第73話:お母様譲りで
学舎の外周廊下は庭園に面している、元々この外周廊下を線で結んだラインは第二内門の城壁になっていたけれど、学院への改修時に中身を抜いて柱で支える開放的な作りにした。
美しい庭園に面してアーチ状の柱が整然と並んで大変芸術的……なのは良いのだけれど。
その結果一階は良いのだけれど二階以降の教室の生徒は毎朝ところどころに立つ塔で最寄りの上階に上がることになるのだ、これが同じような塔が多い上に外周廊下が吹き抜けになって繋がっておらず一度上がってしまったら今度は内廊を移動しなければいけないのだけれど、これがま―解りにくい。
超迷うわ……。
元々二の丸だったのだからある程度は仕方がない、とは言えもう少し何とかならなかったのかというのが学院に通った卒業生たちにも共通している不満であった。
一度二階三階の吹き抜けに魔導具で魔力の床を作成して歩けるようにしようという有志が集ったことがある、これは学院生の自主活動としては大変有意義な課題であり、今後の発展も大変期待された。
一方、その頃。
パラダイス計画と名付けられ、男子寮を拠点に学年の垣根を越えて研究がすすめられた秘密計画。
魔力廊下は完成間近、色が付くので下は視えませんよ、という触れ込み…………そして開発が進められるのは色を解除するレンズであった。
――見上げればパラダイス。
勿論、魔力廊下の開発者、設計者も全員がグルである。
この男子が全員眼鏡をかけるようになるであろう夢の計画は果たして実現間際に研究棟ごと全て破壊され、パラダイス計画の暴露によって女子から総スカンを受ける事になった……。
当時の学院世代でカップルの成立は極端に減り、卒業後の地元で縁に恵まれる事が増えたのもこの大破壊の影響と言われている。
その破壊の権化こそ、後の"雷神"クラリッサ・エイヴェルト十七歳と後の"風神"ターエ・ザイツ十六歳であった。
施設破壊能力はお母様譲りですね、クオンリィちゃん。
……さて。
その"雷神"が在学時のエイヴェルトの姓で再臨している、世代的にやはり大破壊を知る父母を持つ学生たちは大抵が「講師エイヴェルトを怒らせるな」と休息日に連絡を取った父母から言われていたのであろう……。
庭園側からゆっくりと歩いてくる講師の姿に皆一様に慄きを感じ、思わずと気圧されじりじりと後退る、あるいはあまりの強い魔力発揚をしているその姿に魔当てを受けている者もいるようだった。
持続の効果を重ねられた雷属性攻性魔法……なおもパリパリと感電しながら廊下に転がり、びっくんびっくんとエビ反りムーヴになっているクオンリィのスカートは当然徐々にめくれあがっており、足元側はなかなかのパラダイスであろう。
ちなみに今日ははいている。
だとしても、この猛犬、外見だけは悪くないので自然と男子生徒の足はペンを落としてしまったなどの偶然を装いながら下半身側へ移動する。
オーギュストは鞘を拾いに行くという大義名分があったけれど残念ながら鞘が転がっているのはそっち側ではない……。しかし下半身側にさりげなく移動はしている。
――それはダメだぁ……。
これにはノエルが素早く印を結ぶ、≪伽藍洞の足音≫が響き、スカートの中の空間を伽藍洞に接続して開く、これで割れた空間の漆黒が絶対防御となろう。謎の光ならぬ謎の漆黒がスカートの中に広がる……これぞどんなに視点変更をしても黒い[暗黒空間]、≪伽藍洞の足音≫の[視覚妨害]魔法である。
「クオるんのおパンちらはアタシが守護ってあげるからねー」
「あ"あ"ぁ"あ"ぁ"……」
息も絶え絶えに痺れてもがくクオンリィが見上げてくる、なので瑠璃色の瞳をにっこりと細めてクオンリィに微笑みかけるノエル、幼馴染、親友、相棒の感動の友情。そしてクオンリィの手が――。
がっし。
「しびびびびびびびび」
「あ"っ"あ"っ"あ"っ"あ"っ"」
足首を感電中の相棒に掴まれ感電するノエル、嗤う一番下水。意外と余裕あるなお前。
私一人ではいきません! お前も道連れです!
友情である、しびびってる方も嬉しそうなのがまたいけない。
(何やってますの……)
とはいえ、講師エイヴェルトこと抜刀ママがやってきたのは間違いない。
雷を落としたのにノエるんと遊んでるおバカちゃんを矢面に立たせていいことは、絶対にない、謎の連帯責任を喰らう前にそっと前に出るヴァネッサ。
「おはようございます講師エイヴェルト」
「おはよう、ヴァニィちゃん」
にっこりと笑っている講師エイヴェルトは……ダメですわ、完全にママの顔してますの! これでは西部三人娘ハッピーセットで括って考えられるには確定である。
確かザイツに送り返すとか言っていた白鞘の業物を片手に持っていらっしゃる、布すら巻いていない……夫をお慕いしておりますのでとでもいうのだろうか??……そんな理由で腰のものを返して貰えない抜刀伯は……嬉しそう。
「あの……抜刀ママ、これは……く」
「クオンに抜き身の剣を持った男が迫った正当防衛なんです、とでも?」
「いえ……」
襟足の髪をくりくりと指で玩びながら紫の双眸から視線を逸らすヴァネッサ、横目でおバカちゃんズを見ればまだ痺れているようだけれど、なんだか朝っぱらから廊下で抱き合ってごろごろしているように見えなくもない。
[暗黒空間]に守護られていないノエるんの縞パンは男子より女子に人気があるようである。




