プロローグ
「ハァ……ハァ………ハァ、ハァ!」
今僕は息を切らしながら森の中を走っている。かれこれ二十分ほどだ。
「いたぞ、追え!」
「裏切り者を殺せ!」
「絶対に逃すな!殺せ!」
後ろからはたくさんの人達が口々に叫びながら追いかけてくる。
少しでも気を緩めれば、僕はたちまち彼らに捕まってしまうだろう。
人とは言ったが見た目だけでは彼らが人間であるとは分からないはずだ。
灰色の硬そうな皮膚に背中には翼が額からは角が生えている。
手や口には触れた瞬間全ての物を切り裂けそうなほど鋭そうな爪や牙がある。
彼らの姿は人間が想像する化け物のそれで、とても人間の姿とは思えないようなものだ。
しかし彼らはれっきとした人間だ。
いや、違うか。厳密言うなら彼らは元人間だ。
彼らは肉体を改造されて今の姿になっている。丈夫そうな皮膚も鋭そうな爪や牙も改造された事により手に入れたものだ。
しかし彼らが改造されて変わったのは姿だけではない。
筋力、スピード、耐久性や視聴覚といった感覚。全てが通常の人間の何倍よりも優れている。
そして僕はそんな化け物達からなんとか逃げ切れている。
ここまで言えばもう分かるだろう。僕は人間ではない。人間ではなくなった。
僕は普通の日本人だったはずなのだ。少なくとも体感的には一日前までは。
しかしどうやら、僕がこの日本とは違う異世界に来てから四年も経っているようだ。
自分の身に何があったのかは理解はしている。しかしそれはまるで他人のことのように感じている。
ではちゃんと感じるために振り返ってみよう。自分が自分すら知らないところで何をしてきたのか。
四年前に僕、魑魅 万年青の身に起きたことを。
「ふぅ、今日も一日が終わる、か」
僕は暮れていく夕日を眺めてふと呟いた。茜色の夕日が眩しいほどに輝いている。
今日も特に変わりなく一日が終わっていく。
周りを見れば昨日と何も変わらない風景が流れている。きっと昨日の風景を切り取って貼り付けても誰もおかしいとは思わないだろう。
そんなことを思いながら僕は街中を歩いていく。
紫色のパーカーを着て手にはビニール袋が下げられている。
ちょうどさっき新しいゲームソフトを買ってきたところなのだ。この袋にはそのソフトが入っている。
外に出たのは久しぶりだな。数ヶ月前に一回近場に行った以来だ。
すると後ろから僕の横を一台の自転車が通り過ぎていった。
自転車に乗っているのは高校生のようで高校の制服を着ている。
イヤホンをしたままで楽しそうだ。
ちなみに僕は彼と同い年だろう。
つまり僕は高校生、今年で……十五歳だったかな?あれ、十六歳だっけ?もう年齢には興味ない。
本当なら僕もあの彼のように制服に身を包み学校に行っているところなんだろう。
けど僕はこうやってガッツリ私服でゲームソフトを買いに行っている。
僕は学校に行っていないのだ。いわゆる引きこもりってヤツだ。
今外出してるから引きこもりというのかどうか怪しいけど。
学校に行くのをやめたのは……いつからだったからかな?中二くらいからかな?
それからもうずっと学校には行っていない。
理由は…………これは言わなくてもいいか。
親はいない………事も無いが、一人で暮らしている。
しかし引きこもりとはいえ、何もしていないわけじゃない。
ネットで様々な手段で情報を集めて売る仕事、いわゆるハッカーに近いことをやっている。
もちろん犯罪なのは知っているが、そんなのどうだっていい。やりたいからやる、それだけだ。
最近はネットのセキュリティーも厳しくなっているし、だからこそハッカーは重宝される。
今のところバレるような事も無いし、この仕事のおかげでいい事もそれなりにあった。
おかげで学校には行ってないものの、お金には困ってないし一人での暮らしも快適だ。
自分のやりたいことを思うがままに楽しめている
その後に部屋に篭って今日買ってきたゲームをやるんだ。
これからのスケジュールを確認しながら僕はのんびりと歩いていた。周りにいたはずの人はすっかりいなくなっている。
すると、その時だった。
急に足元が白く光り出したのだ。
「ん⁉︎なんだ⁉︎」
僕は思わず叫んで後退した。
しかし足元の光はそのまま僕について来た。
どうなってるんだ⁉︎この光はなんだ⁉︎
誰かのイタズラかと思い周りを見てみたが誰もいない。
光は僕の足元を離れずに光量を増している。
なんかヤバい予感がする。今すぐ離れろと本能が言っている。
しかしどんなに動いてみても光はいつまでも僕について来る。
やがてどんどん強くなっていった光は僕を全て包み込んだ。
眩しくて僕は持っていた袋を落として、手で目を隠した。
そして僕の意識は薄れていった。
目を覚ましてふと目を開くとそこは薄暗い場所だった。
僕の視界に広がっているのはそこの天井のようだった。視界の端にはスタンドライトのようなものが見えた。僕は……寝てる?
「ここは……どこだ?」
僕は呟きながら辺りを見渡そうとした。
その時僕は初めて自分が拘束されていることに気がついた。手足が動かないのだ。
どうなってるんだ⁉︎
僕は自分の手足を見てみた。
すると僕の手足は枷のようなもので僕が今横たわっているところに縛り付けられていた。
なんだよこれ⁉︎なんで捕まってるんだ⁉︎
すると奥からカチャカチャと音が聴こえた。なんだ?誰かいるのか?
