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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第一章
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第8話:運命

 大講堂内、高位貴族の新入生が並ぶ席で隣同士に座っているヴァネッサとクオンリィ、何でも準備に手間取っているとかでとりあえずはひたすら待ちだ。

 ちらとノエルが座る筈の左側の席の更に隣を見ると、『銀朱』の扇子で口元を覆う、とても穏やかそうで小柄な貴婦人が座っており、こちらの視線に気づいたのかにっこりと穏やかな微笑を浮かべて小さく手を振ってくれるから、ヴァネッサも会釈を返す。


 アルファン王国の高位貴族とは即ち『アルフ』を名乗る事を許された侯爵か公爵、もっとも公爵は王族の血縁者も多くこういう晴れの舞台では其方として席が用意されるのが慣例だった、国王や王家だって自分の孫や甥っ子姪っ子は可愛いのだろう。


 東西南北の四侯爵家のうち今年入学するのは西のヴァネッサと南のレオナード、今ヴァネッサが会釈を返した相手はヴァーミリオン侯爵夫人、つまりレオナードのお母様だ。


 ヴァネッサとしてもレオナード個人は不倶戴天の敵だと思っているがそのご両親には何の恨みもないし尊敬すらしている。子供の頃からお世話になっているから少し気やすいし恥ずかしい失敗談もたくさん知られている、その隣の五つの席はまだ空席のようでありあのちっこいのはまだどこぞほっつき歩いているらしい。


 改めて前に向き直ると――……暇だ、何も考えずガンプレイなどしていたいところだけれども、今朝登校するとき馬車に乗る直前にジョシュアに没収されてしまった。


「ダメだよヴァニィ。今日はボクも新入生代表挨拶で壇上に立たなきゃいけないから緊張してるんだ……おとなしくしていて……また後でね、可愛いヴァネッサ」


 そう言って指に口づけまでされちゃしょうがない、ヴァネッサは今朝の様子に浸りながら、うっとりと頬をほんのり赤く染めて、口づけを受けた左手の人差し指と中指で軽く紅の取れないように気を付けながら唇に添わせる。

 口づけには場所で様々意味があるらしいが、ここにジョシュアが口づけしたのはヴァネッサが主に引き金を引く指が人差し指か中指のどちらかだからだろう。


 その姿は美しく凛として威厳に満ちる"西部の黒い華"などではなく、年相応の恋する乙女そのものだった。内心などでれんでれんのてろんてろんである。


(もう!もう!もー!ジョッシュったら!ジョッシュったら!これではトリガーに指がかけられませんわ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もう!本当にジョッシュったら!どうしてあんなにかっこいいのかしら?ああ、素敵ですわ!)


 静かに浸っているように見えて、全力飛込から全身をじたばたさせて激しくテンション爆上げしていた。

 ヴァネッサは元々こうである、自分に優しく、味方に厳しく、敵に一切の慈悲無し、そして身内に甘く大変愛情深く極めて嫉妬深い。

 そしてそれにしても全て塗り替える程ジョシュアは特別だ、恋の魔法は人を裸にする。どちらが本当のヴァネッサなのか、それはヴァネッサ自身もわからない事だろう。



 ◇◆



 幼かったあの日、父である西部候リチャード・アルフ・ノワールに連れられ初めて訪れた王都サードニクスと絢爛豪華な"瑪瑙城"。

 西部のおうちこと、西部ノワール領都の"黒耀城"とは煌びやかさも大きさもけた違いだ。


 "瑪瑙城"が築城されたのはおよそ三百年前、十分な古城の部類に入るが、外縁部などの迎賓エリアに関しては王都都民の建築系魔法に優れた職人たちが代々維持補修を王家から事業として受託している。そのほか庭園の維持なども同様に王都都民に大量委託されている。


 "瑪瑙城"なくして王都民の生活はなく、王都民無くして周辺国に国威を示す"瑪瑙城"なし。そもそも築城される経緯からして国民の働き口を確保し人々の明日への希望をつなぎ、魔王封印成功を内外に知らしめ戦勝の気運を高める為であり、王都民はその大半が荒れ果てた故郷から王都に流れつき、"瑪瑙城"の建設に携わった者たちの末裔なのだ。


 余談だけれど当時職人たちの宿舎として大いに賑わった"鉄屑寮"は、"瑪瑙城"完成後に改装して宿屋をオープン。

 『鉄屑一個で泊めてくれてクソマズイが飯も出る』がキャッチフレーズのこの宿は、今では何を間違ったか"王家御用達"を頂き、『ホテル・ザ・ロイヤル・鉄屑グループ』という豪華なんだかチープなんだかわからない王国一の大宿泊施設グループを展開している。


