第74話:手加減なさい
互いをアースにして廊下で悶えるおバカちゃんズ、地面が欲しいならそれこそ庭園側にでも転がり出ればいいのだけれど、生憎それは"雷神"に近づくという事である。……そもそも魔法的な持続感電がアースで何とかなるとは思えないけれども……。
よく見れば庭園側に転がっていこうとしているクオンリィをノエルが寝技で引き留めているようにも見える。美しき友情?
「ばなぜぇぇ!」
「しびびびびびびび」
関節が極まったらしい、クオンリィの抵抗の動きが限定的になった。
(まあ、抜刀ママなら確実にもう一発位は何か撃ち込んで来ますものね)
抜刀ママこと"雷神"クラリッサは二段三段の合わせ技を大変好む、ついでに娘に対しての容赦がない。
なおクオンリィは≪雷迅≫の希少魔統を持ち何でも雷属性の割に、別に雷属性への耐性が強いわけではない。
ともかくあの二人はしばらく使い物になるまい。
素早く短銃姉妹を改造制服のスリットから腰のガンベルトに収めると、胸を抱くという持てる者の特殊ムーヴを決めた。
エロ検定のお時間だけれど残念ながら今はそれどころではない、何かとばっちりを受けたら大変だからとそそくさとこの場を去っていく者もいる。ミュリア先生もだ。
そこで廊下をのたうってるうち一人はあなたのクラスの生徒です。
「ヴァニィちゃん」
「はいっ」
「いつもうちのバカ娘がお世話になっているわね」
腰に巻いた剣帯にカチャリと白鞘の業物を太刀履きに装着しながら講師エイヴェルトが世間話でもするかのような口調でヴァネッサに笑いかける、顔は笑顔だ、今のところ。
「いえ、そんな」
「今朝こんなものが届きました」
そして懐から取り出した書類の束をぱらっとヴァネッサに見せる、ヴァネッサとて遊んで寝て過ごしているだけではない、ほんとだよ? 上級貴族の令嬢として座学、特に公文書などの勉学はしっかり進めている。
王国国内で使用される公文書には魔法的な証明魔法を発動させる意味もあわせて基本同一の文体・書体で記入されるのでその辺の知識があればぱらっと見ただけでもそれが何の束なのかわかる。
請求書である。
(思えば……クオるんいろいろ壊してきましたものね)
女子寮の部屋のドアをスッ飛ばしました。
女子寮の廊下の窓をブチ破りました(複数回)
"瑪瑙城"の屋根材を散らかしたのはジョシュアが悪いのでノーカン。
(たいして壊してませんわね!)
まとめてみると思ったより大人しくできている、なおドアをスッ飛ばしたのはヴァネッサです。
「請求書?でも女子寮の窓くらいですわ」
「女子寮の窓を毎日ぶち割る必要性が感じられませんよ?」
「それは……はい、自制するようよく言いつけておきますわ」
三人娘のリーダーとして監督責任……なのだろうか? 言いつけたところで朝の遅刻報告登校でなんだかノエルとクオンリィがタイムアタックのようなことをやっているのは知っているので、窓じゃない何かがショートカットの為に破壊されるだけとは思いつつも、ヴァネッサが殊勝な態度で返す。
しかし。
「それと、昨夜の"瑪瑙城"の屋根」
「はぁっ!? そ、それは……だってジョッシュが……」
「うちのが名指しで請求が出ています、なかなかいい金額ですよ?見ますか?」
「え……」
見ますか?と言われてヴァネッサも覗き込む、なかなかエグイ金額である……。
「あの、わたくしからジョシュアとお父様に確認しますわ。ですから」
「――ヴァニィちゃん」
覗き込んだ顔をスッと上げるとヴァネッサの顔の真横に"雷神"クラリッサが覗き込むように顔を寄せ、その瞬間周囲の音がプツンと[音声遮断]された。
(――あ、これ……ガチ説教ですわ)
「……はい」
「三人で随分楽しくやっているようですね?」
(訳:ちょっとはしゃぎすぎ)
「……はい」
「ここは西部じゃありませんよ?」
(訳:入学以来超速でトバシすぎ)
「……はい」
「"愛刀"と言うのならばしっかりと鯉口は固めなさい?」
(訳:うっかり殺ったらどうするの)
「はい」
「あなたが止めないでだれが止めるの、今私が止めなければあの剣士の男の子死んでましたよ?」
「……仰る通りです」
無論オーギュストの事である、"雷神"の分析では娘が瞬殺するのが間違いがない。
自慢の娘だ、≪雷迅≫と愛する夫の"抜刀術"をよくぞそこまで昇華させたと本当は誉めてあげたいけれど、ちょっとハジケ過ぎである。
「くれぐれも手加減なさい」
「良く、言い聞かせますわ」
あくまで手加減である。やめろとは言わない辺りがやはり西部はヒャッハー系。
ヴァネッサの返事を聴いて、お説教は終わりなのだろう、周囲の音が戻ってきた。[音声遮断]は便利なのだけれど、この戻った時のわっとくる音の波は普段がどれだけの喧騒の中にいるのか改めて実感する瞬間でなかなか耳に刺激的だ。
そのせい、とは言い訳なのだろうけれど。
「あ、あの!講師エイヴェルト!」
「なんですか?」
鞘を拾いなおして唖然とした状態から立ち直ったオーギュストが接近していたことにヴァネッサは気付くのが遅れてしまったのだった。




