第90話:誰だオマエ!!
学院外壁上回廊で石畳にへたり込んでいる桜色の髪の少女と、それを庇う様に立ちはだかる勇者。
それは約束だ、出会ったその日から突然転びそうになって抱き着かれたり、やたらおパンツがよく見えた気がしたけれど、幼少のディランには刺激の強い体験となった。
そして思った。
「他の女の子に抱き着かれるとどんな感じなんだろう? どんなおパンツはいてるんだろう……」
めくれめくれ、帳を上げろ。
さわれさわれ、尻をさわれ。
五~六歳の少年たちが大挙してスカートめくりやボディタッチに勤しむようになった。
エロ魔人ディラン、フィオナのせいでここに誕生。
ちびっこエロモンキーズと呼ばれたそのグループは、三番街で大問題になり……。
主犯格のディランは親戚の住む西部へ引っ越す事が決まりかけたその時、五~六歳の少女たちを連れてフィオナがディランを弁護した。
「若気の至りだから、全員で土下座すれば許す」
若気の至りとか妙に大人びた発想、けれど集められた少女たちも、フィオナの説得に納得してここに来ている。
全員ドゲザーになるだけで許されるなら、五~六歳の少年たちの謝罪速度は恐ろしく速い、心が籠っていなくとも。
次はないという条件は当然付いたけれど、ちびっこエロモンキーズは無罪放免となったのだ、他ならぬフィオナの尽力で。
結果モンキーズは今度は喧嘩コゾーとして他街にも名を轟かせてゆくけれど、それはあまりとがめられないのがバトル上等アルファン王国である。西部のことばかりを野蛮とか言ってはいけません。
「よかったねえ」
「フィオナ……約束するから! 俺お前のピンチにはきっと、必ず駆けつけるから!!」
「ふふふ、王立魔法学院に入るまで頑張って強くなってよね?」
「おーりつまほー学院、あのでっかいやつか?」
「そ、あたしはそこでハッピーになるの! あ、ディランも絶対来るのよ!?」
「マジか……オレバカだぜ?」
「約束! わたしだけ入学したら駆けつけられないよー?」
――そう、約束したんだ、駆け付けるって。
白銀の手甲は鍛冶師である父親が工房に何日も籠ってディランの入学を祝って贈ってくれた特注品。
肘に届かないグローブ程度の大きさだけれど、鱗状の装甲は、手首や指の動きを阻害しないよう、丁寧に丁寧に組まれた名品クラスの完成度は父の愛。
手甲拳撃の衝撃から拳を守る柔らかなグラブは母が自慢の鎧の中綿を使って縁ってくれた愛。
両手の愛は確かに成果を出し、息子の恋を後押しした。
対峙するのは白い髪の少女。
「どいてディラン君! ソイツ殺せない!!」
「やらせねぇってんだよ?! 誰だオマエ!! 人のこといきなり名前で呼びやがって……」
ひょっとしてモテ期来たのか!? とは一瞬思うけれど、本当に誰だ、知らない少女だ。ディランは大型のネコ科を思わせる目を訝し気にすがめてジェシカを見る。
ジェシカはといえば……心が砕けそうだった、ディラン・フェリは【ヒロイン】の幼馴染ポジションなので、課外活動には結構早めに合流するし、快活な性格と勇猛さは一目置いていたし前中衛として仲もよかった。
「誰って……あ、ああ、ああそっか……私の知っているディラン君……ディラン君じゃない? あれ? フェルはフェル、そうよ……だから」
ぶつぶつとうわごとのように繰り返す前生の十七年の記憶、取り落とした左手のシールドが石畳に落ちてぐわんぐわんと響くのも、ジェシカは苛立たしいと感じていた。
「なんなんだ……一人で納得して、おいフィオナ! なんだコイツ? ここで何してたんだ!?」
「ルームメイトです……」
「お前……なかなかすごいの引き当てたな!?」
「あのねディラン君! 私、転生者なの!!」
「……だからナンだよ?? ……フィオナ、立てるか?」
右眉だけをクイと上げながら、半身の構え。後ろ手でとりあえずフィオナに立つように手を差し伸べた。
返事代わりにきゅっとフィオナに掴まれたらぐいと引き上げる、本当ならば力加減をしてやりたいけれど、今は事態が事態だ。
少しよろけてディランの胸元にポスリと桜色が乗るから、ぐっと細い腰に手を回す。
「俺が時間を稼ぐ……逃げろ」
「どこへぇ……だからルームメイトなんだよ……」
「じゃあ……男子寮とか」
「王子寮ならともかく男子寮は女の子の行くところじゃないよぅ……」
「ヒデェな……たはは」
仲睦まじい男女が夕暮れの回廊で囁き合う。
「何を話しているの? ねえ聞いてディラン君!」
「お前にディラン君なんて呼ばれる覚えも筋合いもねぇぞ、ははぁん? お前オレのストーカーってやつか? 生活指導課行け! 警備呼ぶぞ!!」
冷たく突き放される言葉が、ジェシカの心に重い釘を打ち込んだ。




