第9話 決断
そんなクエストを始めてから一週間ほどが経った。
最初は色々と不慣れな事が多かったものの、それも今ではほとんど気にならなくなっている。
こういう事をやるのに大切なのは慣れの早さだ。いかに早くこの環境に慣れるのか、それが仕事のスピードを分ける。
僕は自分でも思っていた以上に慣れるのが早くて驚いていたりする。
最初から今まで苦戦することはなく、クエスト自体もあっさりと終わっていた。
もちろんいいことではあるんだけどさ、このモンスターとの戦いを自分がこうも簡単に受け入れられるとは。
まぁゲームとかであるデイリークエストみたいなものって考えれば妥当……なのかな?
というかほとんど作業みたいな形でクエストやってるからな。我ながらそれはどうなんだと思う。
それとこれはあくまで僕の予想なんだけど、ハイルセンスにいた時のことが関係しているんじゃないかな?
何 一日一回人間じゃないけど、何か動物……だったかな?それらの相手をしていた記憶がある。
改造人間としての訓練の意味はもちろんあるけど、それ以上に実験のためという意味が強かった。
ハイルセンスで作られた遺伝子操作や身体改造をされたモンスターと戦わせられたことも珍しくない。
そのモンスターってのが結構なペースで作られるんだよね。
だからか分からないけど、そのいつもモンスターと戦っているという感覚がしっかりと残っていたみたいだ。
まぁただその改造されたモンスターと普通のモンスターでは力の差は歴然だ。
もしかしたらそれがクエストがあっさりと終わる理由の一つかもしれない。
どうしても相手は改造された自分と似たような力を持っていると思ってしまうわけだ。
これも何とかした方がいいよな。
今はあんまり人に見られてないから問題無いけど、いつどこで見られているかは分からないのだ。
あの戦闘力はおかしいと思われれば何か疑われるかもしれない。
うまいこと力をコントロールする術を身につけないと厄介だぞこれは。
まぁ今すぐ何とか出来るものでもないだろうし、コントロールの方法考えるよりかは誤魔化す方が楽かもしれないな。
そんな事を考えながら僕は街の通りを歩いていた。
今日もギルドでクエストを受けてきたのだ。今はその帰りだ。
空は夕方に近づいていて紅くなり始めている。
僕がこの街に来てからおよそ一週間が経った。
最初は結構な違和感があったこの街の景色も、今では当たり前の日常の景色になりつつある。
この生活がこれからも続ければいいんだけどな。
けど正直それは難しいと考えている。
ハイルセンスの技術を使えば、僕がこの街にいる事を知るのにそこまでの時間はかからないだろう。
そうなれば必ずハイルセンスの改造人間がこの街にやってくる。
それなりの対策を考えているとはいえ、それがいつか分からないってのはちょっと怖い。
さすがに向こうも堂々と襲ってくる事はないだろうけど、それだって確実じゃない。
上流階級の人間に取り入って権力で攻撃してきたり、大型モンスターを操って街を襲わせるかもしれない。
いや、後者の場合は倒せば終わるからそれは気にしなくてもいいか。
それに堂々ではないからこそいつでも気を張っている必要がある。
生活が整う前にはバレたくないものだが。どうなるもんか。
とりあえずお金はそれなりに集まったんだよな。
これならロイゼを買った後も問題なく生活が出来るな。
まぁそれがいつになるかは分からないんだけどさ。このお金がもつ間に来てくれるかどうか。そもそも来るかどうか。心配してないと言えば嘘になる。
それでも僕は彼女にはしっかりと自分で決めて欲しい。
彼女の人生だ。その行き道を決めるのは僕じゃない。彼女自身だ。いくら奴隷でもそれくらいの事はしてもいいだろう。
僕のする事は彼女を買った場合に備えて少しでもお金を貯めておく事だ。
ご主人様として少しでもいいところ見せてあげたいし、彼女に不自由な思いはさせたくない。
彼女を買えばそれに伴って色々買うものも出てくるだろう。お金はあって困るものじゃない。
それにしても日本では立派ない引きこもりをやっていた僕がこうやって働く事を考えているとは、人生何があるか分からないな。
本当ならキツいと思うところなんだけどなぜかそうは思わない。
あれか、自分で仕事を選べて自分の事しか考えなくても問題ないからかな?
