第86話:一閃万撃
昇り切ると、正方形に組まれた舞台のほぼ中央の仕切り線付近に、愛剣を佩いた制服姿の男が立会人と共に立っている。
上がってきたクオンリィの制服の上に軍装を纏った姿を見たオーギュストが、惚けた顔で口を半開きにしているのが単眼の視界に入った。
(死合う相手になあに見惚れてやがンですか? 斬りますよ? 斬りますけど?)
やれやれという思いで首を左右に小さく振って吐息を一つ、呆れたもんです。
はっとした怜悧な赤の瞳が強い意志を以て紫色の単眼に投げられるから、長い睫毛を閉じて無視をしてやる。
「立ち合いはアタシ、ターエ・ジャクソンが務めるよ」
まーた身内か。
舞台中央に歩き近付きつつ舌打ち強く鳴らせば中立の筈の立会人がぎろりと睨む。
そ知らぬふりで鍔を留めている金具をカキンと外して準備する。
大根抜きにぶっこ抜く事はしないけれど、差しても佩いても両方を兼ねる鞘だから、決して刀をずらさぬようにと備えられた金具。
ハバキと鯉口の合わせは完璧にメンテナンスしているけれど『千が一に、万が一が在ってはいけない』師"抜刀伯"の流儀は娘が引き継いでいる。
金具を外してから抜く所作はもうそれこそ那由他の果てまで繰り返してきた、あっても無くても金具を外し鯉口を切って神速の抜刀を実現して見せよう。
ステージ中央で仕切り線を挟んで正面、紫紺と紅が絡み合う。
「ザイツ抜刀流……でしたっけ?」
自分の流派の名前はあまりにも意識する事が無くてスコーンと抜けてしまった、丁度いいから目の前の叔母に確認を取る。
「ああ、そういえば我流抜刀術だねぇ……ザイツ子爵家は関係ない、抜刀伯流とでもライゼン流とでもアンタが名乗ってやれば兄ちゃんは喜ぶだろうさ」
ふむ、と軽く唇を尖らせて空を見上げるクオンリィ。
切っ掛けは劣情に近かったのかもしれない。
だけれど……これは恋なんだ、確かな恋心だ、オーギュストの胸に去来するのは目の前の彼女との家庭妄想。
故郷の街へ王領騎士団の騎士に、いつか次代の剣聖となって錦を飾り、この優し気な器量の妻と子供を護るために剣を奮おう、師匠には御家族がいない……かつて喪った、そう聞いている。
子には剣聖流剣術を教えてもらおう、孫のように思っていただければ嬉しい。
(もう、叶わないのですね……師匠……)
妻にと望む少女は、戦鬼だった。
彼女の体捌きを見れば優れた戦士、剣士であることは分かった。
今朝の隙のない構えは隻眼のハンデを全く感じさせない剣気に満ちていた、彼女ならば単身であれ師と立ち会えるかもしれない。
三対一、たった三人、それもご令嬢ばかりであれば凌ぐことすら奇跡的な話かもしれない……だからって。
(数的有利で命まで取るのか……ッッ!!)
注:死んでません。
改めて深呼吸、愛剣ドライツェンを鞘に納めたまま両手で横水平に正面へと掲げる。
「剣聖流剣術筆頭継承者……オーギュスト・ギランだ」
「ッハ! 筆頭だ? なら根絶やしにしてやンよぉ……?」
判り易い挑発、粘性のある三日月の笑みと凶暴さを前面に押し出した眼光がヘラヘラと嘲笑っている、動揺を誘うつもりか。
「"わんわんスタイル大好き娘"! 口が過ぎるぞ!!」
(なん……だと……この少女、どスケベであったか!?)
「デイム、イエス、デイム……その呼び方はやめてください?」
恥ずかしそうに頬を染めながら周囲を見渡す、このステージ上のやり取りは"風神"ターエの[拡声]魔法によってギャラリーに筒抜けで、ゲラゲラ笑っているノエルはやっぱり後でぶっ殺してやる。
名乗ったオーギュストは鞘を打ち捨て、改めて剣身を曝した。
ターエが手早く[障壁]におまけに[非殺]までかけている、厳重な事だ、だからこそ"風神"が呼ばれたのだろう。
ドライツェンは十字鍔の両刃備えた直剣で、白みがかった刀身は美しく、ポイント、つまり切っ先に向けてエッジが鋭さを増す造りとなっている、リカッソは大きく取られ、ハーフソード剣術にも使えるようにデザインされている事が見て取れた。
(成程? あのオッサンの弟子ってわりにゃ一刀流かと思いましたけれど……ありますね? 第二の剣……)
刀身の長さはロングか、しかし魔導具としての強化で片手でも扱える、オーギュスト自身の膂力も相当である。
フィオナの「切り札を使わせるな」とはそういう事であろう。
「アイツにゃ訊きたいことが増える一方ですねえ……」
ほうと溜息小さく、一息吐いてクツクツと喉を鳴らす。
「何が可笑しい……」
「ああ悪いね? こっちの話さ……それより、[障壁]済んだのでしょう? 離れないでいいんですか?」
「……俺は正々堂々とキミを打倒しよう」
きょとんと。
紫色の単眼を見開いた後、鼻で息を吸い、右肩を前に体で業物を隠す構え。
「雷閃抜刀流……ですかね? クオンリィ・ファン・ザイツ」
かかる[非殺]と[障壁]に唇の片端を上げる。
いりませんよ[障壁]なんざ……。
互いに一足一刀の間合い、ダメ押しに風属性の[防護結界]がステージに展開された。
仕合開始である。
「ねぇ、剣聖の弟子……」
「なんだ、抜刀伯の娘……!」
「フィオナに聞きましたよ? このドスケベが……いいですよお? 勝てるもんなら私を好きにして」
マグマのように情欲が煮え滾る、挑発だ、しかし!
勝てばよいのだな!?
赤い瞳をくわと見開いてグリップからリカッソへと握りを変える、逆手の握りだ、光の魔力が発揚する。
「遅えよ」
ずい、と彼女は左肩左足を前に送る、その左手の業物は既に発揚を終え電光どころか雷光がバリっていた。
柔らかく添えられた右の手が、指運でタタタと柄を叩く。
「正々堂々? オッサンに習わなかったんですか? 抜刀術の間合いについて……一足一刀とか開始まった時にゃテメェ終了ってンだよ」
「な」
何を!? と言おうとした瞬間、強い衝撃が障壁を硝子のように破った、認識の外側で抜かれた一撃であった。
「動くなよ? 無理でしょうね? ママの魔法喰らって初公開ですよ? [持続][座標固定]なかなかいいですね……≪雷迅≫――[万雷]」
抜刀の刹那を視認できたものはいなかったろう、ただ満足げにヴァネッサはティーカップを口に着ける、ちょっと熱いですわね、なんて思っているうちに練武場に雷閃が迸る。
(アレだけは受けたくありませんわねー……)
一閃万撃。
くるりとオーギュストに背を向けつつの鍔鳴りの音は小さく消える、初檄のノックバックを受けたオーギュストを待ち構えていた別の雷閃が打ち、そのノックバックで別の雷閃が打つ、文字通りの万雷が縦横無尽にオーギュストを感電させながら[障壁]を、[保護]を問答無用と乱打して、辛うじて[防護結界]が体は護るも意識は一瞬で刈り取るのであった。
「私が股を開くのは惚れた男だけですよ? 惚れさせなさい?」
意外と脈無しではないらしい。