 クソマズイ飯を求めて今日も食事だけでも取りに来る職人の足は絶えない。

 近く「何か混入してる疑い」で査察が入るのではないかともまことしやかに囁かれている、本当に余談だ。


 この規模、豪華さに子供心を大いに弾ませたヴァネッサはとんでもない名案を思い付く、このお城は三人とも初めて訪れる、初見のフィールドだ、"黒耀城"のようなセオリーは通じない。


 やらねばならない。

 KAKU-RENN-BOのお時間だ、かくれんぼのお時間だ!!


 クオン、ノエルと共に“瑪瑙城”の城内に入るとお目付け役のローザ・ファン・ガラン子爵夫人――つまりノエるんママを撒く事に成功、それが開始の合図だ、時間無制限一本勝負のかくれんぼ。


 ……


 まずはノエル……。

 ただでさえ小柄な体はあらゆるスキ間に身を隠すことができる。ここは王宮、王宮にはアレがあるとえほんで読んだことがある。


 そう、地下牢と拷問室だ!


 ちょこちょこと歩いては衛兵さんに見つからぬように意味ありげに並んでる騎士鎧や柱に隠れてやりすごす。


(はいどあんどしーくこそかくれんぼの極意だってまま言ってた)


 隠れているときに当時は伸ばしていた浅葱色の三つ編みおさげがぴょっこり見えていて。


「なんでこんなところに子供が?」


 と衛兵にはしっかり見つかっていたのだけれど。

 衛兵の方も、仕方ないな、と苦笑いで其方に近づいて……。


 ぺたぁん!!


 三つ編みおさげがぴょんと飛んで、着地したと思われるタイミングで発動した空間に亀裂を作り出入りする[空間転移]魔法。

 そして幼女は忽然と消えた、そして少し後方の曲がり角を曲がった方からぺったんぺったんと足音がする。


「った!大変だ!!魔法部に連絡しろ、王城内で[空間転移]と思われる挙動の魔法を確認した、至急確認を!!」


 目撃した衛兵は共に扉を守っていた相方にそう訴えるが。


「それならとっくに緊急指令が出てるさ、[空間転移]術師が検知されない訳ないだろ?――さてはお前……幽霊(ゴースト)でも見たんじゃないか?」


 と相手にされない。

 真実を訴える彼は、過労を疑われ一週間家族サービスできることになったのだけれど、十一年を経た今も彼は言う。


「あれはゴーストなんかじゃない、間違いなく幼女だった、実際に見たんだ、俺が現実の幼女を見間違えるわけがない!そうだろう?」


 もうお察しかもしれないが、ノエルの≪伽藍洞の足音≫にはフィオナの記憶には記載されていないとんでもない欠陥がある、それは『足音の届く範囲にしか跳べない』『発動シークエンスにおいて『足音を鳴らす』事がキー』になっている。


 言ってしまえば防音素材敷き詰められたらアウトなのだ。


 これは実は売り上げ部数百部とまことしやかに言われたフィオナの転生前世界の奇書の一つ【まじっくアドベンチャーwithラブ設定資料集】に詳しく記載されていたのだけれど、フィオナは勿論持ってない。

 なにせ八千五百エンである、しかも重くてデカくて文字で埋まっている、制作が発売後絵師と喧嘩別れしたので既存絵のみという乙女ゲーの設定資料集としてドン判金ドブもいいところの奇書であった。


 そうしてぺったんぺったんとはいどあんどしーくを繰り返し、音が出しやすいよう大きめのサンダルを履いた幼女は遂に地下牢へと侵入を果たした。


「――な、なぁ……お嬢ちゃんよ」

「しっ! ノエるんかくれんぼだって言ったでしょ! よけーなことは言ってはダメ、ごーもんの痛みや看守からのたいばつに苦しむなげきの声なら上げてもいいよ」


 困惑する先客に紛れて息を殺すガチ勢、ノエル。



 次にクオンリィ。


(――……しょぎょーむじょー、です。)


 実質隠れているポイントに辿り着かれてしまえば細かいことは無意味なのだ、って、ママ上に引きずられながらパパ上、いえ『シショ―』はいってた。


(ならば、隠れない事こそがかくれんぼとこのクオるんみつけたり)


 ――ここは王都民にも開放されている"瑪瑙城"の端に建設された施設、大聖堂。

 その日の祭壇には勝手に上がりこんだのであろうちっちゃな幼女が横になって眠っている様子があった。


 本人は涅槃のつもり。


 この事態に対し、神官たちには起きるまではとそっとしておくという優しさがあった。

 クオンリィ、動かざること山の如しの構え完成である。


 訪れた王都民たちの間では「瑪瑙城大聖堂の祭壇で幼女が寝てた、神の使いか?悪魔の使者か?」としばらく語り継がれたとか。


(おいでませ大聖堂!このクオンにげもかくれもしないんです!)


