第75話:娘さんを僕に下さい!
オーギュストは混乱していた、目の前で今にも起爆せんとしていたクオンリィがいきなり雷撃魔法を落とされて廊下を転がり始めるなど異常事態にも程があるわけだけれど、取り敢えず足元側に移動はしてしまう、また履いてなかったら大変だ……。
(見えない! ……いや、それよりも!)
スカートの中は真っ暗闇であった、何やら小柄な少女が印を結んでいたので魔法なのであろう、どういう魔法か、オーギュストの理解の外側である、何アレ、黒いものをあそこに発生させてるの? ……何しろこれまで剣ばかり振っていたので魔法の事はそこまでよくわからないのだ……授業も必死である。
正直自分が使う魔法だけ理解ってればいい、そう思ってしまう。
アルファン王国の剣士とは九割方魔法剣士に分類される、魔力を全く使わない剣士など余程自信があるか単純に魔力が無いかであろう。
勿論魔統持ちならば、各々の継承した魔統を伸ばして活用する方向に鍛錬する、しかし魔統は必ずしも戦闘に向いた魔統ばかりでもない。その為純粋魔力での魔法で自己強化や防御を固める、特に防御に関しては対魔法戦で必須であるから先人達が技術を磨いてきたのだ、『防御魔法学』として術理方面と実践方面両方に発展している。……いつかこの話をすることもあるだろう。
ついでに言えばオーギュストは自己強化と師匠を真似た剣魔法である、"剣聖"は≪旋風剣≫の魔統で跳ぶ斬撃などを実現しているのだけれど、それの真似っこ剣魔法の修行中≪聖剣≫を発動させたコイツはコイツでイレギュラー、流石は【攻略対象】である。
(そんな事よりも今ヴァネッサ嬢は現れた講師を何と呼んだ? 講師エイヴェルト? そこじゃない! 抜刀ママと、そう呼んだ……彼女がザイツ"抜刀伯"の娘だという事は? 今現れて彼女に雷撃を落としたこの講師は彼女の母親なのではないか? 母親がなぜ? 抜き身の愛剣ドライツェンを手にしている俺が攻撃されるのは仕方がない、むしろ彼女の一撃は受ける覚悟だったが!?)
母親が迫る男よりも娘を手にかけたという事実がにわかには信じられない……そんな常識が通用するなら西部じゃねぇんだよ。
そもそもオーギュストは完全に即死コース入ってた模様、講師エイヴェルトの判断は正しかったのだ。
どうやらオーギュストは剣士としての腕に自信があるからこそ迂闊である傾向がある、特に対人の経験が少なすぎるのだろう、今の考えだって悪く言えばクオンリィを侮っているという事になるのだけれどそれは本人気付いているのだろうか?
そしてそれは見誤れば一直線に黄泉路へ落ちる見誤りだ……。
取り敢えず、鞘を拾わなければならない、今度鞘口の滑り止めを交換しようとか考えながらオーギュストは少し離れた所に転がった鞘を拾い上げると、ドライツェンを鞘に差し込みつつヴァネッサと講師が何やらやり取りしている様子を見る、そこで初めて"抜刀ママ"が手に白鞘の見事な業物を手にしているのが見えた。
剣士系のサガで、オーギュストもそれに注目をしてしまう。
(やはり抜刀剣撃の使い手なのか?)
しかし、太刀履きに着剣する講師の手つきを見て、オーギュストは講師がその装備を扱い慣れていない、つまり術士系と判断した。
己は慣れた手つきでソードベルトに着剣して、それから軽く制服の裾など身だしなみを整える、髪も軽く手櫛で整え、右前髪の毛先を視界に収めて指で軽くクリと整えると、未だくんずほぐれつしているクオンリィとノエルの方を一度見やる。
「あががが」
「しびびび」
何とかしてやりたいけれど己には何もできないのがもどかしい。
(そうか、これが魔法を学びたいという気持ちか……)
誰かの為に何とかしたいと、そう思う。どんな魔法が必要になるのかはわからないけれど何が必要なのかをオーギュストは考え始めた、それは王立魔法学院の学生としてとても大切な事だ。剣士としての成長の切っ掛けとなるだろう……。
女子生徒二人が廊下で感電しながらアームロックかけあっている姿を見て成長の切っ掛けとかなかなかファンキーな話である。
ヴァネッサの耳元に口を寄せ、何やらひそひそと話している講師エイヴェルト、ヴァネッサ嬢の様子からは平民呼ばわりしてくれた時の覇気のようなものは無くて、そうしていると普通の十五歳の少女だ、弟弟子でもあるジョシュアの婚約者という事くらいしか知らないけれど今度ジョシュアに彼女の事も聞いてみようとオーギュストは考える。
それがとんでもない≪闇≫を呼び覚ましかねない事にオーギュストは気付かない……気付くはずがない。
ヴァネッサと講師エイヴェルトの会話が終わったのを見計らい、オーギュストは数歩庭園側の二人に近づきながら、声をかける。
「あ、あの!講師エイヴェルト!」
「なんですか?」
「いえ、その、ご挨拶がしたく! 自分は"剣聖"ニバス・ファン・シュタイン騎士爵様の弟子、オーギュスト・ギランと申します!」
"剣聖"と聞いて"雷神"クラリッサの眉がピクリと跳ねた、何しろ"剣聖"ニバス卿とは旧知であった、愛しの夫が『王家剣術指南役』を蹴った事でその座に滑り込んだ二番手、という認識がクラリッサには強いけれど、御前試合などで幾度も夫"抜刀伯"と文字通りに鎬を削る好敵手であるという事は認めてはいる。
……そして先日、ヴァネッサ達三人と戦い打破されたという情報は既に入っている、入っているからこそ、この屋根の修繕費用が腹立たしい相手であった、敗けた側の分際で請求とかして相変わらず器の小さい男だ。
「おや、そうでしたか……ニバス卿はお元気?」
「はい、ザイツ抜刀伯との再戦が楽しみだと……昨日も修練に熱が入ってました」
再びクラリッサの眉がピクリと上がる、軽く横目で廊下で転がってる娘達に視線を向けた。ようやく感電が解けたのか、ゆらりと立ち上がって状況を把握しようと周囲に目を配っている。横目に視線を流す母と同色の紫が絡んだ、ノエルちゃんは頭を押さえて蹲っているので関節技のお返しを喰らったのだろう。
クラリッサが軽くヴァネッサの方へ目配せをすると、ヴァネッサははっとしたように黒い髪を翻してクオンリィ達の方に足早にパタパタ向かってゆく、これで娘が暴発する事も抑えられるだろうとクラリッサは内心に安堵を得た。
「光栄です、主人も"剣聖"様と刃を交えるのを楽しみにしております」
「は、はい……その、それと……あの……む、娘さんは大変お美しく!!」
「……はい?」
何だと言うのだろう? 殺されかけました! とでもいうのだろうか?
内心ママとしては大変不安である、適当なうちにクオンちゃんには説教付きでもう一発か二発雷を落としておきたい所存である。
「よ!よ!宜しければ!!娘さん、クオンリィを僕に下さい!!」
大気を震わせるレベルの≪落雷≫[位置指定型雷属性攻性魔法]がオーギュストに炸裂した。