そう思って耳を傾けようとした瞬間僕の視界に一人の男が入り込んできた。
その男はまるで手術の時の医者のような格好をしている。
ここは病院なのか?もしかしてここは手術部屋⁉︎
男は僕を見るとニヤッと笑った。
「おやおや思ったより目覚めが早かったですね」
誰なんだこの人?僕を知ってるのか?
「あなたは……誰だ?」
僕は怖くなりながらも聞いてみた。
男は笑った顔のまま僕に近づいて言った。
「そんなのこれからいくらでも知れますよ」
そう言った男は僕の口の鼻にマスクのようなものを被せた。
そのマスクから何か気体のようなものが流れていた。
その瞬間僕の意識は再び薄れていった。
なん……だ、これ。
僕は薄れた意識の中で僕のいる部屋に他にも人が入って来たのが少し見えた。みんな男と同じ格好をしている。
男は先頭にいた女性に話しかけた。
「準備は整っています。よろしくお願いします」
「はい」
女性は男に返事をすると男から何かを受け取った。
よく見てみるとそれはメスだった。
身の危険を感じている僕に女性はそのまま近づいて来る。
僕を……どうする……つもりだ?
そんなことを聞く間もなく僕は再び意識を手放した。
それからの僕の記憶は確かに僕の記憶だ。でも実感が湧かなくて夢のようなものだった。
少なくとも分かるのは僕は自分の意思を奪われていたのだ。
そして僕は何者かの意思によって操られていたのだ。
だから自分の記憶だという実感が湧かずに思い出した今でもふわふわした感じがする。
僕が何をやってきたのか、どんなヤツとして生きてきたのか。
まるで二重人格のような僕の一年間を僕は過ごしたのだ。
しかも僕が気づいた時に頭の中にあったのは記憶だけではない。
ここは異世界らしい。当然だが日本には無いようなものがたくさんある。
例えば魔法、例えば日本にはいないようなモンスター。その他にも文化など色々だ。
日本の常識すら改造のせいでぼんやりとしている状態でまともに活動出来るわけがない。
だから僕は色んな知識を教えられてきた。
だから自分の意思が戻った今、僕の頭の中には日本にいた僕の知らないはずの知識が山ほどあるように感じるのだ。
その気持ち悪さといったら言葉にするだけでも気分が悪くなる。
自分の中の常識をはるかに越える記憶や知識。それら全てを思い出したわけじゃないし、思い出したくもない。
でも、これだけははっきりと分かった。
僕の四年間は『ハイルセンス』に支配され、僕の手は血で汚れてしまったのだ。
ハイルセンス
裏社会で暗躍する大組織だ。裏から世界を掌握し、支配しようと企んでいる。
ハイルセンスは改造人間を生み出し、その力で各国で破壊活動を行なっている。
僕もそんな改造人間の一人『アルクリーチャー』。この世界のあらゆる生物の力を身につけるハイルセンスの幹部、いや元幹部だ。
改造された僕は脳までイジられこれまでの記憶を消されて、何も分からないままハイルセンスに協力して各国で破壊活動をしてきた。
昔の記憶が戻った今ではあやふやだけど、たしかうまいように騙されていた気がする。
何せ自分が誰かも分からないのだ。何が正しいのかが分からなかった。
人の暗殺、施設の襲撃などなど。時には僕が作戦の指揮を執った事もあった。
しかし四年が経ちある事件が起きた。つい昨日の事だ。
僕は記憶を取り戻したのだ。
原因は分からない。いきなり強い痛みと雷で打たれたような衝撃を感じただけなのだ。
しかし結果として僕はそこで脳改造が解けて自分が日本人の魑魅 万年青である事を思い出した。
気がついたら自分がよく分からない所で訓練を受けているのだ。そんでもって周りには怪物がたくさんだ。
僕はその場でパニックに陥った。
当然周りの人達は僕がおかしくなったのにすぐ気がついた。
僕は急に意思が戻ってそれまでの記憶があやふやで現状がよく分からないまま数人の怪物に連れられて、僕がこの世界に来た時に最初にいた所 (やはりあそこは手術室だった)に連れて行かれた。
脳改造のやり直しを行うつもりだったらしい。当たり前だな。
しかし四年前に同じ状況に陥っている僕はその場で自分が何をされるのかを瞬時に悟った。
このままでは僕はまた意思を奪われてしまう。
そう思った僕は麻酔をかけられる前に出来る限りの抵抗をした。
その時の状況は四年前と何も変わっておらず、僕の手足には枷がつけられていた。
人間では到底壊せないようなものだったし、四年前の僕も無理だった。
けど僕はあれから体を改造されて、筋力もこれまでの自分とは比べ物にならないほどに強化されていた。
僕はあれほど頑丈だった枷を難なく破壊する事が出来た。
そして僕は僕を押さえつけようとしたヤツらを全員跳ね除けた。
身体能力が桁外れの僕にとってそれは数秒の出来事だった。何せ適当に腕を振るっただけで人の頭を跳ね飛ばしてしまうのだ。
それから手術室を出た僕は次々にやってくる追手から逃げたり、時には戦ったりして闇雲に走り回った。
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