第70話:ドッキングフォーム
朝の登校風景に珍しく混じる黒はやはり異様で、相変わらずの桜の花が薄桃に舞うものだから一行をより浮き立たせる。
毎度おなじみ西部の三人娘、改造制服で朝からの登校だった。
「ねっむいですわ……」
もはや隠す気もないのか堂々と右手の姉短銃をくるんくるんと回しながら、チョー気だるげにヴァネッサが呟く。
「ヴァニィ様、何でしたらお姫様抱っこしましょうか?」
「悪くありませんわねえ」
クオンリィとヴァネッサのこのやり取りにノエルの瞳孔が縦に開いた。
「アタシがヴァニィちゃん抱っこするよー、クオるん一組でしょ?」
「ノエるんはヴァニィ様のスカートを地面に引き摺るつもりですか?」
「でしたら、わたくしを抱っこしたノエルをクオンが抱っこすればいいのですわ~」
このヴァネッサの提案にノエルは是非とも応じたかった、でも待てよ?
(今日こんな朝早く登校してるのって……一組が一限抜刀ママだからだよね?)
ヴァネッサとて鬼ではない。
むしろ身内、特にクオンリィとノエルは特別中の特別である。
抜刀ママことクラリッサ・エイヴェルト講師は旧姓を名乗っているけれども本来はザイツ伯爵夫人と呼ばれる、クオンリィ・ザイツの実母に間違いはない。
通り名は"雷神"。
サボったらシメられる。
西部のキ印リチャード侯爵も、夫である稀代の剣豪"抜刀伯"ライゼンも、ガランの頭領であるローザ子爵夫人も何も言えない。
「バチッてるけど正論は言ってるんだ」
とは夫であるライゼンの評である、信用ならない。
ジョシュア殿下の要請で確かに学院が破壊される前にと"雷神"の王領への出征を許可したけれど、西部首脳部にガランの影から届く報告の内容がひどすぎる……。
「遅刻した娘に[地雷]キメた」
「廊下で遊んでる娘とノエルちゃんに[感電]キメた」
「ついでに第二王子に[地雷]キメた」
「十三番街の店でナンパされたので思わず[大落雷]キメたので支払いよろしく」
首脳部は失念していたのだ……あのバカの母親だという事を。
ついでで第二王子に[地雷]決めるとかエヴリディエクストリームを旨とする西部首脳陣もこれはお悩みである。
無論不敬とかじゃなく、次期ノワール弱くね?という心配だ。
「やー、ジョシュ君よりヴァニィのが強いから良いんじゃないかな?」
「いやリッちゃん、そういう話じゃなくてな、次期公爵が[地雷]すら避けられねぇのが問題であって」
熟練した貴族は魔力に常に気を配る、常に暗殺の危険は付き纏うのだから設置型着発式の攻性魔法には特に気を配らなければならない。
そういう意味では昨日の剣聖戦の顛末が西部に伝わったならば、あっさり転移罠を踏んで即退場したノエルについてローザ夫人がさぞやお嘆きになる事だろう。
いや、まぁそういう話じゃないんだけれど。
西部のエクストリームルールに基づいて考えると、おそらく校舎内で講師エイヴェルトと遭遇したのなら挨拶代わりに娘に雷撃魔法は十分ありうる、と、言う事は?
(クオンと引っ付いてたらアタシもぴぎゃる……)
(ノエるんとヴァニィ様が一緒ならママもぶち込んでは来ないでしょう……)
(眠いですわー……)
三者三様の思惑、一人半分眠っている。
「ほらノエるん、ヴァニィちゃんの魔力が切れそうです」
ゆ~らゆ~らとし始めた眠り姫の肩を抱いて支えながら、ヘイカモンと相棒を手招きするクオンリィ、流石に片腕でお姫様抱っこもできないので魔鞘・雷斬はさっさと腰のサッシュに差し込んである。
しょーがないなーとノエルがそっとヴァネッサの腰と膝を支えて、グイと軽々お姫様抱っこで抱き上げる。
どみゅんと顔がヴァネッサ様の至宝に半分埋まる、ヴァネッサ様のお胸はノエルにとってノーカンである、なぜなら従姉妹なのだ、近いうちに己にもこいつが搭載されるに違いない。
希望は自由だ。
人の夢と書いて儚い、そう、果敢ないモノなのだ。
三人で一番小柄、どころか学内でも一番小柄かも知れないノエルが余裕綽々とヴァネッサを抱っこしているのは結構シュールな光景で、登校中の生徒達も時折足を止めて視線を送っていた。
一部お胸に顔を埋めるノエルという光景にあら~となっている女子もいるけれど、やはり鼻の下が伸びる男子が一番多い。
そういった不躾な視線には、じろりと紫の瞳に険を宿して視線を投げつけてやるのもクオンリィの仕事。
ぐるりと周囲を単眼にて見回すと、男子はそそくさと視線を外し居住まいを整えるけれど、女子は何だかそれにも慣れてきたかのようできゃいきゃいやっているのが気になったけれど。
(まあ、いい)
そのノエルの膝裏と背中に腕を回すクオンリィ。
「ヴァニィ様、私の首にしっかり掴まってくださいね?」
「はいはい」
「クオるんアタシはー?」
「挟まってりゃ落ませんよ?」
ぞんざいにノエルに返してグイと持ち上げれば、西部三人娘ドッキングフォームの完成である。
横抱きを横抱き、まるで一輪の花のようではあるけれど相当無茶がある。
「ぐ……これ……思ったより」
「――思ったより?」
姉短銃の銃口がごり……と泣き言を吐きそうになったおバカちゃんの眉間に添えられる、ヴァネッサは笑顔だけれどその金色の瞳の瞳孔は小さい。
「……いえ」
「っそ、じゃあゴーですわー、ゴークオン」
愉しそうに笑いながら進行方向に銃口を向けるヴァネッサ、クオンリィが頑張ってのしのしと進み始めるけれど当然歩みは遅い。
重い等と言って主君に親友殺しをさせるわけにはいかない……。
「視界が悪いのでこう、少し、あ、いいですね?」
「あははヴァニィちゃんくすぐったいいい!」
「ふふ、早起きもいいモノですね」
「毎日ドッキングフォームは勘弁してください、勿論ヴァネッサ様だけならば馬にもなりま……」
「……クオン?」
言い澱んだと思ったら、歩みがさらに一層遅くなった、ヴァネッサが不思議そうに首を傾げながらクオンの視線のあった方角を追う。
重なる身体に伝わるクオンリィの心拍数はなかなか早い。
(抜刀ママ来ましたの?)
