第92話:訣別
はて? ヴァネッサ様が死なないと国が滅びるたぁ……そいつは一体どういう了見で?
予想していなかったスケールのデカイ応答にちょっとついていけなくなったフィオナは、こてりと小首を傾げる。
「勿論そんな気は無いっていうか、なんで亡ぶ何て事になるのかわかんないけれど…………とにかく……だから危険だと判断したの……なんで危険だなんて思われるのかは……わかるでしょ?」
ディランの体に添えていた手に軽く力を入れるとフィオナの体に回されたディランの腕の力が緩む、大丈夫か? と翠の瞳で軽く目配せしてくるから、フィオナはバチコーンと片眼を閉じて応じた。
はい、可愛い。
思わずの奇襲にディランはうっとたじろぎながら顔を背ける、とは言えしっかりとジェシカは視界に捉え、右の拳は軽く握られて即座反応できるように備えたままだ。
わかるでしょう?と言われて、ジェシカもわからないはずがない。
「……確かにヴァネッサに殺されたし、黒い三連星は大嫌いだけど……ヴァネッサをどうにかしようって気持ちはないよ?」
「それ、今初めて聞いたからね?」
石畳にへたり込んだまま、伏し目がちに戸惑う様に答えるジェシカに、食い気味に指摘する。はっとして顔を上げた黄色の瞳と水色の瞳がまっすぐ合った。
「ちょ、待て……殺されたって」
「あ、ディランは黙ってて」
穏やかな話じゃないと口を挟んできたディランはぴしゃりと切って先を紡がせない。
「ぐむ……」
「ジェシカ、わかったでしょ? わたしは初めからあなたを警戒していた」
「そんな……そんな事、その顔で……その声で……言わないでよ……どうして」
ジェシカの頬がわななく、中身が違うにしてもフィオナの姿はかつての親友のそれなのだから、哀しそうに黄色いたれ目がちの瞳を潤ませる。
縋るように手を伸ばすけれど、フィオナはその手を取らない。
フィオナには何となくジェシカがどうして泣きそうなのか予想はついていた……。
『ジェシカ世界』のヒロインは多分自分じゃない。
まだフィオナにとっては始まったばかりの学院生活をジェシカはずっと過ごしてきたのだろう、フィオナじゃないヒロインのルームメイトとして……。
だから、言った。
ジェシカにとっての訣別を。
自分にとっての
「決まってる、わたしはわたしだからよ」
「――ッ!! ああ……フィオナ……あなたやっぱり……」
フィオナには与り知らぬことだけれど……その言葉はジェシカの友が啖呵を切るときによく使っていた言葉だった、同じだった。
訣別の言葉だけれど、それは改めて親愛を思い出させる言葉となった、ジェシカの瞳に輝きが戻り、その白い頬を一筋の涙が伝う。
「――ねえジェシカ、いつか一緒に海にまた行こうね」
「――どーしたの? 藪から棒に……いいケド」
「――えへへ、オーグがね? 故郷の海をわたしに見せたいんだって」
「――あーはいはい」
「――なあによぅ、約束だよ?」
果たせなかった。
……もう、果たせない。
果たせないのだと、そう訣別の言葉がジェシカの心に染み渡る……。
嗚呼……私、死んじゃったんだ。
はっきりと、はっきりと自覚した。
――私はもう死んでいる。




