第72話:問題は身分差
狼狽えるオーギュストを煽る二人の側近の後方から金の目を細めて見やるヴァネッサ。そのアシンメトリーの髪型に何処かで見覚えがあった気がするので思い出そうとしていた。
大切な幼馴染のラヴい話など面白……心配して当然である。
(あれは確か……)
ヴァネッサの脳裏に浮かぶ記憶はぶっちゃけ九割方ジョシュア関連である。
幼い頃から幼馴染の二人と常に一緒で、そうでなければジョシュアと一緒、たまに従軍はするけれどそれ以外の交友関係など……おっと、これは深く掘り下げてはいけない話題だったようだ。
(そう、ジョシュア関係の見覚えですわ、ダンス?違う、ゲーム?違いますわね、槍?も違いますわね……ああ)
ピンと来たのは"剣聖"様と共に登城して来た"剣聖の一番弟子"とかいう少年がそう言えばあんな感じだったと思い至った。
(剣聖様ね……お亡くなりになっていたら今朝はもっと大騒ぎでしょうし生きおられたようですけれど……)
大騒ぎもクソも叩き落としたのはまさにヴァネッサ率いる【黒い三連星】のコンビネーション技である、と言っても剣聖の生死などどっちでもよかった、というかたぶん死なないでしょ?オッサンなら五階くらいの高さから落としても大丈夫……という謎の確信が三人ともにある。
だって剣士系だし……。
(剣聖様のお弟子さん、ジョッシュの兄弟子に当たる方ですわね……平民風情で恵まれてますこと)
ヴァネッサにとって今一番大事なのはクオンリィに思いを寄せている?っぽいこの剣士が自身の側近の傍に相応しいかである。恋愛の大先輩として存分にドヤる為にもまずは見極める。
(顔立ちは、まぁ悪くはないですわね、華がありませんけれど)
オーギュストは切れ長の怜悧な瞳に細面、動物で例えるならフォックスヅラである。
糸目キャラではないのだけれどやたら目を閉じている顔グラフィックが多かった、というか初稿は乙女ゲームの攻略対象にあるまじき糸目キャラであった。
だれだ? こんな指定はしていないぞ? 騒然とするプランナー、そう、マッチョ大好きの仕業であった。
「なぜ糸目にした! 吐け!」
「小生には普通の怜悧な目に見えますが?」
「嘘を吐くな! 眼を開けた方も見たがなんで瞳孔が縦長なんだ! ハ虫類か!?」
「イメージは大蛇とあったわよぉ?」
「もういいッッ! キサマが今何にハマってるのかもわかった! 狐顔だ! 描き直せ!」
この頃はまだよかった、描き直しができたのだから……。
スケジュール逼迫の大半が彼奴の仕業であったという。
毎度おなじみ話が逸れた。
(身長は合格ですわね)
クオンリィと言えば男子にも負けない長身なわけで、ヴァネッサとしてはやはり殿方の方が背が高いのは超重要である。
(問題は身分差……たかが平民とは……)
お話にならない、猛犬だおバカちゃんだとは言ってもクオンリィは紛れもなくザイツ伯爵令嬢なのだから。
しかも魔統は母方エイヴェルト伯爵家の系譜……。
(適当な婿を取ってクオンリィ・ファン・エイヴェルト女伯爵として公爵家を支えていただく未来も考えてはおりましたけれど……いえいえ、だからと言って平民はいけませんわ……希少魔統が絶えてしまいかねないのはいけませんわ!)
基本的に平民が魔統を持つことは少ない、希少魔統となれば尚の事である、継ぐ子供の出生率は極めて低いと言ってよい。
平民でありながら希少魔統のガラン一族とは本当に稀有な存在なのだ。
尚、以前≪光≫と≪闇≫の魔統発現の条件が『王家である事』であることを説明したけれど、ではジョシュアがヴァネッサとの間に子を成した場合はどうなるのかというと、これまで王弟が婿入りした記録だけを見れば百パーセント≪銃≫の魔統に生まれるのは間違いがない。
さて?これはどうなる?
オーギュストは希少魔統≪聖剣≫を持つ『王家の落胤』である。
陛下何してくれてんだというのは置いておいて、実はヴァネッサの望むクオンリィのお相手候補ナンバーワンの資質があったりする。
オーギュスト×クオンリィの合体では確実に≪雷≫を継承する、属性そのものを冠する希少且つ強力な魔統なので魔統ブリーダーならば交配待ったなしの相性なのだ。
未だぎゃいぎゃいとオーギュストに詰め寄っている二人を見やる。
一名が値段交渉に入っているけれどそれ鞘尻のパーツだけにすればもっとお安くなりますわよ?