 奇策勢クオン、めんどくさくなったので気付かれない事にワンチャンかけて堂々たるごろ寝であった。



 そしてヴァネッサは一つ所に留まるということをしなかった。


「わんしょっとわんむーぶ、かくれんぼの基本なのですわ」


 両手には木製の短銃の模型を手にし、くるくるとガンプレイで回しながらぽてぽてと幼い足で城内を歩き回っては時々衛兵に見つからぬよう物陰に隠れ、当時はまだ銀玉鉄砲以下の威力の≪魔弾≫を己を見逃した衛兵の背中に適当に撃ってはまたぽてぽてと移動を繰り返す。


 クセのない黒髪をツインテールに束ねて猫のような目尻の上がった金色の瞳、黒い子供用のドレスに金色の大きなリボンを腰に巻いている四歳のヴァネッサはそれなりにお転婆だった。


 手にする双銃は模型といえど造形はしっかりとしており、先日の誕生日に父から贈られたお気に入りだ。どうも“抜刀伯”の娘であるクオるんが体格に合わせた竹光を贈られ、折を見ては父娘で抜刀術の稽古をしているのを見て羨ましくなったらしい。


 それはさておき、三人娘全員が隠れていては"鬼"がいない。


 しかし"鬼"はどうせ勝手にやってくる。

 見つかれば抵抗は無意味だ、きっとおやつ抜きなどの過酷なおしおきが待っているだろう。

 でも"鬼"のノエるんママは普段無口だけれどとっても優しいから最後は「お見事な脱走でした」となでなでしてくれるはずだ、だから問題はない……きっと。

 しかしそれにしてもこの"瑪瑙城"は西部候都ノワールの"黒耀城"にはない、おしおきを甘んじて受けてもよいほどの魅力にあふれていた。


 質実剛健、元々が要塞であり飾りっ気のないどこか暗澹たる"黒耀城"に比べ、アルファン王国全土を束ねる政治の中心であり国威の象徴である"瑪瑙城"では比べようもない事なのだけれど、ヴァネッサには関係ない。

 優美高妙な内装は幼いヴァネッサの心を大いに弾ませた。

 ――そこに油断があった。


「きみ、なにしてるの?」


 振り向きざまに足に一発、頭へ一発、足を撃った銃をくるりと回してリロード、とどめに胸に一発、流れるような[ヴァニィちゃんこんびねーしょん]が繰り出される。ぱすっぱすっぱすっとやや気の抜けた音でリズムよく≪魔弾≫が着弾する、完璧だ、移動の足を殺し頭を撃ち抜く、そして念のために心臓も撃っておく必殺のコンビネーション。

 見れば唖然とした表情で撃たれた額を抑え、立ち尽くす灰の髪に黒い瞳の綺麗な身なりの男の子がいた。



 ◇◆



 『運命という言葉は好きじゃない。』



 後にこの日の出会いを一五歳でアルファン魔法学院への入学を果たした二人に「運命の出会いでしたね」と問うた学院新聞部取材班は、結果として言葉は違えど同じ言葉を得た。



「運命か、運命だったというのはそれで片付けられてしまって正直嫌だな」

「運命?……いかにも力無き者が縋るに相応しい惰弱な言葉ですわねぇ」




「ボクとヴァニィの出会いはあくまで必然さ」

「せっかくだから教えてさしあげますが、わたくしとジョシュアは出会い頭で撃ちあったのですわ?」




「一目惚れだったんだ、あの出会いから二人で積み上げてきた想いは運命何て一言では片付けられない」

「ハートショット……でしたわぁ……それからのわたくしたちの事も聞きたいですか?聞きたいのですわね、いいわ!特別にお茶会に招待してあげましょう、朝までコースよ?眠ることは許しません」




「もし運命なんてものがあるなら、ボクたちの出会わない運命があるものか」

「もし運命なんてものがあるなら、()()()()()()()()()()()()()()な?」

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