口うるさい上司もいなければ気遣いするべき後輩もいない。
クエストだって達成するまでの期間は決められているもののそれだって結構長い。ほとんど自分のペースで進められる。
やっぱり自分で考えて自分のやり方とペースでやれるってのはいいな。
何からも拘束されず自由に考えて自由に行動出来るのはいい事だ。
それでしっかりと稼いで自立出来るなら尚更だな。
というか今更なんだけど、これまでロクに誰かと行動した事のない僕が急に人と、しかも女性と行動とか出来るのか?
一応これまで何人かと話してはいるものの最低限必要だったからやっただけだからな。普通の会話はまだ心配だ。
それに僕と一緒に行動するって事は彼女もハイルセンスに追われる事になる可能性もあるんだよな。
襲ってくる改造人間は基本的に倒すつもりだけど、それは僕が改造人間だから出来る話であって彼女に出来るのか不安だな。
というのも僕は人間だった頃に改造人間と戦ってはいないので、彼らが人間基準でどれほどの強さなのかを知らない。
僕も一応実戦は積んでるけど、その時は圧勝してたからな。たぶん普通の人じゃ太刀打ち出来ないんだろう。
まぁそれもこれも彼女が僕に買われるのをよしとすればの話だ。今考える事じゃないよな。というか考えるのも面倒だ。
そんな事をぼんやりと考えながら街の通りを歩いていると後ろからトントンと肩を叩かれた。
振り返るとそこにいたのはマルディアさんだった。
相変わらずのチャイナドレスのような服装だな。やっぱり緊張する。
商館の中でも目立ってたけど、外だと尚のこと目立つな。
「どうも久しぶり、ってほどでもないけど、こんばんは」
「こ、こんばんは」
僕は緊張しながらもマルディアさんに挨拶をした。
マルディアさんが何で僕に声をかけたのか。その理由は聞くまでもない。
「決まったんですね、彼女の答え」
「えぇ、だから来て」
僕はそのままマルディアさんについて行った。
思ったより早かったな。本当にしっかりと考えてくれたかな?
そんな僕の表情を見たのかマルディアさんがフッと笑って言った。
「彼女、すごく悩んでたよ。自分がこれからどうなるかを自分で決めた事無かったからね。そういう事が未熟でも彼女なりに考えてたよ」
そりゃそうだろうな。基本的に奴隷に決定権は無いわけだし。
まぁだからこそ僕は選択を彼女に任せたわけだけどさ。
君を奴隷として扱うつもりはないっていうある意味での決意表明かな。
「君の待遇や人柄がまだしっかりと分かってないからどんな目に遭うか分からない事に怖がってた。それでも考えて断る権利までくれた君の事信用しようとしてた。ずっと隠れてただけのあの子がちょっと変わったように見えたよ」
そうか。彼女は彼女なりに答えを出したか。それならそれに応えるまでだ。
この際僕の感情は極力無くして彼女の判断に委ねよう。
「そういえばあの後ロイゼを買おうとした人はいなかったんですか?」
一応声かけられるように度々商館の前を通っていたんだけど、何人か客らしき人達が入ってくの見たんだよな。
あれだけ綺麗な子なら買おうとする人がいてもおかしくない。
「いなかったよ。もともと隠れちゃうような子で引かれてたし、君と会ってからは自分の事で精一杯みたいでずっとブツブツ呟きながら考えてたから尚更引かれちゃった」
なるほど、そりゃ引かれるわな。
ずっとブツブツ呟いている人なんて、事情知らなければただの不気味な人だもんな。
まぁそれだけ一生懸命考えてくれたって事なんだろう。何か嬉しいな。
「さぁ着いたわよ。もうロイゼには応接室で待機されているから」
さすが、仕事が早いこって。
マルディアさんが商館の扉を開けるとそこにはロイゼが立っていた。
「お、お待ちしておりました」
ロイゼは礼儀正しく頭を下げた。やっぱりまだ緊張してるなぁ。
すぐに慣れろとは言わないけど、これから一緒に行動するかもしれないんだからちょっとずつ慣れてほしい。
「うん、久しぶり」
僕は軽く挨拶をした。
僕も緊張してるのかな、相変わらず綺麗だから戸惑うんだよ。
人目を惹きつける美しさと上品な雰囲気。こんなに綺麗な子が僕の奴隷になるってのがイマイチ実感が湧かない。
さて、早速本題に入るかな。
「それで、君の答えは?前にも言ったけど嫌なら嫌で構わないよ」
僕は最後の確認をした。
この場において一番大切なのはちゃんとした彼女本人の意思だ。
彼女の人生は彼女が決める。それがたとえ奴隷であったとしても僕はそうであるべきだと思う。
ロイゼは少し俯いた後決心したように顔を上げて言った。
「私は……あなたの奴隷になります」
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