その姿を探すけれど、まだ校舎に向かう生徒や忘れ物をしたのか寮に戻ってゆく生徒の姿こそあるけれど講師の姿はない。
なおヴァネッサは"瑪瑙城"の部屋にも制服などは置いてあるので直接登校だから厳密には朝帰りではない。クオンリィとノエルは交代で一度帰寮して登城するというハードスケジュール。
その一度帰った時に姿を見られたのだろう、もっとも、昨日王都市中に出ていたことは確実なので女子寮付近で待ち伏せしていたのかもしれない。
(あんな醜態を覚えてる様子の奴がいるなんて……ついてませんよ?)
昨日フィオナを呼びに行ったらド痴態曝した生体ハードル男がまさか顔を赤くしながら、上半身裸にネクタイというド変態スタイルでこちらに迫ってくるなどという事態に思わずダッシュで逃げてしまったけれど。今度は逃げるわけにも行かない、当然放り出すわけにはいかない。
(私はヴァネッサ様の"愛刀"ですよ……?)
ダブルお姫様抱っこは"愛刀"の仕事ではたぶんない。
のしのしと歩みを進めれば校舎の外廊下の柱の一つで此方を見つめている赤い怜悧な瞳に熱が籠って、それを視界の隅にだけ入れて視線は送らない紫色は険が増す。
話しかけられても面倒だけれど、それも難しいのか。
「どうしましたの?そんな顔して……」
「いえ、ちょっと失敗した話です」
「……例の購買暴発?」
「それだけではなくなってしまいまして……」
「なーに?やっぱ昨日フィオナの家行った時なんかあったんじゃないの?」
苦々し気に眉尻を下げるクオンリィの顔を見ながらぱちくりと不思議そうに金色の双眸を一度瞬かせるヴァネッサ、ノエルも不思議そうに瑠璃色で紫眼を覗き込もうとした。
「……何とも言えません」
ふいと横顔を向けられてしまう、クオンリィとしてもどう説明したものか、と思っていたのであった。
オーギュストとしてはこれは好機だ、剣士の男女間で流行っていると昔師匠に教えてもらった『恋の鞘当て』をしようと愛剣を持ち出してはきたものの、彼女はいつも三人並んで歩いている。
クオンリィの立ち位置はヴァネッサの右隣、つまりクオンリィの鞘はヴァネッサの側にある……。
ヴァネッサとクオンリィの間に割り込まなければ鞘が当てられない。
女性剣士が増えて恋の鞘当てなんて風習も生まれたらしいけれど、鞘当てが本来は大変無礼であることは言うまでもない。それ以前の話であの二人の間に割り込むとか確実にトリプルデッドボールでアウトである。
しかしなんでそんな格好しているのかはわからないけれどドッキングフォームの左側ならば大丈夫だろう、当てやすいよう着剣ベルトから鞘を外して片手で持つオーギュスト、すれ違おうと歩き出す。
あと三歩。
あと二歩。
あと一歩……。
にゅっと伸びてきた手がオーギュストの鞘をクオンの鞘に当たる直前にぺいっと払いのけた……。
「ノエル?どうしました?」
「うーうーん、なんでもなーい」
唖然とするオーギュストがはくはくと口元を戦慄かせながらドッキングフォームの方に視線を向ければ小柄な瑠璃色がオーギュストの方を艶のない目で見つめていた。
ドッキングフォームに隙はない、ノエルは上昇するクオンの心拍数からドキドキしている相手を察知、そいつが鞘当てを敢行しようとしている。
(――そいつはダメだあ)
オーギュストは、鞘を当てに行って影を踏んだ。
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