すごく申し訳ない。
こうなったら仕方ない。これで何とかするしかないのかな。
僕は部屋に入り荷物を下ろした。これはここで……これはここかな。そこまで荷物が多くないから楽でいいね。
武器は人に見つからない所に置いておくか。どこか無いかな?
ってあれ?ロイゼがいないな。
体を起こして周りを見渡すとロイゼが部屋の前で突っ立っていた。
何やってるんだ?
「えっと……部屋入れば?」
「え?……そんな許可も無しに入るのは……」
いやいや、ここ君の部屋でもあるからね。許可も何も無いだろ。
「別に許可なんて必要ないよ。普通に入って大丈夫だよ」
「そうですか。それでは、失礼します」
ロイゼは頭を下げるとそっと入ってきた。いや、だから普通に入ってきてよ。
ロイゼって何か色々とズレてるなぁ。それとも僕が変なのか?
「そういえば買ってきた服ってどんなの?」
買ったのは見たけど、どういうのかは見てないからな。
「はい、こちらになります」
そう言ってロイゼが差し出してきたのは紫色のパーカーだった。
お、いいね。日本にいた時はいつもジャージだったけど、これはこれでいいね。
ちょっと大きめだけど、キツいよりかは全然いい。むしろダブダブでいいな。
「どうですかね?お気に召しましたでしょうか?」
「うん、すごくいいよ。ありがとう」
「そうですか。よかったです」
僕はそう言うとロイゼはホッと息を吐いた。いいチョイスしてるよ。
「さてと、そろそろ夕食を食べるか」
お腹も空いてきたしな。夕食の時間だ。
「あ、はい。いってらっしゃいませ」
……いやいや、何でそうなるの?
「君も来るんだよ。一緒に食べるの」
バラバラである必要は無いだろう。というか面倒だし。
「でも……宿の食事は高いですし、私でしたらその辺りの出店で適当に済ませてきます」
え?高いの?って出店とかに比べれば高いか。
でもなぁ、ロイゼをその辺に放っておくのもな。ちょっと抵抗がある。
さっき色んな人に注目されてたからな。隠せているとはいえ何をされるか分からない。
ただでさえ人と関わるのが苦手だった子なのだ。一人で外出は結構心配だ。
さっきは僕が視線で追っ払っていたからよかったけど、それが無いとなるとな。
過保護って言われたらそれまでなんだけど、何かあってからじゃダメなんだ。そう思うとどうしても心配になってしまう。
「お金よりロイゼが外で何かされる方が嫌なんだよ。その辺は心配しなくていいから、一緒に食べよう」
「そう、ですか……ありがとうございます」
まったく、ここまで遜られるとなんか調子狂うんだよな。
「あ、そういえば布どうする?着ていく?」
僕はロイゼが脱いだ布を見て聞いた。
さすがに室内で頭まで被ったら不自然だけど、体に纏うくらいなら大丈夫だろ。
首から下をちゃんと隠せれば少なくとも奴隷として注目される事は無くなるはずだ。
「えっと……大丈夫です。慣れてますから……」
ロイゼが遠慮がちに答えた。慣れてるって……。いくら慣れてるといっても嫌なものは嫌だろう。
でも布を着てそれで目立ったら意味ないのか。難しいところだな。
まぁ誰かが不躾に見てきたら僕が睨みつければいいか。
僕はロイゼを連れて一階へと戻っていった。
これまでと同様に夕食を受け取ると、ロイゼの分も貰い近くの席に座った。
その時にやはり一階にいた何人かの人がロイゼをジロジロと見ていたので、僕が一睨みして追っ払った。
まったく、見せ物じゃないんだよ。ロイゼに失礼だろ。
この子いつもこんな風に見られてきたのかなぁ。ダークエルフで奴隷なんだから注目されて当然といえば当然なんだけどさ。
そのうちストレスとかで倒れないといいけど。
するとまたしてもロイゼが席の前で突っ立っていた。
「どうしたの?ロイゼも座れば?」
さっきから一々止まってるけどどうかしたのかな?ちょっと面白いけど。
「え……その、私も座ってよろしいのですか?」
「は?いや、よろしいも何も座らなきゃ食べられないでしょ?」
立ち食い屋じゃあるまいし。そのままってのはちょっと行儀悪いよ?
大体そのために椅子が二つある所選んだんだし。
「その、私でしたら床でも構わないのですが」
それはどうなんだ?それが当たり前なのか?というかロイゼ床での生活多くないか?
「それやったら周りから目立つでしょ。僕目立つの嫌だし、ほら座って」
「そうですか……それでは失礼します」
そう言ってロイゼは頭を下げると僕の向かい側へと座った。
はぁ、奴隷の扱いって結構疲れるのね。
適当に一緒に行動する人が増えたくらいの感覚だったのに。
人を人として扱う事にここまで疲れたのは初めてだ。まぁそもそも僕は人と関わる事が少ないんだけどさ。
「それじゃ食べるか」
「……はい」
僕達はいただきますをすると食事を始めた。
ロイゼは最初は戸惑いながらこっちをチラチラ見ていたが、僕が勧めるとオズオズと食べ始めた。
特に会話らしい会話は無く、僕達は黙って食事をした。
チラッとロイゼを見ると彼女は美味しそうに食べていた。よかった、喜んでいるみたいだ。
その様子に僕はホッと息を吐いた。気に入ったみたいで何よりだ。
彼女には出来るだけ普通の生活をしてもらいたいんだよね。僕と一緒の当たり前の生活を。
まぁ今すぐは無理でもゆっくりと慣れてくれればそれでいい。
困惑しながらも美味しそうに食事をしているロイゼを見ながら、僕はそう思った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