まぁいい。
「あら、どこかで見た顔かと思いましたら……"剣聖"様の一番弟子、ジョッシュの兄弟子さまでしたわね?……平民の」
嘲るように金の少し吊り気味の双眸を緩く細めるヴァネッサ、オーギュストは確かに平民である、しかし師の推挙を受けて王立魔法学院の門をくぐったのだ、校内で平民呼ばわりされる云われはない。
思わずと怜悧な双眸に険を込めたオーギュストの頸が……ストンと落ちた。
当然比喩である、いかな猛犬中尉とて早朝校内マジ斬首などはしない……たぶん。
とんでもない勢いの気当てであった、オーギュストは思わずと己の頸に手を添えて繋がっていることを確認する、そして、理解した……。
――恋した少女は人斬りである。
西部方面騎士団の苛烈さは話に聞いていた、賊・即・殺。
双銃の令嬢が自身を知っていたと自覚した時、確かにこの少女はジョシュア殿下の傍に居て、目の前でオラついている浅葱の髪の幼児体型が言った通り彼女が"西部の黒薔薇"なのだと理解った。
では彼女と同じ黒い制服の彼女は?
黒衣、黒鞘を差している。
気付く要素はいくらでもあったのに……。
入学前のある日師は言った。
「抜刀術使いとは戦うなよ」
「なぜ、ですか?師匠の剣が通じないのですか?」
「通じるに決まってんだろう、オマエの剣じゃ十年はええってんだ。……特に黒服で抜刀術使いの間合いには絶対入るなよ」
言外に? ほぼ名指し? 師匠は王国内剣士の頂点論争でいつも話題が上がる"抜刀伯"本人の事を言っている。
――そう思い込んでいた。
あれは師匠からの警告だったのだ、今年の新入生に好敵手の娘がいると。
「抜刀伯の……ご息女……か」
「名乗りは要らねぇみたいですね?じゃあ死ぬか」
ガラついた口調、怒りを宿した紫の瞳は軽く発揚した魔力に彩を増し、ゆらと髪が緩く浮けば金鎖で留められた眼帯もよく見える、ギリと歯ぎしりするような口元や眉間に"ビキッ"と刻まれた皺が柔和な顔立ちを台無しにしていた。
ただならぬ気配に周囲の生徒達も固唾を飲んで見守る、講師でも通りかかってくれれば……。
いた、しかも一年一組の担任教師ミュリア・アーデである、興奮した眼差しで現代版"剣聖"vs"抜刀伯"の現場を見つめている。とめろ。
休息日を使い己の愛刀を取り寄せ、腰に佩いている、黒いシンプルな鞘だけれど鞘が鉄拵えでいくつもの傷が熟達、歴戦を偲ばせる。
問題クラスの担任にされ、杖という名前の帯刀を堂々としている講師や生徒を見て、帯刀していいよね?と吹っ切れたのだ、来年ミュリアが教師を続けているのかが心配である。
("抜刀伯"の"抜刀術"!見せてもらいますよ!!)
しかも内心煽ってやがる。
それだけ≪大結界≫の内側にいる安心感があるのだろう。
死傷事件にはならないだろうと。
そして、ここは完全に彼女の間合いの内でも、オーギュストもまた危機感に欠けている。
恋の鞘当てで彼女の不興を買った場合、揉め事は避けられまいと……流石にここまで凶暴とはちょっと思っていなかったけれども、今朝の内に課外活動申請をして[保護]もかけてから登校したのだ。
……課外活動申請で[保護]っていうシステム考えた制作は何も疑問に思わなかったのだろうか?
さておき。
[保護]があるから安心……ジェシカが証明した通りそんなわけはない、オー/ギュスト待ったなしである。
魔鞘・雷斬が放電現象を起こし始めた、完全に発動準備状態に入った、ノエルはクオンがもし仕損じた時の後詰に素早く移れるよう身を低く屈めていて、ヴァネッサはやれやれコイバナとは難しいですわねと頭を振って……その視界に危険の接近を発見した。
「クオンステイ!ステイですわ!」
「――かしこまンホォォ!?」
ヴァネッサの制止は一歩遅かった、結構ガチめの≪落雷≫[遠距離位置固定式雷属性持続型攻性魔法]がクオンリィの頭の上から落っこちた。
雷神降臨である。
ミュリアの刀は太刀佩きでソードベルトに吊っています。告りに来たらお母さんが出てきた。




